サイコパス

文字数 7,455文字

 ※

「カルナデル」リアンセが揺り起こすのを感じた。「ちょっと、カルナデル」
「何だよ」
 零刻の鐘を夢うつつで聞いた覚えがある。いつまでも寝ているので業を煮やしたのだろうと、カルナデルは半覚醒状態で思った。
「起きてよ」
 目を開けるどころか、片手で追い払う仕草をするカルナデルに苛立ちを募らせながら、リアンセはより強く肩を揺すった。
「新総督軍の部隊が来てるわ」
「あぁん?」だが、寝ぼけたカルナデルの返事は全く緊張感のないものだった。
「宿帳には偽名書いただろ?」
「……そう。そんなやり方で大丈夫だと思うなら、どの部隊が来ているか、自分の目で確かめてみるといいわ」
 揺すのをやめ、腕組みしする。
「あなたの騎兵大隊だから」
 リアンセは待った。
 一秒。
 二秒。
 三秒。
 いきなり目をぱちりと開けて、カルナデルは飛び起きた。足を靴につっこみ、踵を踏んで窓に飛びつき、カーテンを勢いよく払った。
 客室は三階だ。隣の建物は二階建ての倉庫で、その赤く平らな屋根が窓の下に延びている。
 その屋根の終端は、村の広場になっていた。
 広場にはためく黒い旗。
 ギルモアの独立騎兵大隊の旗が広場を埋め尽くしていた。
 その旗の下に、村の人間たちが続々集められてくる。
 カルナデルは知った顔を見つけて、げっ、と声を出した。
「レナだ」
「友人?」リアンセはカルナデルの横顔を伺い、「……ってわけでもなさそうね。協力を仰ぐ事はできない?」
「ぜってー無理」
 広場から四方に延びる通りに、兵士たちが散っている。その兵士たちにせかされて、村人たちが追い立てられ集められる。広場の人混みは次第に膨らんでいった。全員、男女別に固められていく。数少ない女性兵士と士官も、男性の将兵と分かれ始めた。
「身体検査をするつもりだわ」
 リアンセが囁く。
「トリエスタでは私の部下がそれで引っかかったわ。官給品の下着を身につけていたから」
 カルナデルは真顔で尋ねた。
「お前、今、官給品のパンツ穿()いてる?」
 リアンセが固まった。
 口をあんぐり開ける。
 それから顔がサッと赤くなり、右手を上げた。カルナデルは反射的にその手首を掴んだ。リアンセはすぐ左手を上げた。その手首も掴む。
「ちょっと、待て、やめろって――」
 すると、膝でカルナデルの金的を蹴りつけてきた。
 カルナデルは大声を出しそうになり、目をむき歯を食いしばった。たまらず両手を離す。リアンセはもうビンタを食らわそうとしてこなかった。
「なによ、今の体勢からじゃまともに入らなかったでしょ」
「……当たり前だろ! まともに入ってたら立ってらんねぇだろ!」歯の間から息を吸いつつ、カルナデルはどうにかこうにか返事した。「ここを狙われたっていう精神的ダメージが大きいんだよ!」
「大きな声出さないで」
「いや、お前が――」
「あなた官給品の下着穿いてる?」
「穿いてるぜ?」
「馬鹿じゃないの!?」
「はぁ!?」
「そんな事さらっと答えないで! 恥を知りなさい!」
 カルナデルはあまりの理不尽さに頭が真っ白になった。
「次の村か町で買い替えてちょうだい、次があればだけどね。でも今は――」
 ノックの音が聞こえた。
 隣室だ。
 お客様、と呼びかける女の声が控えめに続いた。
「……出ましょう」
 とにかく、二人は室内に不用意な忘れ物がないか手早く点検した。荷物は多くない。カルナデルは窓の鍵に指をかけた。
「くそっ、錆び付いてやがる」
 二人の客室の戸がノックされた。
「お客様?」
「わかってるわ!」リアンセが戸に向かって叫んだ。「今着替え中なの! 五分待ってて!」
