第十四段 賢者タイム  ※ちょいエロ

文字数 1,222文字

 男性には「賢者タイム」というものがあると、ネットのコラムで読んだ。
 写生(誤)した後、急激に冷めるというあれだ。
 
 ひじょうに反省して、後悔した。
 業平くんつまんだりして本当にごめんなさい。

 ところが、涙目の私を見て、業平くんは不思議そうな顔をしている。
「何それ」と言う。
「だって」と私。「あれした後って『プロラクチン』っていうのが分泌されるんでしょ?
 何も感じなくなって……
 回復には一時間から一晩かかるって」

「一時間?!」
 びっくりされて逆に私のほうが飛びあがりそうになった。
「一時間なんて長すぎる」一晩、のほうは耳にも入っていないらしい。「あり得ない。それ都市伝説だよ」
「でも」
「井筒はネットとおれ、どっち信じるの」
「業平くん」
「よし」

 その後もう一度こっそり調べたら、こんな記事を見つけた。
「まれに写生後(誤)もプロラクチンが増加しない人がいます。
 そういう人には『賢者タイム』がありません。快感が持続し、連続して写生(誤)が可能です」
 まさか業平くん、その特異体質?!

 どうりで。

 同じ記事につづけてこんな記述もあった。
「賢者タイム中には、べたべたさわりつづけたり、『私のこと好き?』などと愛情の言葉を強要したりしないようにしましょう」
 びっくりした。賢者タイムでなくても、どんなときでも、「愛情の言葉を強要」なんてされたら嫌だろうと思う。プロラクチン関係ない。
 私だって嫌だ。されるのもするのも嫌だ。
 こんなこと、誰かに教えてもらわないとわからないものなの?

 さらにつづけて、こうある。
「場合によっては、さっきまで自分を突き動かしていた性欲を汚らわしく思ったり、射精したことに罪悪感を抱いたり、自分のした行為を後悔したりします」
「また、それまで欲望の対象であった相手が一瞬にして性的に無価値な存在になります」
「相手が自分に寄せる好意を暑苦しく感じたりもします」

「これは、意思でどうにかできるものではなく、勝手に引き起こされる生理的現象です」

 読んでいて、動悸が激しくなり、呼吸が苦しくなった。
 思い出してはならないことを思い出しかけている。

 でも、冷静に動いている脳の部分もある。
 かりに写生後(誤)すーっと冷めるのがプロラクチンとやらのせいだとしても、
 自分自身の「性欲を汚らわしく思ったり」、「罪悪感を抱いたり」、「後悔したり」、
 それもプロラクチンのせい?

 それは……
 何か、別の問題じゃないの?
 それを「生理的現象」と決めつけることで、何かから目をそらしているんじゃないの?
 だって動物にはそんな現象はない。あるとしたら、人間の、ゆがんだ思いこみが原因だ。まちがいなく。

 私は、汚らわしくは、ない。
 それを教えてくれたのが、業平くんだった。
 彼の圧倒的な安定感だった。
 あの人には、罪悪感だの後悔だの、みじんもないのだ。あの輝きはそこから来ている。

 感謝してもしきれない。

 世界じゅうが、業平くんで満たされるといいと思う。
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登場人物紹介

井筒(いづつ)

この物語の語り手。恋人の業平くんと熱愛中だという以外は詳細不明。とある事情で彼との関係は公表できないらしい。その秘密がしだいに明らかに!(大した秘密ではない)

業平くん(なりひらくん)

フルネーム:在原業平(ありわらのなりひら)。この物語の主人公。井筒の恋人。

超ベストセラー小説『源氏物語』の主人公、光源氏のモデルとされるイケメンで、名だたる美女たちとのうわさが絶えないが、素顔は天然で井筒ひとすじ。

まったく出世・昇進できなくても気にしないマイペース男。和歌の天才。

有常くん(ありつねくん)

