第九十四段 続・つりあい  ※ほとんどないけどちょっとだけエロ

文字数 1,225文字

 したあと、ふたりとも熟睡してしまうこともあるし、
 起きてずっと話しつづけることもある。

 話す内容は、甘々のときもあるし、ばか話のときもあるし、愚痴のときもある。
 愚痴はたいてい
「こういう歌を書きたいんだけど、たぶんいまどきウケないよね?」
という嘆き。
 彼も私も。

「そんなことないよ、それ面白いよ!」聞かされたほうが言う。私のときも彼のときもある。
「そう?」
「ぜったい面白い。書いて書いて」
 あとは夢中でプランを話しあう。
 全裸のまま。

 後戯(ピロートーク)のときならまだいい。前戯の前は困る。ときどき
(したい)
とおたがいうずうず思っているのに、その熱がひょいっと歌の話に入って盛りあがってしまい
(しまった)
と思うけれども時間切れで、キスだけして業平くん帰る、ということがある。
 ときどきじゃない。かなりしょっちゅうある。
(またやっちゃった)
と思うけれどもそれはそれで、べつの充実感があったりする。

「今度の歌会『春と秋とどっちがいいか』ってお題なんだけど、ありがちだよね」彼が嘆く。
「ああ、うん」と私。「けっきょく『どっちもいい』に落ちつくパターンね」
「そうそう」
「業平くんは正直どっち好きなの」
「どっちも、好き。春も」
「あ」
「秋も」
「ん」
 春も秋もって言いながら、私の左と右の乳房にちゅ、してる。そのまま第二ラウンドに突入することもあるし、しないこともある。

「あーだから、そういうお話にしたら?」と私。「春姫と秋姫どっちも好きみたいな……まあ、それもありがちか」
「うん」嘆息する彼。「とくにおれが言うと『あーまたね』って実話にされて終わる」
「そだね、ごめん。いまのなし」
「じゃなくて」きゅうに顔を起こす彼。「逆にしたらどうかな? おれが二股かけられるの」
「えー?」
「熱愛してた奥さんに男ができて」にやにやしている。「『春男と秋男とどっちがいいですかー(泣)』みたいな」
「やだそんなの!」
「フィクションだから」
「フィクションでもやだ! いや……待って」私も体を起こす。「いいかもしれない? 意外性がある。うん、それいいよ。でね、女の返事は」
「『春も秋もどっちもいいけど』」
「ううん、『もちろん千倍いいのは春イコールあ・な・た』」
「おおっ」
「『だけどけっきょくどっちも去っていくのよね、男って。タメイキ』」
「えー?!」
「あはは」
「いや、待って。いい。それいいよ井筒」
「でしょ?」

 夢中で話しているときに、ふっと私がぽろぽろ涙を流しはじめて、彼がびっくりする。
「どした?」
「なんでもない」

「また何か書かれてた?」
〈いきなり一般人とかあり?〉
「うん?」
〈マジ幻滅。やめて〉

「井筒は、ネットとおれ、どっち信じるの」
「業平くん」
「よし」

「そうじゃなくて、あたしがもっと、業平くんとつりあうような」
「おれはいつも、井筒とつりあうような男になりたいと思ってるよ」

「他人が決めることじゃないだろう」

 なんでそんなに強いの。業平くん。
 あたしも強くなりたい。
 あなたとつりあうくらい。
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登場人物紹介

井筒(いづつ)

この物語の語り手。恋人の業平くんと熱愛中だという以外は詳細不明。とある事情で彼との関係は公表できないらしい。その秘密がしだいに明らかに!(大した秘密ではない)

業平くん(なりひらくん)

フルネーム:在原業平(ありわらのなりひら)。この物語の主人公。井筒の恋人。

超ベストセラー小説『源氏物語』の主人公、光源氏のモデルとされるイケメンで、名だたる美女たちとのうわさが絶えないが、素顔は天然で井筒ひとすじ。

まったく出世・昇進できなくても気にしないマイペース男。和歌の天才。

有常くん(ありつねくん)

