第六十五段 流刑地

文字数 1,543文字

 業平くんの悲恋の話をしよう。

 彼から直接聞いたわけではない。
 そんなことしなくても、どの週刊誌にも載っていた。
「週刊ヘイアンジダイ」とか「平安女性自身」とか「週刊もののあはれ」とか、とか。

 いきなりコメントから入らせていただくけれども、
 何も——
 よりによって、帝の寵姫に手を出すことはなかろう。

 二条の(きさき)と呼ばれた絶世の美女、藤原高子(たかいこ)さま。
 まだ少年だったけれどもすでに宮中にお勤めしていた業平くんは、

 中略。

 その後も、
 少年なので、成年男子は入れない彼女のお部屋に入ってくる。人目のあるひかえの間にもどんどん来る。ぐいぐい来る。
 彼女が困ってお里下がりをすると、お里まで追いかけていく。
「はずかしいからやめて。あなたも身の破滅よ」
と言われても、
 
 思ふには 忍ぶることぞ負けにける
 逢うにし換へば さもあらばあれ
  がまんできません。
  破滅とひきかえに逢っていただけるなら、それでいい。
 
 朝帰りしてそのまま出仕して、夜勤だったふりをして、
 そんなの周囲にバレバレで、

 本当に体もだめになりかけて……

 恋しい気もちがなくなるようにお祓いをしてもらったけど効かなくて。
 
 そうこうしているうちに帝ご本人にばれて、業平くん流刑になる。
 高子さまは蔵に閉じこめられて折檻(せっかん)を受ける。
「『われから』よね」
とお泣きになったそうだ(例の「自業自得」というやつ)。

 私も読みながら思わずもらい泣きしてしまった。二人ともかわいそうすぎる!
 ほぼほぼロミオとジュリエット。
 なんて情熱的なの。「逢うにし換へばさもあらばあれ」なんて、きゃー若いわっ。
 と、自分の夫の過去バナだということも忘れ夢中でバックナンバーに読みふける私。

 さて、業平くんは、流刑地から夜ごと都に帰ってきては——

 ん?

 二度見した。
「流刑地から夜ごと都に帰ってきては」
 んん??

「彼女の閉じこめられている蔵の前まで来て、笛をじょうずに吹いて、きれいな声で素敵な歌を歌った」
 はあ?!

 毎晩帰ってこられる流刑地ってどんな流刑地。
 てか、夜中に笛吹いて歌うたったら一発でつかまるやん。

 このへんからめっちゃ怪しい。いや、考えたら最初から怪しい。
 高子さん、業平くんより十七歳年下。業平くんが少年やったら、高子さん赤ちゃんになってまう。
 少年と赤ちゃんでどんな密通。

 週刊ヘイアンジダイには他のエピソードも載っている。
 業平くんがお嫁入り前の高子さんを盗み出して、夜中に背負って逃げる。
 でも途中でふたりは物の怪に襲われて——
「鬼がひと口で女を食ってしまった。男はじだんだを踏んで泣いたがむなしいことであった」
 って高子さん生きてはるわ!

 この「さもあらばあれ」の歌をふくむ週刊ヘイアンジダイに掲載の歌は、「業平朝臣作」として古今集その他に収録されているお墨付きの本物、

、どうやらどれも「詠み人知らず」か他人の歌らしい。うわー感動して損した。
 まあ、興奮が冷めてから読み返したら、たしかに大した歌じゃないな。てことは業平くんの歌じゃないわ。
 と、しれっと週刊誌をたたむ私。

 ようするに、
「業平さんだったらこんなことしてくれそうだなー」
「してくれたらいいなー」
「きっとしたんだよ」
というみんなの「願望」が集まって、業平くんはできているのだ。
 生身の業平くんじゃなくて、アイドルとしての業平くんのことだ。

 表でかちゃかちゃ音がする。業平くんが到着して、自転車を停めている音だ。
 流刑地からも夜な夜な自転車で帰ってきてたのかな?
 なんてね。ふふ。

 アイドルも楽じゃないね。業平くん。


※業平くんらしい「男」が高子さんらしい「女」をおんぶして逃げる話は、『伊勢物語』第六段のとても有名なエピソードです。ここに入れられてよかったです。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

井筒(いづつ)

