第二十八段 ひと手間かける
文字数 437文字
しみじみ言ってみた。
「あのときの自分に言ってやりたい。『もっとよく現実を見なさい』って」
すると
「おれも、昔のおれに言いたいことがある」
と業平くんが言う。
「何?」
初めて結ばれたとき、前のマンションだったから和室だった。
二人とも、ふとんを敷く余裕がなくて、業平くんは畳でひざをすりむいてしまった。
血までにじんだ。
「あのときの自分に言ってやりたい」と業平くん。
「『ひと手間かけろ』って」
芋煮の面取り? いんげんの筋とり?
「でも、言われなくてもその次からちゃんとふとん敷いた」
得意満面で言う。
「言われなくてって誰に」
「おれに」
ばかなの?
「でも、すりむいたのも嬉しかったの。『ああこんなに余裕なかったんだおれ』って。
しばらく、何日か、すりむいたところしみじみ見てた」
「痛かったでしょ」
「うん、お風呂でしみた。わーい!って。嬉しくて」
こんなこと言われるたびに私はもう、彼をふわふわのタオルにくるんで、神棚に飾っておきたくなる。