「五分じゃ短いだろ」
 リアンセは小声で素早く捲し立てた。
「それより長かったら怪しまれるわよ」
 従業員の足音が隣室に移った。錆びついた鍵はどれほど力を加えても動こうとしない。
「くそっ、割るか?」
「音で気付かれるわ。待ってて」
 リアンセがベッドサイドに走り、蝋燭を持って戻って来た。鍵に塗り付け、続けて蝶番(ちょうつがい)にも塗り付ける。力を加えるのと蝋を塗り足すのをしつこく繰り返す。鍵はやっと開いた。体感で三分は過ぎてた。
 蝋まみれの蝶番が動作し、窓は外へ押し開かれた。
「先に行って」
 言われるままに、カルナデルは外の倉庫の屋根に飛び降りた。同じ旅籠の客に見られていないかどうかは、運に頼るしかなかった。屋根の縁で腰を屈め、倉庫の外廊下に飛び降りる。リアンセもすぐについて来た。村の広場と反対方向へと廊下を走り抜ける。
 螺旋状の外階段に行き当たった。
 階段を下りたところに、丁寧に錆を落とされた両開きの鉄扉があり、鎖が渡されていた。鎖は大きな錠で留められている。
 その扉の向こうから、苦悶に満ちた声が聞こえてきた。かなりの音量だ。しかも、一人や二人ではない。
 カルナデルはつい足を止めた。
「おい――」
 リアンセが階段を下りてきた。
「おい、大丈夫か?」
 カルナデルは鉄扉を叩いた。中の声に変化はなかった。呻き声やすすり泣き、むせび泣きの合唱が続くが、言葉はない。もちろん返答もない。呼びかけに反応して声をひそめる事すらなかった。
「カルナデル、他人に構ってる場合じゃ……」
 リアンセが言いかけた時既に、カルナデルはスクラップを溜めておく木箱から鉄線を見つけだしていた。鍵穴につっこむ。
「ちょっと!」
 錠が外れた。
 鎖を払い、鉄扉を外側に開け放つ。
 倉庫内は天籃石のランプが照らしていた。
 その白色光が、部屋の中央の巨大なモニュメントを浮かび上がらせている。
 あまりにも醜悪なモニュメントだった。
 丸い。
 それが最初の印象だった。
 カルナデルはかなり背の高いほうだが、その彼の三倍ほどもある丸い物体が、倉庫に鎮座していた。横幅もあり、大人十人が両手を広げて繋いでも、囲みきれるかどうかというほどだ。しかも、ただ丸いだけでなく、全面に大小のこぶが突き出ている。
 コブには人間の顔がついていた。
 犬の顔もある。
 光沢のある、尖った長い出っ張りを持つものは、メカジキの顔だ。
 ペリカンのくちばしがあり、大きく裂けた部分にはぎっしりと鮫の歯が生えている。人間の背丈ほどもある光る目は、深海の巨大イカの目だ。他にも、でたらめに人間の鼻と口が単体で埋めこまれ、クジラのヒゲやユキヒョウの尻尾の中に見え隠れしている。
 床には丸太ほどの太さのあるタコの触手が渦を巻いていた。触手は絨毯ほどもある蛾の翅に覆われ、または鋭い棘の生えた蜘蛛の脚に抱きこまれていた。
 別々の人間が細部までリアルに、しかし実物より遙かに大きく制作した動物の体の一部。それをでたらめに繋ぎあわせたモニュメント。
 そう見えた。
 タコの触手が震え、蛾の羽が上下した。
 カルナデルは、呻き声や泣き声の発生源を、強い拒絶とともに、それでも認識した。
 物体に埋めこまれた全ての顔が泣いているのだ。
 これはモニュメントではない。
 生き物だ。
 丸のてっぺんで、一際大きなこぶが盛り上がった。肉に首が埋もれていたのだ。
 裕に二抱え以上はあるそのこぶは、人間の顔に似せた造形になっていた。
 巨大な二つの目。
 それが、通常の大きさの人間の目玉をぶどうのように連ねた集合体であると気が付いて、カルナデルは素早く目を伏せた。
