第五十二段 舌禍[ぜっか]

文字数 1,352文字

 お気楽な私だけど、たまには落ちこむことだってある。
 今日、とってもしょんぼりしているのは、仕事のせいだ。またエロゲーシナリオ、源氏物語の。
《紫の上ちゃん育成ゲーム》
「美少女を拉致監禁して、キミの理想の妻に育てちゃおう!」
 かんべんしてよぉー。(泣)

 私にも夢がある。こんなうけおい仕事から一日も早く足を洗って、作家としてひとり立ちすることだ。
 目ざすは紫式部さんや清少納言さん!
 お二人ともみんなの憧れで、それぞれに素敵だけど、私はどちらかといったら清少納言さん派だ。
 紫式部さんは何と言うか、ほんとに完璧。失敗というもののない人だ。写真に撮られるベストアングルまでちゃんと決めてる。インタビューの受け答えもそつがない。
 それにひきかえ清少納言さんは……

 それ、言わなきゃいいのに。
 っていううっかり発言が多すぎる気がする。ふふ。
 すごく親近感を持ってしまう。あたしは完全にこっちのタイプだ。ああ、勝手にあたしなんかの同類にしてごめんなさい、清さま。(合掌)

 そもそも彼女が紫式部さんの旦那さまのことを
「あーんな趣味の悪い派手な服でお参りに行っちゃうとか信じられない、ってみんな言ってたよー。笑」
なんて調子(ちょ)づいてツイッターに書かなきゃ、紫さんも激怒しはしなかった。あんなハルマゲドンには発展しなかったのだ。

「清少納言こそ、したり顏にいみじうはべりける人」
 紫式部さんのブログのあの部分だけ、異様に有名になっちゃった。

「清少納言って本当に『したり顔』の人。
 あんなに利口ぶって、女だてらに漢字を書き散らしているけど、よく見ると間違いばっかり。顔洗って出直してこいっていうの。
 ああいう『私は、私は』アピールの好きな人って、そのうち必ず化けの皮がはがれて落ちぶれて、イケてるところをひけらかすつもりで、つまんないことでも『きゃあステキ』とか言っちゃって、いつもウケるネタばっかり探してるから、どうしても根性がねじ曲がってくる。
 ねじ曲がった女の末路なんて詰んでるわ。寒っ」

 呪詛……。

 本当に残念。本当にやめてほしかった、ファンとしては。
 紫さまの上品で清楚なイメージが、うう。がっかりだよ。
 私はお二人とも好き。だから、残念。もしも彼女たちが罵りあうかわりにエールを送りあってくれていたら、それぞれのファンに対する好感度もぜったい倍増したと思う。
 なのに、惜しいな。
 紙に書いて出まわっちゃった言葉って、取り消せないものね。(ネットは消せるけど。)

 でもね、それもまた、可愛いと思う。あんなに立派な大作家のお二人でも、けっこう人間らしい弱さがあったんだ、っていうね。
 いまごろはお二人とも
(ああ、あんなこと書かなきゃよかったー!)
って悔やんでるんじゃないかな。

 という話を業平くんにしたら、うんうんとうなずいて聞いてくれた。
 そうだ、彼こそ、あることないこと書かれほうだいの人生だ。
 どうやって乗り越えてきたの? と訊いたら、答えは単純明快だった。

「いっさい読まない」
 なるほど。
「ひと晩寝る」
 なるほど!

「とりかえしのつかないことなんて、そうそうないから」
 にっこり笑う。
 いや……この人に言われると説得力があるんだか、ないんだか。

 いろいろやらかしてきてるからね。(すべて女関係)
 ね!
 業平くん!!
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登場人物紹介

井筒(いづつ)

この物語の語り手。恋人の業平くんと熱愛中だという以外は詳細不明。とある事情で彼との関係は公表できないらしい。その秘密がしだいに明らかに!(大した秘密ではない)

業平くん(なりひらくん)

