第四十一段 問答無用
文字数 941文字
このお二人がまた。
鼻で笑って私を追いはらったとか、そういうんじゃないのだ。逆なのだ。
あのときのお二人のお顔を思い出すたびに胸がいっぱいになる。
大きなコンサートホールのロビーで、業平くんがさりげなく私を手まねきして、私が受付のアルバイトの制服のまま心臓ばくばくで近づいていって、はじめましてあのへっ弊社がご令息にはいつもごひいきにしていただいておりますみたいな誰が弊社で何がごひいきだよというぜんぜんごまかしきれてない感じでごまかして持っていって、おどおどとおじぎしたら、
なんとお父さまもお母さまも椅子からお立ちになって、
(ああ)
というお顔をされた。
嬉しそうなお顔だった。
めっちゃくちゃ人目があったから、ただおじぎをかわしただけだったけど、もし周りに誰もいなかったら私はあの場で土下座して
「こんな私でごめんなさい」
って泣いてしまっていたと思う。
『源氏物語』の中で光源氏くんは、藤壺さんを好きすぎるあまり、藤壺さんにゆかりのある人たちのこともみんな好きになってしまう。
この設定にはぐっと来た。「わかる」と思った。
「それ私だよ」と思った。
私は業平くんが大好きだから、業平くんにとって大切な人たちも問答無用で好きなのだ。
あの品の良いおっとりしたご両親のことを、心底貴いと思う。
私のせいで——
離婚歴のある下流の出の女とつきあっていると知れて彼がバッシングを受けたら、あのご両親が悲しむ。
そんなわけで私は、夢を一つ捨てた。ほら、純白のドレスを着てみんなから祝福を受けてとかそういうやつ。
そしてなんとなーく「隠し妻」というか「内縁の妻」というか、そういうのをやることにした。
子どもの頃は将来まさかそんな人生を送ることになるとは思ってなかったんだけど、そうすると決めたら、いっそさっぱりした。
あのときの
(ああ)
という、お二人の嬉しそうなお顔。
(あなたが)
という。
(息子を、どうかよろしく)
という。もちろん口に出したわけではないけど、そういうまなざし。
お二人とも彼が愛おしいから、私のことまで問答無用で。
自分の親にもあんな笑顔を向けてもらったことはない。
宝物だ。
あれを壊すようなまねをしたら、私が私自身を許さない。