第百十二段 煙
文字数 939文字
賛助会員「新規入会」のご案内だ。(「新規」のところが太字。)
年会費は1万円、2万円、5万円以上の三種類。任意の寄付も受け付けます、と振込用紙が同封されている。
かつて業平くんはその団体(私塾)に、いつのまにか「講師」として登録されていて、
いつのまにかそれがまた違う人——もっといま流行りの歌を詠む人にすげ替えられて、業平くんの名前は削除されていた。
なのに「新規」なんだ。ふーん。
塾長さんのお手紙(印刷)も同封されている。
「先日、アフガニスタンやミャンマーで飢餓に苦しんでいる人、悲しんでいる人々の真相を知り、言葉を失いました。
私たちはあまりにも世界のことを知らないと思い知らされたからです。
同じ世界に生きているのに、同じ人間なのに、
目先のことだけにとらわれてしまい、世界の問題に目を向けないでいられることを、恥ずかしく思っております」
ふーん。
この年会費、アフガニスタンやミャンマーに行くの?
行かないよね。
いつか業平くんがボランティアで和歌を教えに行ったら
「あら、今日だったかしら? 忘れてたわ」
しゃあしゃあとのたまった塾長さん。
業平くんがお茶を飲もうとしたら
「それあなたに出したお茶じゃないから」
ぴしゃりと止めた塾長さん。
そのわりには、生徒さんたちがお気もちで出してくれたお礼を、業平くんが全額寄付しますと言ったら、ありがとうのひとこともなしに彼の手からお金の入った封筒をにこにこしてひったくった塾長さん。
あの手の素早さ。
いまも私の目に焼きついて離れないんですけど。
でも業平くんは笑っている。
須磨の海人の塩焼くけぶり
風をいたみ
思はぬかたに たなびきにけり
須磨の海人さんが藻塩を焼く煙。
風が強いので、
思わぬ方向にたなびいてしまったね。
「人の心が変わったからって、怒ることはないよ」すましている。「煙みたいなものだから」
偉い。
「で、賛助するの?」
「しないよ」けろりとしている。そこも、偉い。
「こんなことしょっちゅうだからね」と笑う。
利用されないようにと身がまえることもなければ、利用されたといって怒ることもない。ひょうひょうとしている。
偉い!
私も見ならいたい。