初段 おさげ
文字数 659文字
と
「前の席に座ってた女の子が、おさげで」
昔の話をするときの彼の顔はいい。
清流に洗われているきれいな小石みたいだ。
「こうやって」と手を出す。目の前におさげが見えるようだ。
「引っぱったら、先生に
『どうしてそんなことするの』
『あー、なりひらくんは○○ちゃんのこと好きなんでしょ』
『好きなんだ』
って言われて」
「『ばかなのか。おもしろいから引っぱっただけなのに。
でもちがうって言うと大人はよけいさわぐからな』
と思って、てきとうにうなずいておいた。
あれはいまでもはっきり覚えてる」
「わかる」と私。「大人が勝手に決めつけるほど、子どもってばかじゃないよね。
五歳や六歳ならもうはっきり人格完成してる。
プライドもあるし」
「嘘もつく。ごまかしもする。冷めた目で大人を見てる。子どもなんて天使でも何でもない」
ふっと嘆息する横顔がきれいだ。
「目の前におさげがあるから引っぱっただけなんだよ」と彼。
「わかるわかる」と私。
しばし盛りあがる。
「べつに好きとかぜんぜんそんなんじゃなくて」
「うんうん」
「好きな子はほかにいたから」
「うん?」
「入学式の当日って言ったよね」と私。「え何、もう好きな子いたの?」
「……」
ふっと目をそらして遠くを見ているが、きみよ。
そちらには冷蔵庫しかないぞ。
「それっていつか言ってた、素敵な模様のスカートはいてた子? ねえねえ」
さりげなく立って、コーヒーのマグを洗いだす彼。
ばかは先生じゃなくて、あんたじゃないのか。
そんなあんたに惚れてるあたしもばかだが。