第百二十四段 思うこと
文字数 455文字
最後から二番めの歌。
思ふこと
言はでぞ ただに
われとひとしき
人し無ければ
思うことは
言わないでおいたほうがいいね。
人はそれぞれ
違うものだから。
——どうしてそんな悲しいこと言うの。
私は泣いた。
いままで、何でも、思うことそのまんま歌にしてきてくれたじゃない。
龍田川の紅葉が綺麗だねとか。
それが業平くんだったじゃない。
「だから」と彼。
「『思うことは言わないでおいたほうがいいな』と思ったから、思ったとおり詠んだんだよ」
ああ、そうか。
「おれは変わらないよ。変われるほど器用じゃない」
笑っている。
「騒ぐほどのことかな。
たかが歌じゃないか」
「『歌詠みが歌を詠まなくなったら終わりだ』なんて言うやつらがいるけど、つまらないこと言うよね。
歌を詠まなくなっても、おれはおれだ。
何も変わらない」
「いいんだよ。もう歌は詠まなくても。
井筒がわかってくれているから」
「泣かないの」と笑う。「おれは幸せだよ。
井筒は幸せじゃないの?」
「幸せよ」
「よし」
「おいで。井筒」