 正視に堪えうるものではない。
 本能が、これ以上は見てはいけないと告げていた。
 床にうごめくタコの触手が出口に伸びてきた。黒光りする八本の蜘蛛の脚が、折り畳まれた状態から床を引っかいて伸びた。
 カルナデルは顔を上げずに後ずさり、まだ呆然としているリアンセの服の袖を引っ張った。
 蜘蛛の脚で、それは立った。タコの触手が、馬の脚が、羊の脚が、人間の脚が、魚の尾が、空中に垂れ下がりもがいた。
 それが、頭上で高々と吼えた。虎の声であり、狼の声であり、鹿の声であり、肺魚の声であり、鳴き兎の声であり……人間の声であった。無数の。
 カルナデルとリアンセは金縛り状態から解き放たれた。跳びのき、足をもつれさせながら逃げ始める。
 このような逃走は、かつて経験した事がなかった。頭の中には一刻も早くこの場から遠ざかる事しかなく、事態を合理的に把握する、どころかしようという気も起きない。
 どしん、と地響きがした。カルナデルは思わず振り向いた。もう一度地響きがし、倉庫の鉄扉が外れて倒れるのを見た。
 通りに黒い蜘蛛の足が出て、埋め尽くした。
 タコの触手が溢れ、外壁を這う。
「早く!」
 リアンセが振り返らず叫んだ。
「何よあれ! あなたの大隊であんなもの飼ってたの?」
「知らねぇよ!」カルナデルはまた前を向き、リアンセに追いついた。「オレに化け物の友達なんていねぇよ!」
 人間の足音、そして悲鳴が背後から聞こえてきた。
「顔を隠して!」
 リアンセは叫び、深緑色のショールで頭を覆った。カルナデルはマントのフードを深く被った。
「止まれ!」
 通り過ぎた路地から、騎兵大隊の兵士が飛び出した。どこかで鉄板が倒れる。
 飛び出してきた兵士が悲鳴を上げ、別の兵士が逃げろ、と叫んだ。ずっと後方の広場で女が金切り声を上げ、それを発端に大混乱が巻き起こるのを感じた。
 悲鳴を上げている兵士の声が、尾を引きながら頭上に持ち上がった。助けてくれ、と兵士は叫んだ。
 知っている兵士のはずだ、とカルナデルは思った。顔を見れば誰だかわかるはずだ
「見ちゃ駄目よ」リアンセが走りながら呟く。「見ちゃ駄目――」
 狭い通りを抜け、視界が広がった。天球儀の光揺らめく海原が、黒く横たわっていた。市場への道を突っ切り、運搬用のスロープを駆け降りる。
 港に係留されている船の多くには、シオネビュラの漁旗が掲げられていた。
 カルナデルは前に立ち、走りながら一つ一つの船を確かめる。
「よっしゃ」一つの船の前で呟いた。「ついてるぜ」
「カルナデル?」
 ごく小型の漁船だ。堤防から飛び移ると、リアンセもぼやきながら乗りこんできた。
「何だって言うのよ?」
 船室の戸には鍵がかかっていた。二人は船室の後ろに回りこみ、堤防から身を隠した。
「お前、情報部だろ?」
 隣に座りこむリアンセに対し、つい口調が荒くなる。
「何だよ、さっきのアレは? 何も知らねぇのか?」
「あなた本当に知らないのね」
 むっとして聞き返す。
「知ってんだな?」
「東部方面の一部の部隊が……」リアンセは長い髪を後ろに払った。「……救世軍と取り引きして生物兵器を購入しようとしているって噂があったわ。私はトリエスタでその噂を追っていた」
「一部の部隊って、オレの部隊だろうが。つまりそういう事だろ?」
「そうね。だけどあなたは知らなかった。あなたの上官があなたを信用しなかったから、何も教えなかったんでしょう。そういう事なら私、あなたを信用できるわ」
「お前ムカつく奴だな。で? あのゲテモノは何だ? 生物兵器ってのはアレの事か?」