フルネーム:紀有常(きのありつね)。業平くんの親友。業平くんを介して井筒とも友だち。
業平くんと同じかそれ以上にマイペースでぶれない男。
史実および『伊勢物語』の世界観においては「井筒」にあたる女性の父親で、業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。むろん井筒のパパではない。

至くん(いたるくん)

フルネーム:源至(みなもとのいたる)。業平くんの悪友で彼以上の、というか無類の女好き。

史実および『伊勢物語』の世界観においては業平より十歳年上なのだが、この『今日カレ』の中では同い年に設定されている。
第三十九段限定のスペシャルゲストだったはずなのに、みょうにキャラが立ってしまったため、その後もときどき登場している。

高子さま(たかいこさま)

女御。帝の寵姫。絶世の美女で「二条の后(きさき)」と呼ばれる。過去に業平くんとの熱愛を報道され一大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は凛として知的。藤原家の期待を一身に背負って立つ。

恬子さま(やすらけいこさま)

内親王(皇女)。伊勢神宮の斎宮(巫女)。過去に業平くんとの熱愛を報道され高子さまに次ぐ大スキャンダルとなった。その真相が本文中で明らかにされる。
性格は純真可憐。兄君の惟喬さまと同じくおっとりはんなりしている。

惟喬さま(これたかさま)

親王(皇子)。恬子さまの兄宮。業平くん有常くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第一皇子で、本来なら次の帝の第一候補のはずだったのに、陰謀によって帝位から遠ざけられた悲運の人。でもおっとりはんなりした性格のおかげで、出家後も皆の人気者。お酒は好きだが、わりと弱い。

融さま(とおるさま)

フルネーム:源融(みなもとのとおる)。富豪でセレブで風流人。光源氏の本命モデル。
凝った庭園のある大豪邸に住んでおり、人を集めては詩歌管弦の遊びをして楽しんでいる。
業平くんとは和歌友だちで大の仲良し。
第八十一段限定のスペシャルゲスト。

行平さん(ゆきひらさん)

フルネーム:在原行平(ありわらのゆきひら)。業平くんのお兄さん。在原家の実質上の大黒柱。
才能ある歌人でイケメンなのに、いつもやんちゃな弟にぜんぶ持っていかれ、それでも気にしない器の大きい人。
光源氏の部分モデルといううわさも。百十九段にその話が出てくる。

家持さん(やかもちさん)

フルネーム:大伴家持(おおとものやかもち)。「いえもち」ではないので要注意。

和歌界のビッグ・ダディ。『万葉集』全二十巻を編纂した大物で、業平くんと違って漢字も得意(万葉集はすべて漢字で書かれています)。愛妻家でありながら、何人もの女性との恋歌の贈答で知られる恋愛の達人。

史実では業平よりまるっと1世紀前の人。第百五段限定のスペシャルゲスト。

敏行くん(としゆきくん)

フルネーム:藤原敏行(ふじわらのとしゆき)。業平くん有常くんの高校時代のクラスメート。成績優秀で性格もいい素敵男子。
業平くんとは三十六歌仙友だちでもあり、百人一首にもなかよくいっしょに入っている。
史実および『伊勢物語』の世界観においては紀有常の娘、つまり「井筒」にあたる女性の姉妹を妻にしている。
第百七段限定のスペシャルゲストだが、素敵なのでまた出てくるかもしれない。

世阿弥さん(ぜあみさん)

世阿弥は芸名。本名:観世三郎元清(かんぜさぶろうもときよ)。
能楽を大成した天才で、自身も役者。その美貌と名演で一世を風靡。この世に心を残した美しい亡霊が出てくる「複式夢幻能」というスタイルを確立した。
ついでだけど「序破急」という作劇法を考えたのも彼。これは本来ダンスのテンポ感を表したものなので、小説を書くときなんかにむやみに応用しないほうがいい(本人談)。
業平くんの大ファン。
史実では業平よりまるっと五世紀半後の人。

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