フルネーム:紀有常(きのありつね)。業平くんの親友。業平くんを介して井筒とも友だち。
業平くんと同じかそれ以上にマイペースでぶれない男。
史実および『伊勢物語』の世界観においては「井筒」にあたる女性の父親で、業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。むろん井筒のパパではない。

至くん(いたるくん)

フルネーム:源至(みなもとのいたる)。業平くんの悪友で彼以上の、というか無類の女好き。

史実および『伊勢物語』の世界観においては業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。
第三十九段限定のスペシャルゲストだったはずなのに、みょうにキャラが立ってしまったため、その後もときどき登場している。

高子さま(たかいこさま)

女御。帝の寵姫。絶世の美女で「二条の后(きさき)」と呼ばれる。過去に業平くんとの熱愛を報道され一大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は凛として知的。藤原家の期待を一身に背負って立つ。

恬子さま(やすらけいこさま)

内親王(皇女)。伊勢神宮の斎宮(巫女)。過去に業平くんとの熱愛を報道され高子さまに次ぐ大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は純真可憐。兄君の惟喬さまと同じくおっとりはんなりしている。

惟喬さま(これたかさま)

親王(皇子)。恬子さまの兄宮。業平くん有常くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第一皇子で、本来なら次の帝の第一候補のはずだったのに、陰謀によって帝位から遠ざけられた悲運の人。でもおっとりはんなりした性格のおかげで、出家後も皆の人気者。お酒は好きだが、わりと弱い。

融さま(とおるさま)

フルネーム:源融(みなもとのとおる)。富豪でセレブで風流人。光源氏の本命モデル。
凝った庭園のある大豪邸に住んでおり、人を集めては詩歌管弦の遊びをして楽しんでいる。
業平くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第八十一段限定のスペシャルゲスト。

行平さん(ゆきひらさん)

フルネーム:在原行平(ありわらのゆきひら)。業平くんのお兄さん。在原家の実質上の大黒柱。
才能ある歌人でイケメンなのに、いつもやんちゃな弟にぜんぶ持っていかれ、それでも気にしない器の大きい人。
光源氏の部分モデルといううわさも。百十九段にその話が出てくる。

家持さん(やかもちさん)

フルネーム:大伴家持(おおとものやかもち)。「いえもち」ではないので要注意。

和歌界のビッグ・ダディ。『万葉集』全二十巻を編纂した大物で、業平くんと違って漢字も得意(万葉集はすべて漢字で書かれています)。愛妻家でありながら、何人もの女性との恋歌の贈答で知られる恋愛の達人。

史実では業平よりまるっと1世紀前の人。第百五段限定のスペシャルゲスト。

敏行くん(としゆきくん)

フルネーム:藤原敏行(ふじわらのとしゆき)。業平くん有常くんの高校時代のクラスメート。成績優秀で性格もいい素敵男子。
業平くんとは三十六歌仙友だちでもあり、百人一首にもなかよくいっしょに入っている。
史実および『伊勢物語』の世界観においては紀有常の娘、つまり「井筒」にあたる女性の姉妹を妻にしている。
第百七段限定のスペシャルゲストだが、素敵なのでまた出てくるかもしれない。

世阿弥さん(ぜあみさん)

世阿弥は芸名。本名:観世三郎元清(かんぜさぶろうもときよ)。
能楽を大成した天才で、自身も役者。その美貌と名演で一世を風靡。この世に心を残した美しい亡霊が出てくる「複式夢幻能」というスタイルを確立した。
ついでだけど「序破急」という作劇法を考えたのも彼。これは本来ダンスのテンポ感を表したものなので、小説を書くときなんかにむやみに応用しないほうがいい(本人談)。
業平くんの大ファン。
史実では業平よりまるっと五世紀半後の人。

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