井筒(九)
文字数 442文字
ずっと、あなたの言葉に抱きしめられていた。
〈今日もしっかりロミオった!〉
〈くっつく〉
〈愛だよ〉
〈ただいま〉
〈井筒、ただいましよう。ただいまー〉
〈おいで〉
「筒井筒」
舞台上で、あなたの衣をまとった私が謡う。
「井筒にかけし まろがたけ」
「
「老いにけるぞや」
私も、歳を取った。
さながら見みえし(愛し愛されたときのままに)
女とも見えず
男なりけり
業平の面影
井戸を、のぞく。
すすきをそっと右手で押さえて、井戸の中をのぞきこむ。
おさない日にふたりでのぞきこんだ井戸。底の水に映っていた小さな顔二つ。
いまは——
なつかしや
時が止まる。
映っているのは誰?
私? あなた?
見ればなつかしや われながらなつかしや
しぼめる花の
色無うて
匂い
残りて
ああ、終わってしまう。
あなたがあの扇で顔をおおい、
あの柱の前で、とん、と柔らかく床を踏んだら、
夢も破れて 覚めにけり
行かないで。
私は、立ちあがっていた。