この物語の語り手。恋人の業平くんと熱愛中だという以外は詳細不明。とある事情で彼との関係は公表できないらしい。その秘密がしだいに明らかに!(大した秘密ではない)

業平くん(なりひらくん)

フルネーム:在原業平(ありわらのなりひら)。この物語の主人公。井筒の恋人。

超ベストセラー小説『源氏物語』の主人公、光源氏のモデルとされるイケメンで、名だたる美女たちとのうわさが絶えないが、素顔は天然で井筒ひとすじ。

まったく出世・昇進できなくても気にしないマイペース男。和歌の天才。

有常くん(ありつねくん)

フルネーム:紀有常(きのありつね)。業平くんの親友。業平くんを介して井筒とも友だち。
業平くんと同じかそれ以上にマイペースでぶれない男。
史実および『伊勢物語』の世界観においては「井筒」にあたる女性の父親で、業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。むろん井筒のパパではない。

至くん(いたるくん)

フルネーム:源至(みなもとのいたる)。業平くんの悪友で彼以上の、というか無類の女好き。

史実および『伊勢物語』の世界観においては業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。
第三十九段限定のスペシャルゲストだったはずなのに、みょうにキャラが立ってしまったため、その後もときどき登場している。

高子さま(たかいこさま)

女御。帝の寵姫。絶世の美女で「二条の后(きさき)」と呼ばれる。過去に業平くんとの熱愛を報道され一大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は凛として知的。藤原家の期待を一身に背負って立つ。

恬子さま(やすらけいこさま)

内親王(皇女)。伊勢神宮の斎宮(巫女)。過去に業平くんとの熱愛を報道され高子さまに次ぐ大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は純真可憐。兄君の惟喬さまと同じくおっとりはんなりしている。

惟喬さま(これたかさま)

親王(皇子)。恬子さまの兄宮。業平くん有常くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第一皇子で、本来なら次の帝の第一候補のはずだったのに、陰謀によって帝位から遠ざけられた悲運の人。でもおっとりはんなりした性格のおかげで、出家後も皆の人気者。お酒は好きだが、わりと弱い。

融さま(とおるさま)

フルネーム:源融(みなもとのとおる)。富豪でセレブで風流人。光源氏の本命モデル。
凝った庭園のある大豪邸に住んでおり、人を集めては詩歌管弦の遊びをして楽しんでいる。
業平くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第八十一段限定のスペシャルゲスト。

行平さん(ゆきひらさん)

フルネーム:在原行平(ありわらのゆきひら)。業平くんのお兄さん。在原家の実質上の大黒柱。
才能ある歌人でイケメンなのに、いつもやんちゃな弟にぜんぶ持っていかれ、それでも気にしない器の大きい人。
光源氏の部分モデルといううわさも。百十九段にその話が出てくる。

家持さん(やかもちさん)

フルネーム:大伴家持(おおとものやかもち)。「いえもち」ではないので要注意。

和歌界のビッグ・ダディ。『万葉集』全二十巻を編纂した大物で、業平くんと違って漢字も得意(万葉集はすべて漢字で書かれています)。愛妻家でありながら、何人もの女性との恋歌の贈答で知られる恋愛の達人。

史実では業平よりまるっと1世紀前の人。第百五段限定のスペシャルゲスト。

敏行くん(としゆきくん)

フルネーム:藤原敏行(ふじわらのとしゆき)。業平くん有常くんの高校時代のクラスメート。成績優秀で性格もいい素敵男子。
業平くんとは三十六歌仙友だちでもあり、百人一首にもなかよくいっしょに入っている。
史実および『伊勢物語』の世界観においては紀有常の娘、つまり「井筒」にあたる女性の姉妹を妻にしている。
第百七段限定のスペシャルゲストだが、素敵なのでまた出てくるかもしれない。

世阿弥さん(ぜあみさん)

世阿弥は芸名。本名:観世三郎元清(かんぜさぶろうもときよ)。
能楽を大成した天才で、自身も役者。その美貌と名演で一世を風靡。この世に心を残した美しい亡霊が出てくる「複式夢幻能」というスタイルを確立した。
ついでだけど「序破急」という作劇法を考えたのも彼。これは本来ダンスのテンポ感を表したものなので、小説を書くときなんかにむやみに応用しないほうがいい(本人談)。
業平くんの大ファン。
史実では業平よりまるっと五世紀半後の人。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み