第六十九段(前半) バックサス
文字数 1,690文字
またコメントから入らせていただくけれども、
何も——
よりによって、伊勢の斎宮に手を出すことはなかろう。
斎宮。神にお仕えする清らかな巫女さま。かならず皇族のおとめから選ばれる。
おとめ
、である。バージンだ。
名を、
実名出ちゃってる。
恐るべし、『月刊オール業平』別冊「伊勢特集号」。
業平くんが、伊勢にお使いに行った。親善大使。
斎宮さまのご実家(って宮家!)からじきじきに
「よくおもてなしするように」
というお達しがあり、
いや、業平くんが斎宮さまをではない。逆。斎宮さまがじきじきに業平くんをおもてなしせよと。なんともったいない! 伊勢神宮の神さまへのお勤めほったらかしてうちの業平くんを(合掌)。
業平くんは斎宮さまのお兄さまとお友だちだったからであろうけれども、とにかく。
斎宮さまはすなおにおもてなしなされた。朝夕お心をくばり、夜はなんとご自身のお家を宿として提供なされた。
巫女さまなのに。
ヤバい。
もちろん斎宮さまがおんみずからエプロンかけておさんどん、ではない。んなわけなかろう。侍女たちにお指図なされたということ。
美女たちいっぱいのお家。しかも斎宮さま筆頭にバージン率高し。ヤバすぎ。
お泊まり二日目の夜。
男は、つまり業平くんは、
──この主語「男は」「女は」ってうふふ、やだもう、いやらしいわっ。と思いません? いかにも歴史小説の「濡れ場」って感じじゃない? ほら「おとこ」「おんな」とかってひらがなになっちゃうやつ! と大興奮の私。
男は言った。
「ぜひ、お会いしたい」
この「会う」ってもちろんあれよね、「ハロー」「ナイストゥミーチュー」なんてのじゃなくてディープな意味でしょ、ねえねえ。
女もまんざらではなく、
いやあん!
身もだえ。あたしが。
だが人目が多くて会われない。業平くんご一行のツアーコンダクター氏もいっしょに泊まっているので、
って、うそ、ご一行さまで斎宮さまのご自宅にお泊まり? バージン率高しの禁断の花園に野郎どもがわらわら?
そ、それは……っ、
あははは、斎宮さまのおうち広いのねえ。さすがセレブ。
皆が寝静まった真夜中、
ごくり。
男が寝つけずに、
横になって、部屋の外をぼんやりながめていると、
おぼろな月明かりの中に、
女が、
キター! やだ何、逆光? スモークたいてバックサス?! 素敵!
(バックサス=後ろからのスポットライト。サスはサスペンションライトの略です。)
そうそう、女のほうからぐいぐい行っちゃうの。なんてドラマティックな展開。うっとり。
男は心踊らせて女を引き入れる。部屋に。
しばらく共にいて、まだろくに話もできないうちに、
えっえっ何それ「話」って。夜中におとことおんなが二人でお部屋にいて、まじめにおはなししてた? 何の話、日経株価平均とか? んなわけなかろう!
まだろくに話もできないうちに、女は帰る。
そうなのよー。信じられないでしょうけどね皆さん、業平くんああ見えて照れ屋さんなの。あんもうじれったい!ってくらいもじもじしてて、やっと抱き寄せてくれてちゅ、とかしてるあいだにタイムアップ。ええー?!
第五十三段の
「なんでここで鶏が鳴くかなー(泣)」
っていうのとおんなじパターン。もうっ。
男は眠れない。
そのまま夜を明かす。
翌朝、
展開はや!
夜が明けてまもなく、女の部屋から手紙が。
そうそうまだLINEはなかったのよー。
何も書かず、歌だけ。
君や
夢かうつつか 寝てかさめてか
あなたが来てくださったのか、私が行ったのか、わかりません。
夢かうつつか、寝てか覚めてか(っていま読むと後半、まんまだわ。いたた)。
業平くん泣いて(彼はすぐ泣く)、
かきくらす心の闇に まどひにき
夢うつつとは こよひ定めよ
心の闇のなかで涙にくれて惑うばかりです。
夢か現実か、今宵はっきりさせませんか。
こんな歌を彼にもらって感激のあまり気を失わない女が(以下略)
つづく。