第二十五段 記憶力
文字数 702文字
表紙にだけ見おぼえがあった。ネコとフクロウの繊細な切り絵で、幻想的だ。
買ったまま忘れて読んでなかったのかもしれない。
ぱらぱらとめくったら、それはネコちゃんとフクロウくんが許されない恋に落ちて駆け落ちして、ボートを漕いでお月さまに行くお話だった。ナンセンスで笑えて、きゅんとして、哀しい。
とっても気に入ったので、業平くんが来たときに夢中でそのお話をしてあげた。
業平くんも感動して、うんうんと聞いてくれていたのだけど、途中から、なんとも言えない顔つきになってきた。
結末まで話して、「どうしたの?」と訊いたら、ちょっともじもじしてから、
「そのお話知ってた」と言う。
なんだそれは。
いっしょけんめい話した私がばかみたいじゃないか。
「知ってたこと忘れてた」と言う。
あんまりあきれたから、さんざんからかってあげた。
「業平くんの脳はさー、きっと二重扉になってるんだ。図書館の書庫みたいに。で、奥のほうにしまいこんじゃった記憶は見えなくなっちゃって、たまに扉がずずーっと開くと出てくるの」
私が図に乗ってからかい倒すのを、業平くんはおとなしく聞いていた。
聞き終わってから
「その絵本、見せて」
と言う。
持ってきて見せたら、
「これ、おれが貸してあげた本だよね?」
と言う。
「……………………」
「まあ、誰にも迷惑かけてないから!」
ほがらかに言われた。
「そんなに落ちこむことないよ井筒。二人とも忘れててちょうどよかったじゃない」
彼に後光が射して見え、ひれ伏して、わたくしごときはこの貴いひとにふさわしくないんではなかろうか? と舌噛んで死にたくなるのは、こんなときだ。