第八十一段 恋人がサンタクロース

文字数 1,662文字

 河原の左大臣と言えば、(みなもとの)(とおる)さま。賀茂川(かもがわ)のほとりの六条エリアにすばらしい豪邸をお持ちだ。
 お家そのものより、お庭が有名。なにせ、お庭の中に海がある。

 いま二度見したあなた。
 私の書き間違いじゃないです。
 海ですよ、海。人工の。ちゃぷんて言ってるの、ほんとに(業平くん談)。ディズニーシーかシーガイアかって話。それ聞いただけでただ者じゃないでしょ?(これで宇治の別宅がのちの平等院ってもう、半端なくない??)
 融さまはそのお庭をよく開放なさっては人をお招きになる。詩歌管弦(しいかかんげん)、文学と音楽の宴。とにかく美しいものと楽しいことが大好きなかたなのだ。もちろんお酒も。

 富豪でセレブで、しかも気さく。そしてそして! あの美貌。
 みんなの憧れ、融さま。どう考えても光源氏くんのモデルは融さまで決まりだ。うちの業平くんじゃない。
 官位だって左大臣、従一位ですよー。もうー。天は二物を与えずっていうけど融さま、五物も六物もお持ち。スーパーアイドル光くんまであと一歩! ああでもこの「あと一歩」ってところが、かえってキュートね。愛されポイント。
 まあね。ここだけの話、融さまも例の、もちろん実名は伏せるよ、伏せるけれども藤原良房(よしふさ)基経(もとつね)父子にはばまれて(以下略)

 うちの業平くんに足りないのは、融さまのあのカリスマだと思います。ていうか、目力(めぢから)
 融さまのことを悪く言う人、誰もいない。いつもいーっつもスキャンダルまみれでバッシングされっぱなしのうちの業平くんとは大違い。
 業平くん。いちど融さまの爪のあかをもらってきなさい。あたしが煎じて飲ませてあげる。

 融さまは業平くんより三つ年上。業平くんを気に入ってくださっていて、しょっちゅうお呼びがかかる。業平くんも歌詠みの先輩として融さまをすなおに尊敬しているから、喜んで六条邸へ出かけていく。
 どっちがガチで光源氏のモデルか!とか言って二手に分かれて死闘をくりひろげているのは、ファンたちだけ。当の二人はなかよしなんである。いいね!

 ここで話は、有常くんが素敵すぎた件になる。
 彼の意表をついたアイデアのおかげで、今年は私も六条邸のクリスマスパーティーに出られることになっちゃった、のです! 驚き! いまだに信じられない。
 有常くん、なんと私を、自分の連れとしてエントリーしてくれたのだ。
 もう——感謝しかない。涙出る。ありがとう。有常大明神。

「妹です」
 そう紹介されて、どの人の顔にも同じ表情が浮かぶ。有常くんは先回りしてこう説明する。
「似てないでしょう。母親が違うので」
 腹違いなんて平安貴族あるあるだから、皆さんすぐ納得する。そこへ有常くん、例のすっとぼけたポーカーフェイスで重ねて言うのだ。
「父親も違うんですけどね」

 キイワード「紀有常の(おんな)」がトレンド入りするまで、たいした時間はかからなかった。※

 宴もたけなわというとき、みんなを大喜びさせた余興があった。
 突然、腰の曲がったサンタクロースが大きな袋を背負って、よぼよぼと登場したのだ。
 おしゃれに着飾った人たちの中にまぎれこんで、明らかに場違いな雰囲気。白いひげをしごきながら困ったようにきょろきょろしている。くすくす笑いがさざ波のように広がる。
 絶妙なタイミングを見計らってサンタ爺、紳士淑女を見渡し、いきなり呼ばわった。

「泣く子はいねがあ!」

 融さままで膝をたたいて、涙を流して笑っておられる。
 サンタ爺、つぎつぎと美女たちに襲いかかる。悲鳴と爆笑の渦。有常くんがすっとんでいき、爺をはがいじめにして会場から引きずり出した。笑いはまだ止まない。

 後で聞いたら、融さまの指令はサンタになれというところまでだったのだそう。だろうと思ったー。泣く子はいねがあと逮捕劇はぜったい彼らのアドリブだと思ったよ。
 私だって、だてに業平・有常ペアの悪ふざけを長年見てきちゃいないのだ。


※古文が得意なかたはもうにやにや笑っておられると思いますが、「紀有常の女」は「きのありつねの

」と読みます。詳しくは「登場人物紹介」のコーナーをご覧ください。
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登場人物紹介

