第四十三段 ストップウォッチ
文字数 758文字
「あと六千七百七十回!」とか言ってる。
ばかだ。
「もののたとえ」という語彙は、この男の辞書にはないのか。
歌詠みなのに。
毎日は逢えない。
二人の寿命を考えたら、いや、健康寿命というか
現役
寿命を考えたら、どうしたって八千回は無理に決まってる。週に四回として、一年五十二週だから二百八回。四捨五入して二百回。八千回を二百回で割ると四十年。
四十年か。
つい、また、あのスパイラルに入ってしまう。「もっと早く出逢いたかった」というやつ。
なんて無駄な人生を過ごしてしまったんだろう。彼に会うまで。
業平くんに悪気がないのはわかってるけど、残酷だな、と思ってしまう。
彼がじゃなくて、運命がだ。
男は、というかあなたはそりゃね、ぜんぜん大丈夫でしょうけれどもね、八千回だろうと一万回だろうと。でも、女の私はね。そんなに持ちませんよ。
短いんですよ。花の命は。
「無理」と私。つい、つぶやいてしまった。
「なんで?」と彼。
な……
「いや、なんでって」
「やってみないとわからないよ」
大まじめに言う。
こうしていつも私が笑いだして、負のスパイラルは終わりになる。
ありがとう。
「ま、業平くんのじゃなくてあたしの回数だったら、とっくに五千回か六千回は超えてるけどね!」
「それ」
彼の手帳には「正」の字が書きこんであるのだ。私の行った数だと知ったときには心底あきれた。
「でもね」きゅうに深刻な顔つきになって言う。「最近、数増えないんだよ」
「そうなの?」
「うん。最近井筒ずーっと行きっぱなしだから、どうカウントしていいかわかんなくて」
真顔。
「時間で測ったらどうかな?」
「やめて」
さすがにそれは。ストップウォッチ片手になんて、いくらなんでもばかすぎる。