ヒヨコしかいねぇぞ
文字数 1,347文字
3.
十二時を回り、シオネビュラの西神殿城下は静まり返っていた。暴動の熱気の揺り戻しで、誰も活動に入ろうとしない。本来であれば、仕事を終えた労働者たちが市街に繰り出し、活況を呈する時間帯である。
白い天幕と積み上げられた木箱の間で、ヴィン・コストナーが膝を抱えて眠っている。リアンセは天幕を細く開けて様子を窺った。ヴィンに目覚める様子がないと見ると、気配を消して忍び寄り、腰を屈め、彼が後生大事に抱えているずた袋に手を伸ばした。袋の結び目を掴み、屈んだまま後退する。木箱の陰に隠れ、片膝をつくと、中を覗きこんだ。
リアンセは袋を覗きこんだまま生唾を飲んだ。周囲を油断なく見回し、自分の手荷物入れに、上下を逆にしたずた袋を突っこんだ。そして、誰にも見られずに、袋の中身を手荷物入れに移した。
空になったずた袋を手に周囲をうろつく。
天幕の端を押さえるのに使う、手頃な大きさの石を見つけた。拾い上げ、片手で重さを確かめる。リアンセはそれをずた袋に入れようとしたが、思い立って手を止めた。白墨で、何事か文字を石に記す。それからずた袋に入れた。
ヴィンが眠る場所に戻り、ずた袋を元の場所に置く。その気配でヴィンは目を覚ました。震え、竦み、手許にずた袋があるのを確かめて、周囲を警戒し、眼前のリアンセに怯えてまた竦みあがる。
「怖がり屋さん。ひと眠りしただけで私を忘れたなんて言わないわよね?」
「傭兵だ」ヴィンが答える。「カルなんとか言う奴の仲間で――」
そのカルなんとか言う奴が、乱暴に天幕を払って入ってきた。それでヴィンは完全に目を覚ました。
「俺の雇った護衛が!」
立ち上がり喚く。
「いるはずなんだ! どこかに! 何かあったらそこの辻で落ち合う約束なんだ!」
「ホントかぁ?」カルナデルが眉間に皺を寄せる。「今見回って来たけど、誰もいなかったぜ?」
「本当なんだ!」ヴィンはカルナデルが今しがた入ってきたのと反対側に張られた天幕を指し、手首をせわしなく振った。「なあ、すぐそこなんだよ! そこの天幕の向こうの辻!」
カルナデルはヴィンを睨みつけ、大股で指さす方向に歩いて行った。
天幕を捲る。
辻ではヒヨコが地面や花壇をつつき、餌を探していた。
カルナデルは天幕から手を離した。また大股でヴィンの前まで戻り、胸倉を掴む。
「ヒヨコしかいねぇぞ、コラ」
「持ち逃げされたのよ」と、リアンセ。「あなた、盗みすぎたのね。このままあなたを護衛し続けるより盗品をかっぱらって売り捌いた方が実入りが良いって判断したのよ」
カルナデルが手を離すと、ヴィンは尻餅をついた。
「とにかく行きましょ、コブレンまで。そこまで守ればいいんでしょ?」
「行くってあんたら、道は確認したのか?」
「全然?」
「食料と飲み水は? 足は?」
「考えてねえ」
カルナデルが答える。ヴィンは唾を飛ばした。
「あんたら、ホントに傭兵か?」
「ああ、言うの忘れてた。オレたち昨日開業したんだよね。あんたが顧客第一号だよ。おめでとさん」
また泣きそうになるヴィンの右腕を、リアンセが掴んだ。左腕をカルナデルが掴む。二人は一緒にヴィンを立たせた。
とにかく三人は歩き始めた。
鉱山街コブレンへ。
十二時を回り、シオネビュラの西神殿城下は静まり返っていた。暴動の熱気の揺り戻しで、誰も活動に入ろうとしない。本来であれば、仕事を終えた労働者たちが市街に繰り出し、活況を呈する時間帯である。
白い天幕と積み上げられた木箱の間で、ヴィン・コストナーが膝を抱えて眠っている。リアンセは天幕を細く開けて様子を窺った。ヴィンに目覚める様子がないと見ると、気配を消して忍び寄り、腰を屈め、彼が後生大事に抱えているずた袋に手を伸ばした。袋の結び目を掴み、屈んだまま後退する。木箱の陰に隠れ、片膝をつくと、中を覗きこんだ。
リアンセは袋を覗きこんだまま生唾を飲んだ。周囲を油断なく見回し、自分の手荷物入れに、上下を逆にしたずた袋を突っこんだ。そして、誰にも見られずに、袋の中身を手荷物入れに移した。
空になったずた袋を手に周囲をうろつく。
天幕の端を押さえるのに使う、手頃な大きさの石を見つけた。拾い上げ、片手で重さを確かめる。リアンセはそれをずた袋に入れようとしたが、思い立って手を止めた。白墨で、何事か文字を石に記す。それからずた袋に入れた。
ヴィンが眠る場所に戻り、ずた袋を元の場所に置く。その気配でヴィンは目を覚ました。震え、竦み、手許にずた袋があるのを確かめて、周囲を警戒し、眼前のリアンセに怯えてまた竦みあがる。
「怖がり屋さん。ひと眠りしただけで私を忘れたなんて言わないわよね?」
「傭兵だ」ヴィンが答える。「カルなんとか言う奴の仲間で――」
そのカルなんとか言う奴が、乱暴に天幕を払って入ってきた。それでヴィンは完全に目を覚ました。
「俺の雇った護衛が!」
立ち上がり喚く。
「いるはずなんだ! どこかに! 何かあったらそこの辻で落ち合う約束なんだ!」
「ホントかぁ?」カルナデルが眉間に皺を寄せる。「今見回って来たけど、誰もいなかったぜ?」
「本当なんだ!」ヴィンはカルナデルが今しがた入ってきたのと反対側に張られた天幕を指し、手首をせわしなく振った。「なあ、すぐそこなんだよ! そこの天幕の向こうの辻!」
カルナデルはヴィンを睨みつけ、大股で指さす方向に歩いて行った。
天幕を捲る。
辻ではヒヨコが地面や花壇をつつき、餌を探していた。
カルナデルは天幕から手を離した。また大股でヴィンの前まで戻り、胸倉を掴む。
「ヒヨコしかいねぇぞ、コラ」
「持ち逃げされたのよ」と、リアンセ。「あなた、盗みすぎたのね。このままあなたを護衛し続けるより盗品をかっぱらって売り捌いた方が実入りが良いって判断したのよ」
カルナデルが手を離すと、ヴィンは尻餅をついた。
「とにかく行きましょ、コブレンまで。そこまで守ればいいんでしょ?」
「行くってあんたら、道は確認したのか?」
「全然?」
「食料と飲み水は? 足は?」
「考えてねえ」
カルナデルが答える。ヴィンは唾を飛ばした。
「あんたら、ホントに傭兵か?」
「ああ、言うの忘れてた。オレたち昨日開業したんだよね。あんたが顧客第一号だよ。おめでとさん」
また泣きそうになるヴィンの右腕を、リアンセが掴んだ。左腕をカルナデルが掴む。二人は一緒にヴィンを立たせた。
とにかく三人は歩き始めた。
鉱山街コブレンへ。