第二十一段 純米酒
文字数 924文字
業平くんのことだから、何か聞き出そうというような下品な
まあ、有常くんがぽつぽつ問わず語りに語ってくれたそうで、なんとなく真相が判明した。
有常くんの奥さんは彼に
「あなたといっしょにいても成長できない」
と、のたまったそうなんである。
なんだそれは。
こういう女、いる。
ぜんぶ相手のせいにするのだ。
「成長しなきゃだめかなあ」
飲みながら、有常くんは淡々と言ったそうだ。(業平くん談)
有常くんに対する私の尊敬がいっきに倍増したことは言うまでもない。
かっこいい!
なんで有常くんも業平くんも、こう……、ぶれない人たちなのだ。素敵。
いや、もちろん、成長することはすばらしい。だけど「成長」とか口にしがちな人が言う「成長」はたいてい「成長」なんかじゃなくて他人やら世間やらの「評価」が去年より今年、今年より来年と上がることでそういう「評価」にとらわれて努力しつづけるかぎり人は未来永劫しあわせにはなれない、ということがちゃんとわかる男はひじょうに少なく実践できる男となるとさらに少なく、出会えたらそれこそ金の卵的お宝なんだがそのお宝をお宝と気づかず自分からほうり出す女は多い。
しかもだ。
有常くんの奥さんというか
もと
奥さん、出ていってひと月くらいしていきなり手紙をよこして「私のことは忘れてくれていいから」
と、わざわざ言ってきたそうだ。
「意味がわからない」
有常くんはその話も、ごく淡々と語ったそうだ。
二人で飲んでいる純米酒みたいな淡麗さで。
「後悔してるんだよね」と私。「彼女ぜったい後悔してる。
彼女のほうが忘れられないでいるの見え見えじゃない、彼のこと。
ばっかじゃないの」
「さあね」
業平くん、にやにやしている。
有常くんは大吟醸より、ふつうの純米酒が好きだそうだ。
「華やかなのは飽きる」と言う。
「いつまでも飲みつづけられるようなのがいい」
どうにも不思議なのは、そもそもどうして彼が彼女と夫婦になったのかということだ。
彼女のほうから押しかけたんだとしか考えられない。
来る者は拒まず。
去る者は追わず、というやつね。