全面闘争

文字数 2,924文字

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「テス、お前……」ミスリルは羽根ペンをペン立てに戻し、一番上の書類を伏せると、椅子を引いて立ち上がった。「客なら客って言えよ。恥ずかしいだろ」
「いないところ申し訳ないんだけど」
 リアンセは戸口のテスを腕で押し退けるように、部屋に入っていった。
「教えて差し上げたいことと、教えてほしいことがあるの。アエリエは?」
「別の仕事で出てる。それで、何の用件で戻ってきたんだ? アセルとクルスは?」
「別行動をしているわ。折角だけど、すぐに本題に入りたくて。今、よかったかしら」
 アエリエに代わり、テスを同席させることを条件に、ミスリルは許した。
 リアンセは立ったまま話し、ミスリルは立ったまま聞いた。東方領で起きた異変、観測された青い光、そして人々や化生と化した言語生命体の消失について聞かせても、ミスリルはどう受け止めるべきかわからず、困惑していた。更に話を続ける。
「コブレンには、青い光について歌った歌があるわね」
「うん?」
「裁きの淵に満ち満つは、で始まる歌よ」
「ああ」と、初めて得心がいった顔をした。「それが、東方領で観測された光と関係があるんじゃないかってことだな?」
「そうよ。以上が、私からあなたに教えたかったこと。あなたから教えてほしいのはこういうことよ。コブレンで歌われる青い光は、かつて古の都を滅ぼして、シオネビュラに運ばれたものと同一のものなの? 同じなら、どうして古の都からシオネビュラにまっすぐ運ばれたそれについて、コブレンで歌われているの? 違うなら、コブレンで歌われる青い光って何なの?」
「まず結論から言うと、古の都を滅ぼした『青い光』と、コブレンで歌われる『青い光』は全く別物だよ」
 自分に答えられる質問だったので、ミスリルはほっとしたらしい。その態度にリアンセも安堵した。
「古の都のほうの『青い光』は科学的なものだって、はっきりわかってる。禁識だし、俺には科学的なことは全然わからないけど、何かの反応で有害物質がまき散らされる際に発生するのがその光だそうだな。光そのものに威力はない。それに古の都では、人は消滅した訳じゃない。苦しんで死んでいって、だから、シオネビュラまで旅して火を持ち運べる人が残ったんだよ」
 異端宗派の始祖たちは、その原典となる書物や知識を有している。宗派の歴史が古ければ古いほど、原典は地球人統治時代、文明退化の浅い時代のものになり、情報の確からしさは増す。
 天示天球派からわかれた地示天球派の歴史も、それなりに古い。
 地示天球派の信徒たるミスリルが、どこからその知識を得たのか、リアンセは今すぐにでも聞きたかった。己の目で彼らの知識の源を確かめたかった。
「二つ目の質問だけど」
 ミスリルが話を続ける。リアンセは頷き、促した。
「『神威(かむい)を示す青い光』って歌詞が入る歌だよな。あれは天示天球派の隠れた信徒の労働歌だ」
「天示天球派」リアンセは更に頷く。「処刑されたキシャ・ウィングボウを『天球儀の乙女』として信奉する。西方領スリロスで起こった宗派で間違いなかったかしら」
「ああ」
「かつてスリロスからコブレンは、古の交易路で結ばれていた」
「あんたの知ってる通りだよ。青い光ってのは、まあなんだ……天示天球派の預言者キシャの一番弟子で、予言者と呼ばれたタターリスって男の予言書に記された言葉だ。『青い光によって、言語生命体たちに祝福と歓喜を与える』って」
「同じようなことをコストナーが言っていたわ。覚えてる? 私たちがこの病院の外で捕らえて、尋問した男よ」
「忘れるわけないだろ。そいつは何て?」
「『地の底の光が目覚め、言語生命体たちに祝福と歓喜を与える』と」
 ミスリルの目の光が変わる。驚いたようだった。そこへカルナデルが割り込んできた。
「もう一つ確認させてくれ。『神の青い光』と『地の底の光』っていうのは、同じものなんだな。シオネビュラにある『神の青い光』って呼ばれてる火も、別名で『地の底の光』って呼ばれてんだ。でも、天示天球派が言う『神の青い光』とシオネビュラにある『神の青い光』は全くの別物。そういうことだな」
「それで間違いない。もともとは件の予言書に書いてあった言葉なんだ。『神の青い光』も『地の底の光』も。でも、かつて古の都に災禍がもたらされた際に観測されたのも『青い光』だった。それで、天示天球派が興ってから、実体や呼称が混合されたんだろうな。珍しいことじゃないさ」
「ありがとう、ややこしいことを解説してくれて」
「あんた方が戻ってきたのは、東方で観測された青い光について手がかりがほしいからだな?」
「そうよ」
「前総督が戦争に勝つなり講和に持ち込むなりしても、訳の分からない現象で言語生命体が絶滅させられたら意味がないってわけだ」
「そういうこと」
「俺たちは知ってはいけないことを知っている」
 赤茶色の瞳から、真剣そのものの眼差しを、ミスリルはリアンセに注ぐ。リアンセは金色の瞳で受け止めた。
「あんた方に今話したこと、もし神官連中にばれたらただでは済まされない。ただでさえ異端宗派の信徒なうえに、古の都の滅亡に関する禁識を他人にべらべら喋ってるんだからな」
「それは」
「俺が言いたいのは」ミスリルは一呼吸おいてから続けた。「むしろあんた方が俺たちに協力しろってことだ」
 今度はリアンセが、驚きによって目の色を変える番だった。
「どういうこと?」
「預言者キシャと予言者タターリスが記した天示天球派の教典と予言書は、今コブレンで最大の勢力を持つ暗殺組織が所持している。八百年前の姿のままでな。地示天球派の俺たちは、その書のすべてを知らない。天示天球派の信徒だって、大概は時代時代に解釈や文面が変更されたものしか知らない。でも俺たちは知る必要がある。その原本になら……青い光が『予言』されたように、何らかの禁識が含まれているはずなんだ。もしかしたら、同じ災厄が南西領で起きるのを防いだり、それか、生き延びる方法だって……とにかく、ヒントがあるとしたら、それしか思いつかない」
「予言書を持っているその組織の名は?」
「タターリス」
 ミスリルの顔に憎悪が走る。
「今はコブレンを乗っ取って、救世軍の奴らと一緒に市民を虐待してる。俺たちは連中と闘争を続けてきた」
「そいつらから原本を奪うのね」
「そうだ」ミスリルは目を伏せた。その口許には苦渋が見て取れた。重圧を負った者の顔。「そのために、まずやるべきことがある」
「教えて」
「コブレン母市に、俺たちの活動拠点を確保しなきゃいけない」
 ミスリルは目を上げた。
 たじろぐほどの怒りの気が全身から放たれた。
「テス」
 戸口で気配を消していたテスが静かに答えた。
「なんだ?」
「全員を集めてくれ。この二人をみんなに紹介する」
「……やるんだな?」
「ああ。もうこそこそしない」
 言葉の意味と重みを確かめるよう、ミスリルはゆっくり告げた。
「俺たちコブレン自警団は、コブレン市内の救世軍、及び〈タターリス〉、並びに全てのその協力組織と全面闘争にうつる」


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