「どうやらそうらしいわ。あれは……あれは言語子を食料にする。さっきは……兵士が……」
「やめろ」頭を振って遮る。「言語子を食う、だって?」
「聞いて、カルナデル。それが救世軍の――『真理の教団』の復活させた技術なのよ。技術。ええ。地球人は言語子を操作して言語生命体を兵器にできる。どうしてそんな惨い事ができるかって? 連中にとって言語生命体は人間じゃないからよ。救世軍の馬鹿どももそう。あいつらは自分が地球人になれると思ってる」
「なあ、待ってくれ」
 カルナデルは遮るように口を挟んだ。
「さっきのアレ……人間か?」
「人間と……」リアンセは頷く。「見たところ、タコ、馬、蛾とか、言語生命体の生物がいろいろ……」
 誰かが堤防をやってくる。石を海に蹴り落としながら足音を立て、若い女の声でぼやいた。
「わけわかんない……最悪」
 船に飛び乗ってきた。盛大に溜め息をつく。他にも何か文句を言っているが、早口で聞き取れなかった。
 カルナデルは甲板へと頭を突きだし、女を見た。黄土色の短い髪に茶褐色の肌の、二十歳(はたち)そこそこの娘だった。
「ナリス」
 腰帯から船室の鍵を外そうとしていた娘は動きを止め、カルナデルを見て固まった。身を強ばらせるリアンセを残し、カルナデルは立ち上がって船室に歩み寄った。
「ナリス、無事か?」
 娘は鍵を落とし、上擦った声を上げた。
「お兄ちゃん!」
「ナリス!」カルナデルも思わず声を大きくし、顔を綻ばせた。
「お前、大人になったなぁ!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
 驚きと喜びを抑えきれず、駆け寄って両手で右手を包みこんでくる実妹の頭を、カルナデルは左手で撫でた。取りあえず怪我はしていないようだった。
「しーっ、静かに。な? 親父いるか? 今からシオネビュラに戻るんだろ? 乗せてってほしいんだけどさ」
「うちまで? そうだ……お兄ちゃん、それよりさ、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「何が?」
 鋭い視線が刺さり、カルナデルは素早く堤防を振り返った。
 堤防には船の持ち主が佇んでいた。
 体つきの逞しい、五十絡みの漁師だ。
 漁師は固く唇を結び、静かにカルナデルを睨みつけている。
 カルナデルも、ナリスも、笑顔を消して手を放した。
 漁師は甲板に降りてきた。足音を立てて距離を詰め、五歩か六歩の場所で立ち止まった。
 視線を和らげる事なく、漁師は口を開いた。
「カルナデル?」
 その声はわずかに上擦っており、態度を決めかねているのだと、カルナデルにはわかった。
「四年も、五年も帰って来ず……」漁師は続けた。「連絡も寄越さず、〈黎明〉が始まってるってのに一言も言わんで、挙げ句に陸軍を辞めただと?」
 心臓が脈をとばし、カルナデルは目を瞠った。
「……何で親父がそれを?」
「諜報員の女ってのはそいつか?」視線を素早く後ろに動かすと、いつの間にかリアンセが立っていた。「漁に出る一日前、陸軍の憲兵隊がうちに来た。帰って来たら突き出せとな」
 全身を血が走り、体温が急激に上がるのを感じた。腋の下に嫌な汗が浮き、頭の中に言葉の断片が浮かび渦巻く。
「必要なんだ」その言葉の一つをどうにか捕まえた。「運命がかかってる――国の――人の――」そして訂正した。「たくさんの人の、だ。何十万、何百万もの……」
「それで?」父親は全く顔色を変えなかった。「お前をシオネビュラに連れていって……匿ったりすれば……どうなるかわかるよな? 俺は構わん……。だが、お前の妹や母親が……」