フルネーム:在原業平(ありわらのなりひら)。この物語の主人公。井筒の恋人。

超ベストセラー小説『源氏物語』の主人公、光源氏のモデルとされるイケメンで、名だたる美女たちとのうわさが絶えないが、素顔は天然で井筒ひとすじ。

まったく出世・昇進できなくても気にしないマイペース男。和歌の天才。

有常くん(ありつねくん)

フルネーム:紀有常(きのありつね)。業平くんの親友。業平くんを介して井筒とも友だち。
業平くんと同じかそれ以上にマイペースでぶれない男。
史実および『伊勢物語』の世界観においては「井筒」にあたる女性の父親で、業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。むろん井筒のパパではない。

至くん(いたるくん)

フルネーム:源至(みなもとのいたる)。業平くんの悪友で彼以上の、というか無類の女好き。

史実および『伊勢物語』の世界観においては業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。
第三十九段限定のスペシャルゲストだったはずなのに、みょうにキャラが立ってしまったため、その後もときどき登場している。

高子さま(たかいこさま)

女御。帝の寵姫。絶世の美女で「二条の后(きさき)」と呼ばれる。過去に業平くんとの熱愛を報道され一大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は凛として知的。藤原家の期待を一身に背負って立つ。

恬子さま(やすらけいこさま)

内親王(皇女)。伊勢神宮の斎宮(巫女)。過去に業平くんとの熱愛を報道され高子さまに次ぐ大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は純真可憐。兄君の惟喬さまと同じくおっとりはんなりしている。

惟喬さま(これたかさま)

親王(皇子)。恬子さまの兄宮。業平くん有常くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第一皇子で、本来なら次の帝の第一候補のはずだったのに、陰謀によって帝位から遠ざけられた悲運の人。でもおっとりはんなりした性格のおかげで、出家後も皆の人気者。お酒は好きだが、わりと弱い。

融さま(とおるさま)

フルネーム:源融(みなもとのとおる)。富豪でセレブで風流人。光源氏の本命モデル。
凝った庭園のある大豪邸に住んでおり、人を集めては詩歌管弦の遊びをして楽しんでいる。
業平くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第八十一段限定のスペシャルゲスト。

行平さん(ゆきひらさん)

フルネーム:在原行平(ありわらのゆきひら)。業平くんのお兄さん。在原家の実質上の大黒柱。
才能ある歌人でイケメンなのに、いつもやんちゃな弟にぜんぶ持っていかれ、それでも気にしない器の大きい人。
光源氏の部分モデルといううわさも。百十九段にその話が出てくる。

家持さん(やかもちさん)

フルネーム:大伴家持(おおとものやかもち)。「いえもち」ではないので要注意。

和歌界のビッグ・ダディ。『万葉集』全二十巻を編纂した大物で、業平くんと違って漢字も得意(万葉集はすべて漢字で書かれています)。愛妻家でありながら、何人もの女性との恋歌の贈答で知られる恋愛の達人。

史実では業平よりまるっと1世紀前の人。第百五段限定のスペシャルゲスト。

敏行くん(としゆきくん)

フルネーム:藤原敏行(ふじわらのとしゆき)。業平くん有常くんの高校時代のクラスメート。成績優秀で性格もいい素敵男子。
業平くんとは三十六歌仙友だちでもあり、百人一首にもなかよくいっしょに入っている。
史実および『伊勢物語』の世界観においては紀有常の娘、つまり「井筒」にあたる女性の姉妹を妻にしている。
第百七段限定のスペシャルゲストだが、素敵なのでまた出てくるかもしれない。

世阿弥さん(ぜあみさん)

世阿弥は芸名。本名:観世三郎元清(かんぜさぶろうもときよ)。
能楽を大成した天才で、自身も役者。その美貌と名演で一世を風靡。この世に心を残した美しい亡霊が出てくる「複式夢幻能」というスタイルを確立した。
ついでだけど「序破急」という作劇法を考えたのも彼。これは本来ダンスのテンポ感を表したものなので、小説を書くときなんかにむやみに応用しないほうがいい(本人談)。
業平くんの大ファン。
史実では業平よりまるっと五世紀半後の人。

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