第百四段 天女の涙
文字数 871文字
尼姿の恬子さまが、おしのびで賀茂の祭を見に来られた。
こっそりおいでになったのに、
やっぱりパパラッチに見つかって牛車がもみくちゃにされ、恬子さまは泣きながら帰ってしまわれた。
「わたしは、なんにも、恥ずかしいことはしておりません」
めずらしくはっきりお声を上げ、ぽろぽろ涙をこぼしてそう言われる恬子さまが、画面の中にいらした。
斎宮を卒業して尼に! ますますそそられるー!
などと騒いでいたネット民が、
あの映像を見て静かになった。それくらい、お可愛らしかった。
流れが変わり
「恬子さま悪く言うとか鬼畜じゃね?」
的な方向へいっきに向かった。
恬子さまが仕組んだことではない。本当にお祭りが見たかったから、自然に泣いちゃったのだろう。
高子さまみたいに何を言われても涙ひとつこぼさず、毅然と立ち向かう強さは、恬子さまにはない。
それがプラスに働いた。
皮肉なものだ。
そもそも、どうして出家してしまわれたのか、誰も納得していなかった。
兄宮の惟喬さまが出家されたのは、帝位につく望みを絶たれたからで、そういう宮さまは出家しないと
「謀反の疑いあり」
なんて言いがかりをつけられてひどい目に遭わされることが多いからだった。
でも、内親王で、斎宮を卒業されてふつうにご結婚されたかたは何人もいる。恬子さまもそうなさってもよかった。
あんがい──
これは私の憶測だけど──
あんがい、恬子さまは、本当に業平くんがお好きだったのかもしれない。
とても淡いものではあったけれど、生涯に一度の恋だったのかもしれない。
相手から大切にされてはいても、妹のようにしか思われていない。そう知ったとき、思いきりをつけて別の男と結婚して幸せになっちゃう、という選択を、
できる女とできない女がいる。
恬子さまは、私のことは、最後までまったく気づいておられないようだった。私がお暇をいただいたときも残念がって、おまえがいなくなると寂しくなります、と無邪気に別れを惜しんでくださった。
天女みたいなかた。
思い出すといつも、手を合わせてしまう。