第百九段 花より先に
文字数 668文字
この話、業平くんの話ではない。
例によって、別の人の話が「小説オール業平」に入れられちゃってるのだ。
本当は、
桜を植えて、やっと咲こうというときに、その植えた人が亡くなってしまった。
亡くなったの誰だろう。奥さま? お友だち?
その桜が咲いたのを見て、
花よりも 人こそあだになりにけれ
いづれを先に恋ひむとか見し
桜より、あの人が先に逝ってしまうとは。
花のほうがとうぜん先だと思っていたのに。花の散るのをいっしょに惜しむはずだったのに。
桜と私が残って、あの人は——
ものすごくいい歌でしょう?
私泣いてしまいました。
これ業平くんのものにしちゃうなんて申し訳ないです、望行さん。
じつは望行さんについては、ほとんど記録が残っていないらしい。貫之さんの父君だということ以外。
生没年不詳。経歴不詳。お役人で歌人であったことは確か。
貫之さんがまだ幼いころに亡くなったらしい。
残っているのは、
この歌一首だけ。
でも、これだけで、望行さんがどんなかただったかわかる。言葉の力って偉大だ。
お顔も声もわからない昔のかたなのに、
私もその桜の下で、望行さんと手をとりあって泣いている気もちになる。
この歌を業平くん物語にまぎれこませたのが誰のしわざかはわからない。でも
「業平さんならやりそうだなー」
「きっと業平さんだよ」
そう思ってもらえたのは幸せだね、業平くん。
いろんな人の想いのかけらが集まって、業平くんはできている。