井筒(いづつ)

この物語の語り手。恋人の業平くんと熱愛中だという以外は詳細不明。とある事情で彼との関係は公表できないらしい。その秘密がしだいに明らかに!(大した秘密ではない)

業平くん(なりひらくん)

フルネーム:在原業平(ありわらのなりひら)。この物語の主人公。井筒の恋人。

超ベストセラー小説『源氏物語』の主人公、光源氏のモデルとされるイケメンで、名だたる美女たちとのうわさが絶えないが、素顔は天然で井筒ひとすじ。

まったく出世・昇進できなくても気にしないマイペース男。和歌の天才。

有常くん(ありつねくん)

フルネーム:紀有常(きのありつね)。業平くんの親友。業平くんを介して井筒とも友だち。
業平くんと同じかそれ以上にマイペースでぶれない男。
史実および『伊勢物語』の世界観においては「井筒」にあたる女性の父親で、業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。むろん井筒のパパではない。

至くん(いたるくん)

フルネーム:源至(みなもとのいたる)。業平くんの悪友で彼以上の、というか無類の女好き。

史実および『伊勢物語』の世界観においては業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。
第三十九段限定のスペシャルゲストだったはずなのに、みょうにキャラが立ってしまったため、その後もときどき登場している。

高子さま(たかいこさま)

女御。帝の寵姫。絶世の美女で「二条の后(きさき)」と呼ばれる。過去に業平くんとの熱愛を報道され一大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は凛として知的。藤原家の期待を一身に背負って立つ。

恬子さま(やすらけいこさま)

内親王(皇女)。伊勢神宮の斎宮(巫女)。過去に業平くんとの熱愛を報道され高子さまに次ぐ大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は純真可憐。兄君の惟喬さまと同じくおっとりはんなりしている。

惟喬さま(これたかさま)

親王(皇子)。恬子さまの兄宮。業平くん有常くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第一皇子で、本来なら次の帝の第一候補のはずだったのに、陰謀によって帝位から遠ざけられた悲運の人。でもおっとりはんなりした性格のおかげで、出家後も皆の人気者。お酒は好きだが、わりと弱い。

融さま(とおるさま)

フルネーム:源融(みなもとのとおる)。富豪でセレブで風流人。光源氏の本命モデル。
凝った庭園のある大豪邸に住んでおり、人を集めては詩歌管弦の遊びをして楽しんでいる。
業平くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第八十一段限定のスペシャルゲスト。

行平さん(ゆきひらさん)

フルネーム:在原行平(ありわらのゆきひら)。業平くんのお兄さん。在原家の実質上の大黒柱。
才能ある歌人でイケメンなのに、いつもやんちゃな弟にぜんぶ持っていかれ、それでも気にしない器の大きい人。
光源氏の部分モデルといううわさも。百十九段にその話が出てくる。

家持さん(やかもちさん)

フルネーム:大伴家持(おおとものやかもち)。「いえもち」ではないので要注意。

和歌界のビッグ・ダディ。『万葉集』全二十巻を編纂した大物で、業平くんと違って漢字も得意(万葉集はすべて漢字で書かれています)。愛妻家でありながら、何人もの女性との恋歌の贈答で知られる恋愛の達人。

史実では業平よりまるっと1世紀前の人。第百五段限定のスペシャルゲスト。

敏行くん(としゆきくん)

フルネーム:藤原敏行(ふじわらのとしゆき)。業平くん有常くんの高校時代のクラスメート。成績優秀で性格もいい素敵男子。
業平くんとは三十六歌仙友だちでもあり、百人一首にもなかよくいっしょに入っている。
史実および『伊勢物語』の世界観においては紀有常の娘、つまり「井筒」にあたる女性の姉妹を妻にしている。
第百七段限定のスペシャルゲストだが、素敵なのでまた出てくるかもしれない。

世阿弥さん(ぜあみさん)

世阿弥は芸名。本名:観世三郎元清(かんぜさぶろうもときよ)。
能楽を大成した天才で、自身も役者。その美貌と名演で一世を風靡。この世に心を残した美しい亡霊が出てくる「複式夢幻能」というスタイルを確立した。
ついでだけど「序破急」という作劇法を考えたのも彼。これは本来ダンスのテンポ感を表したものなので、小説を書くときなんかにむやみに応用しないほうがいい(本人談)。
業平くんの大ファン。
史実では業平よりまるっと五世紀半後の人。

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