第二十三段(前半) 筒井筒[つついづつ]
文字数 584文字
と業平くんが言う。
「見せて見せて」と私。
公園の遊具のぞうさんにまたがって得意顔の、ちっちゃな彼がいた。
「井筒のないの」
「あるよ」
幼稚園の運動会。私は、紅白の紙の花を頭と両手につけて、その気になって踊っている。
「変わらないねー」
「まんま」
笑いあう。
そんなわけなかろう。
おさななじみで初恋で、そのまま大人になって結婚する人たちがいる。そして自分たちにそっくりな子どもを作って育てたりする。
そういうの、私たちからすると、億千万単位のアンビリーバボーな(何言ってる)
奇跡だ。
彼が通りすぎてきた女たちに嫉妬したことは、不思議と一度もない。
ただ、タイムマシンに乗って、ちっちゃな彼を見に行けたらいいのになとは思う。
赤ちゃんの彼。五歳の彼。十歳の彼。十五歳の彼……
その間彼の肌を包んできたすべての空気にあたしは嫉妬する。
「高校のときなんかに井筒に会わなくてよかった」と彼。
「どうして?」
「きっと嫌われてた。暗かったから」
「またそれ?」
私たちは笑って肯定する。この人生を。これでよかったのだと。
だってそうするしかない。
生まれ変わったら今度はまっさきに私を見つけてね、なんてメロドラマによくある台詞だけど、私はそうも思わない。
もう生まれ変わる気はないから。
いまの人生で最後にしたい。もう、じゅうぶん、堪能させてもらっている。