第百二十三段 鶉[うずら]
文字数 673文字
「井筒」
「なあに?」
「おれがいなくなったら、井筒はどうする?」
年を経て住み
いとど
ずっと住んできた里を出ていったら、
草の深く茂る野原になってしまうのだろうね。
「どうもしないよ」と私。
「業平くんにまた会える日を、待ってる」
野とならば
かりにだにやは君は来ざらむ
野原になったら、私はうずらになって鳴いているよ。
狩りに/ちょこっと(仮に)だけでも、あなたはきっと会いに来てくれるから。
きっと。
「井筒」
こわれもののように唇を合わせる。
彼が上で入ってきて、そのまま私を抱き起こす。
「おいで」
膝に乗せられる。
この体勢だと私が攻めやすいはずなのに、けっきょく攻められている。下から突き上げられる。
くりかえし、くりかえし、唇を重ねる。
息を重ねる。
「もっと声出して」と彼が言う。出したくない。はずかしいのに。
「こんなにとがらせて。可愛い」と言う。言いながら口にふくむ。
「嬉しい」と言う。
言われれば言われるほど、私は涙がこぼれる。
うずらとなりて鳴きをらむ
うずら、なんて、よく言ったものだなと、あえぎながら私は思う。
私はうずらだ。くじゃくでもない、鳩でもない。
かもめでさえない。
かもめには強い翼がある。一羽でも生きていける。
前は私も「私はかもめ」なんて思ってた、謙遜のつもりで。ちがった。ただのかんちがいだった。私はかもめじゃない。
うずらだ。
深い草の中でまごまご、するだけの。
泣くと、聞こえてしまうから、はずかしい。