「わかってる」
 カルナデルは片足を引いた。
 右手をバスタードソードの柄にかける。
 ナリスが息をのんだ。
「匿えとは言わねぇよ。だが乗せろ。シオネビュラまで連れていけ」
「お兄ちゃん」
「下がれ」
 ナリスが右肘を掴んできた。
「お兄ちゃん! やめてよ!」
「下がってろ!」
 その剣幕に竦み、ナリスは手を離した。
 うんと言え、親父。カルナデルは睨みつけながら強く願った。うんと言ってくれ。オレにこれ以上の事をさせないでくれ。
 長い膠着状態が続いた。
 人の気配が堤防に近付いて来る。
「……船室に入れ」父親が、ついに心を決めた。「人に見られたら迷惑だ」
 カルナデルは、食いしばった歯の間からゆっくりと息を吐いた。

 ※

 リェズの中央広場には、醜い肉の塊が山をなしていた。麻痺性の毒の塗られた太矢が何本も刺さり、肉の表面を覆う様々な生物の口の周りには、血と髪と鎧の欠片がこびりついている。体全体に網がかけられ、網に通した縄には滑車が取り付けられ、今まさに通りの倉庫へと収納されようとしているところだった。せっかく集めた民間人たちは散り散りになっていた。
 広場の隅で座りこんでいた若い兵士が呻き声を漏らした。また吐くのかと、隣に立つ兵士は思い振り向いたが、彼は涙と鼻水を流しながら声を振り絞った。
「ジュエルが……ジュエルが……死んだ……」
 立っている方の兵士も泣きたくなって顔を背けた。悲しみが広場に波及し、立ち働く兵士たちも徐々に動きを止めて、泣き声を漏らし始めた。
 そこへ、女が歩いて来た。
 雪のように白い肌と、対照的に黒いつややかな長髪。大粒のつぶらな瞳には穏やかな光が宿り、瑞々しくふっくらした唇は優しく微笑んでいる。
 だが、その微笑みは誰にも安らぎを与えなかった。
 誰かが呟いた。
「来たぜ、精神病質者」
 レナ・スノーフレーク少尉はサーベルを抜いた。同胞たちのなれの果て、直視すら躊躇われる肉塊の前で立ち止まり、歌うように尋ねた。
「どこの脳足りんが余計な事をしてくれたんでしょうね? しかもお前、取り逃がしてくれて……」
 地球人が言語生命体を威圧するのに、わざわざアースフィアの裏側から出てくる必要はない。言語子の操作によって、必要な効果はすぐに得られる。どのような言語生命体が、この化け物が与える精神的負荷に耐えられるというのだ?
 しかも、ただ外見が醜いだけの生き物ではない。捕食者だ。絶えず飢えに苛まれ、欠乏する言語子を補うべく言語生命体を狩る。
 レナは捕食者の体をサーベルでつついた。顔には微笑を浮かべたままだ。
「自分の部隊の兵士を殺しちゃうお馬鹿さんはどれかしら? お前?」小鳥のようにさえずりながら、肉に埋もれた人面の一つを剣で突く。それからまた別の顔をつつき、「それともお前?」
「殺してくれ……」
 血に塗れた唇の一つが言葉を発した。
 兵士たちが息をのみ、肉塊を凝視した。が、結局誰もその姿を直視し続けられず、敗北感を抱えて目を伏せた。
 レナの笑い声だけが響いた。
「殺して? あのね、殺すっていうのは、生きてるものの命を取ることを言うのよ?」背をのけぞらせ、サーベルの(ひら)でその顔を叩いた。「お前、自分が生きてるつもりでいるの? ウケるぅ」
 小隊長の中尉が、レナを無視して作業を続けるよう兵士に目と手で合図した。兵士たちが三十人がかりで二本の縄を引くと、滑車が回り、肉塊が血の筋を引きながら動きだす。
 レナは広場の真ん中で高笑いをし続けた。


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