第二十七段 愛だよ
文字数 1,440文字
あのときはそうは思わなかったが、いまは虐待だったとはっきり言ってしまっていいと思う。
もちろん、すべてセックスレスは夫から妻への虐待だなどと言うつもりはみじんもない。
人それぞれだし、苦しいのはおたがいさまだ。
そうではなくて、どう対応するかで違ってくる、ということが、ちょっと言ってみたい。
「おれはちゃんと性欲もあるし勃起もする」
とはっきり言われ、その言いかたが、つまり、悪いのはおまえだと暗に言われた。
私はカウンセリングに通ったが、柔らかい雰囲気の女性カウンセラーさんにとうとう
「井筒さんは、どこも悪くないですよ」
と優しく言われ、ほっとすると同時に絶望した。私にはどうしようもない、という通告でもあるじゃないか。
最後まで夫は、自分は正常で、私だけが異常だと言いはった。
変わるべきなのは百パーセント私だと。
まあ、私が悪いのだ。そんな男とそもそも結婚しなきゃよかったというだけの話。せめてもっと早く別れればよかったというだけの話。
ようするに、愛されていなかった、
というね、それだけの話。
それを認めるのに、時間がかかってしまった。
でも、こうして認められたので、よかったと思う。
男の人というのはとってもデリケートでプライドの高い生き物だ。とくにセックスのことになると、ちょっとうまくいかなかっただけでひどく動揺してしまうらしい。
そんな動揺する必要ぜんぜんないのに。いっしょに探して、見つけていくものなのに。
まあ、そういうときに無神経で残酷な対応をする女もいるから、男としてはとっさに自己防御の姿勢をとってしまうのもわかる。
もと夫にも、前回書いたもと彼にも、突然
「そんなに責めないで」
と涙を流されて心底びっくりしたことがある。
私はなんにも、ひとっことも言ってない。責められていると感じているのは彼ら自身なのだ。
業平くんの名言は数々あるが、あるとき
「いちばん大事なのはせっくすじゃないからね」
と堂々と言われて、これまた逆の意味でびっくりしたことがある。
二人ともまだすっぽんぽんでシーツにくるまっていたからなおさらだ。
「何がいちばん大事なの」
と訊いたら、真顔で
「愛だよ」
思わずベッドからころがり落ちそうになった。
でも、たしかに。本当にそうだ。
成功とか失敗とか、達成とか、ビジネス目標と同じものをベッドにまで持ちこむから苦しくなる。
少なくとも私は、ほっぺたをくっつけて眠ってくれるだけでもよかったのだ。彼らが自分でハードルをガン上げして、それを私が要求したかのようにすりかえて、
私を汚らわしいものあつかいして——
ここまで考えて、ふと思う。私自身はどうなの?
ひとことも言いはしなかったけど、本当に彼らを責める気もちがゼロだったと言いきれる?
愛されてなかったと言うけれど、自分こそ、本当に愛してた?
それを敏感に察知されただけじゃないの?
「何笑ってるの?」と業平くん。
「何でもない」と私。
心の中でちょこっと、もと彼ともと夫に手を合わせた。
(ごめんね)
愛が足りなかったのは、私のほうだ。彼らが望むほど彼らに夢中にはなれなかった。自分ではそのつもりでいたのに、私は私自身をだましただけで、
彼らは、だまされなかったのだ。
申し訳ないことをした。
でも、こればかりはどうしようもない。
ほんと、愛は大事。というか、相性は大事。
ちゃんとした、ちょうどいい愛は、人をとっても楽にしてくれる。