追跡開始

文字数 2,589文字

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 放棄された農村トレブレニカも連合側に占拠された。この地を割り当てられたのは南東領神官団だった。南西領の新しい神官大将の実弟を正位神官将におくソレスタス神官団は、この南西領の奥地にまで、一個大隊相当の神官兵を派遣していた。指揮官は二位神官将リゲル・ガムレド、次位者は正位神官将が嫡男・三位神官将ハルジェニク・アーチャーという若者だった。
 ハルジェニクは眉間にしわを刻み、むっつりと不機嫌な顔をして、土塁からぶどう畑を見下ろしていた。
 本来トレブレニカを宿営地とするはずだった救世軍の大隊は文字通り殲滅されていた。山中に潜ませた伏撃部隊をあわせた七百三十四名全員が戦死、または戦傷死し、その亡骸の大部分がぶどう畑に集中していた。
 ソレスタス神官団は、ハルジェニクの大伯父たる西方領神官大将の意向で救世軍と同盟関係にあるものの、健全な協力関係があるとは言いがたかった。裁きの時は来たり。救世軍に参加せる許されし民は、いずれ太陽の王国より来る地球人たちの(しもべ)として、昼の世界を生きる事ができる。そんな戯れ言を真に受ける馬鹿はソレスタスにはいない。
「三位神官将殿」
 補佐役の神官が後ろから来て、きびきびした、しかし憚るような小声で呼びかけてきた。ハルジェニクは振り向いた。川からの風が吹いた。ぶどう畑を通り抜けた風に、戦闘服と髪と肌に脂っこい死臭を擦りこまれた感じがしてハルジェニクは顔を顰めた。
「何だ」
「我々の協力者である反乱軍側の二つの大隊の生き残りからの報告を取りまとめましたのでご報告いたします」
 一瞬、ストレスであばただらけになった補佐役の顔に逡巡が走った。ハルジェニクは頷いた。
「聞こう」
「まず北トレブレンにて第一大隊のキャトリン少佐と彼が直接する小部隊を撃破した者ですが、これはトレブレニカで指揮を執っていたはずの第四大隊隊長マグダリス・ヨリス少佐……そしてその護衛が四人と副官が一人です」
「……だけか?」
「二名の生存者の報告ではそうなっております」
「馬鹿言え、キャトリン少佐の親衛部隊は二十人はいたはずだぞ」
 補佐役が気難しげに黙るので、ハルジェニクはもう一度促した。
「で?」
「まず第四大隊隊長は護衛と共に、二十名を越す精鋭部隊及び救援に来た別部隊と交戦。指揮官同士の決闘によって化生と化したキャトリン少佐を殺害。その後ほぼ一人で六十人程度の第一大隊の兵士を無力化しつつ、トレブレニカとの境界であるあの林まで撤退し第四大隊と合流。そのまま大道路を通って北トレブレンに入り第二大隊と激戦し、化生となった第二大隊指揮官アレン中佐を決闘により殺害したとの事です」
 ハルジェニクは黙った。
 黙って、眉を吊り上げたり、下げたり、困った顔をしたり、もごもご口ごもったりした。
 それからついに取るべき態度を決めて、補佐役の顔面に頭突きをくらわせた。
「貴様、ふざけてるのか」
 よろめく補佐役の胸ぐらを掴み、引き寄せた。
「その何とかいう第四大隊の指揮官は人間か? 化け物か? 人間だろ?」
「に、人間のはずです」
「はずもへったくれもあるか! それで貴様、人間にそんな事ができると思ってるのか? えっ? どうなんだ?」
「いえ、私もその」
「思わないだろ?」
 補佐役は鼻血を出しながら何度もせわしなく頷く。ハルジェニクは突き飛ばし、尻餅をつかせた。
「だったら報告しに来るな! 信憑性のある情報を持ってこい! 馬鹿野郎!」
 かわいそうな補佐役がいなくなると、今度は一人の兵士長が入れ違いにやってきた。
「何だ」
「三位神官将殿、北の外れの館でこのような物を発見いたしました」
 反乱軍側の書類か文書かと思いきや、ただの大判のスケッチブックだった。だが、それを差し出す兵士長の顔は真剣で、目には動揺を湛えている。ハルジェニクは眉間にしわを刻んだままスケッチブックをひったくった。くだらない物だったらぶん殴ってやろうと考えながら表紙をめくる。
 最初の一ページ目で、ハルジェニクは硬直した。奥歯に力が入り、目が見開かれる。衝撃の第一波が去ると、ぱち、ぱち、と瞬きし、ぶるりと身震いした。どうにかして全身の力みを解こうとしたが、奥歯からも、指先からも、力は抜けなかった。
 そこにはハルジェニクの拠点、ソレスタス神殿の地下に厳重保管された聖遺物――すなわち地球の超文明の産物が描かれていた。
 戦術戦闘機『バーシルⅣ』。
 ぴんと張った翼。翼にかけられた梯子。開いたコクピット。
 想像力と創造力で描ける物ではない。実際に目にした者でなければ。そして、この存在は禁識だ。神官以外の人間が目にすることは決してなく、また神官が絵に描き誰かの目に触れる危険を冒すなど考えられない。
 ハルジェニクはページをめくった。
 今度は、バーシルⅣを格納する地下の『禁室』が描かれていた。三ページ目はサマリナリア神殿の外観、四ページ目は聖地・宇宙港『南東領言語の塔』。
 スケッチブックを閉じ、腕をおろす。ハルジェニクは無表情だが、強く引き結んだ唇は青ざめ、緊張と動揺を隠しきれない。
 ようやく口を開いた。
「誰が描いた?」
「現在調査中ござますが、スケッチブックが残されていた館で生活していた人物については――」
「奴の姪か」
「左様でございます」
 リレーネ・リリクレストの事ならハルジェニクも知っている。
 北方領総督の末女。
 二位神官将リゲル・ガムレドの姪。
 彼女がいるから、ソレスタス神官団がトレブレン攻略に加えられた。その娘を、血縁を名目に保護すれば、どのようにでも使える。……どのようにでも。
「その娘はどこだ?」
「攻撃第二波がかけられる直前にトレブレニカを脱出しております。予定通り第二大隊の兵を用いて確保を試みましたが、担当護衛もろとも北トレブレンに逃げこんでおり、未だ追跡に手を割けない状況です」
 ハルジェニクは二度頷き、スケッチブックを落ちつかなげに小脇に挟んだり、また手に持ったりし、最終的に腰の図嚢(ずのう)に押しこんだ。
「絵の事は誰にも言うな」
 それからやっと、伏せていた目をあげて、兵士長と視線を合わせた。
「今すぐソレスタス神官団の部隊を割いて娘の追跡に当てる。救世軍の間抜けどもにも協力させろ」

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