第百七段(後半) ハートに火をつけて(つづき)

文字数 1,126文字

 そんなわけで、彼と彼女はふたたびラブラブになったのだが。

 ある日、彼が彼女に、照れた表情で言ったのだそう。
「おれ、きみがくれた手紙、ぜんぶ取ってあるんだ」
「うそ?!」
「ほんと。大切に箱にしまってある。ときどきとり出して見てる。
 宝物」

 ここで! ここで終わりなら、ほんとによかったんだけどね!

 素敵男子くん、思いきったように目を上げて、にっこり笑いながら言ったそうだ。
「本当にさ。歌詠むのうまいよね。
 在原くん」

「えっ」
「あははは」
 この「えっ」「あははは」は彼と彼女のものでもあるし、私と業平くんのものでもある。
 するどい、素敵男子くん。「この子の作った歌じゃないな」ってちゃんと見抜いてた。しかも気づかないふりしててくれたのだ。

「で、どうなったの? 二人は」
「結婚した」
「なあんだ。やっぱりいい話じゃない。けっきょく甘々じゃない!」
「そゆこと」
「業平くんがキューピッドなんてめずらしいね。いつもよそのカップル破壊神大魔王なのに」
「言わないで。でね」
「まだ続きあるの??」

 同窓会で二人に再会したとき、彼のほうが、例の手紙たちをきちんと束ねて持ってきてくれたというのだ。
「在原、これおまえの歌集に入れるときに必要じゃない?」
 どこまで素敵なの。
 ちょっと赤くなりながら「できればコピー取ったら返してほしいんだけど」なんて言われて、くー! そりゃそうだよね、筆跡は彼女のだもの。もう! 甘々にもほどがある!
「大丈夫、憶えてるから」
 業平くんが答えると、「おまえやっぱり凄いな」と感心されたのだそう。
 ふふ。ほんといい話。

 彼と彼女はもちろんおたがいに恋してたんだけど、あんがい二人とも、業平くんといっしょに遊びたかったんじゃないかな。と私は思うよ。

 ちなみにこの素敵な彼、名を藤原(ふじわらの)敏行(としゆき)くんという。
 業平くんとは三十六歌仙友だち。百人一首にもなかよくいっしょに入っている。奥さんになった子は有常くんの親戚※で、とうぜん有常くんと敏行くんもなかよしだ。
 かの能書家、小野道風(おののとうふう)さんも、敏行くんの字のうまさを空海さんと並べて絶賛したのだそう。なんと、すごい人だったんである。

 業平くんの「ちはやぶる」と並んで小倉百人一首に入っている敏行くんの歌。

 住の江の岸に寄る波
 よるさへや
 夢のかよひ路 人目()くらむ
  住之江(すみのえ)(大阪市住吉区。松の名所)の岸に寄せる波、ではないけれど。
  昼ばかりか、夜(寄る)さえも、
  夢で逢いに行くときでさえも、
  なぜぼくは、人目を避けてしまうのだろう。

 やーん、なにそのシャイな感じ! きゅーん!

 じつは敏行くんも、そうとうモテたらしい。


※敏行くんと有常くんの親戚関係については、「登場人物紹介」の敏行くんの欄をご覧ください。
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登場人物紹介

井筒(いづつ)

この物語の語り手。恋人の業平くんと熱愛中だという以外は詳細不明。とある事情で彼との関係は公表できないらしい。その秘密がしだいに明らかに!(大した秘密ではない)

業平くん(なりひらくん)

フルネーム:在原業平(ありわらのなりひら)。この物語の主人公。井筒の恋人。

超ベストセラー小説『源氏物語』の主人公、光源氏のモデルとされるイケメンで、名だたる美女たちとのうわさが絶えないが、素顔は天然で井筒ひとすじ。

まったく出世・昇進できなくても気にしないマイペース男。和歌の天才。

有常くん(ありつねくん)

フルネーム:紀有常(きのありつね)。業平くんの親友。業平くんを介して井筒とも友だち。
業平くんと同じかそれ以上にマイペースでぶれない男。
史実および『伊勢物語』の世界観においては「井筒」にあたる女性の父親で、業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。むろん井筒のパパではない。

至くん(いたるくん)

フルネーム:源至(みなもとのいたる)。業平くんの悪友で彼以上の、というか無類の女好き。

史実および『伊勢物語』の世界観においては業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。
第三十九段限定のスペシャルゲストだったはずなのに、みょうにキャラが立ってしまったため、その後もときどき登場している。

高子さま(たかいこさま)

女御。帝の寵姫。絶世の美女で「二条の后(きさき)」と呼ばれる。過去に業平くんとの熱愛を報道され一大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は凛として知的。藤原家の期待を一身に背負って立つ。

恬子さま(やすらけいこさま)

内親王(皇女)。伊勢神宮の斎宮(巫女)。過去に業平くんとの熱愛を報道され高子さまに次ぐ大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は純真可憐。兄君の惟喬さまと同じくおっとりはんなりしている。

惟喬さま(これたかさま)

親王(皇子)。恬子さまの兄宮。業平くん有常くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第一皇子で、本来なら次の帝の第一候補のはずだったのに、陰謀によって帝位から遠ざけられた悲運の人。でもおっとりはんなりした性格のおかげで、出家後も皆の人気者。お酒は好きだが、わりと弱い。

融さま(とおるさま)

フルネーム:源融(みなもとのとおる)。富豪でセレブで風流人。光源氏の本命モデル。
凝った庭園のある大豪邸に住んでおり、人を集めては詩歌管弦の遊びをして楽しんでいる。
業平くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第八十一段限定のスペシャルゲスト。

行平さん(ゆきひらさん)

フルネーム:在原行平(ありわらのゆきひら)。業平くんのお兄さん。在原家の実質上の大黒柱。
才能ある歌人でイケメンなのに、いつもやんちゃな弟にぜんぶ持っていかれ、それでも気にしない器の大きい人。
光源氏の部分モデルといううわさも。百十九段にその話が出てくる。

家持さん(やかもちさん)

フルネーム:大伴家持(おおとものやかもち)。「いえもち」ではないので要注意。

和歌界のビッグ・ダディ。『万葉集』全二十巻を編纂した大物で、業平くんと違って漢字も得意(万葉集はすべて漢字で書かれています)。愛妻家でありながら、何人もの女性との恋歌の贈答で知られる恋愛の達人。

史実では業平よりまるっと1世紀前の人。第百五段限定のスペシャルゲスト。

敏行くん(としゆきくん)

フルネーム:藤原敏行(ふじわらのとしゆき)。業平くん有常くんの高校時代のクラスメート。成績優秀で性格もいい素敵男子。
業平くんとは三十六歌仙友だちでもあり、百人一首にもなかよくいっしょに入っている。
史実および『伊勢物語』の世界観においては紀有常の娘、つまり「井筒」にあたる女性の姉妹を妻にしている。
第百七段限定のスペシャルゲストだが、素敵なのでまた出てくるかもしれない。

世阿弥さん(ぜあみさん)

世阿弥は芸名。本名:観世三郎元清(かんぜさぶろうもときよ)。
能楽を大成した天才で、自身も役者。その美貌と名演で一世を風靡。この世に心を残した美しい亡霊が出てくる「複式夢幻能」というスタイルを確立した。
ついでだけど「序破急」という作劇法を考えたのも彼。これは本来ダンスのテンポ感を表したものなので、小説を書くときなんかにむやみに応用しないほうがいい(本人談)。
業平くんの大ファン。
史実では業平よりまるっと五世紀半後の人。

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