第百段 忘れ草と忍ぶ草
文字数 737文字
植物学的にどういうものなのだかわからない。
忘れ草が生えると、相手のことを忘れられるらしい。
ん? 相手のことを忘れると、忘れ草が生えるんだったかな? どっちだったかな。
忍ぶ草は、
えーと。
goo辞書を引いてみた。
「忘れ草に同じ」
なんだそれは。
忍ぶというんだから、その草を持っていると苦しさに耐えられる、とか、想いを隠しとおせる、とか、
それとも「
なつかしく思い出す。
それがいいな。
私は、業平くんの赤ちゃんを、流産している。
できたとわかったとき、あまりに嬉しくて、誰にも言えなかった。
こっそり母に打ち明けたら、真顔で言われた。
「で、どうするの?」
どうするの、って。
「その子が不幸になるだけでしょう。
あなたが。
自分で選んだ道でしょう?」
赤ちゃんは、あの会話を、聞いてしまったのだと思う。
婦人科で、まわりの人は、みんな幸せそうな妊婦さんだった。ご主人がつきそって手を握ったり、大きなおなかをさすってあげたりしている人もいる。
そういう人たちとカーテンの仕切りだけで同列に並べられ、エコー写真を撮られて、私は告げられた。
「心音が聞こえません」
すぐ入院して、
私にはまだ赤ちゃんなのに、彼の赤ちゃんなのに、お医者さまにはすでにただの血の固まりでしかないのだ。
業平くんはとても悲しんでくれた。
とても、とても悲しんでくれた。
いっしょに泣いてくれた。
彼のほうが泣いた。
忘れることはできないけれど、耐えているうちに、
いつか、大切な思い出になることはある。