貴様らの死体を道路に並べるぞ

文字数 2,276文字

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 二位神官将の旗印を掲げた騎馬の一団が、シオネビュラの街路を疾駆する。
 最後尾の一騎が不意にスピードを落とした。メイファ・アルドロスだ。そこは工場に隣接した花火会社の社屋で、戸口に、あらかじめ連絡を受けていた会社社長と重役が待ち構えていた。
「やっ、これはどうも」
 槍を携え、汗をかき、神官服を血で染めたメイファに、社長は歩み寄り挨拶の口上を述べた。メイファは鞍から下りず、金の入った巾着を社長の眼前に突き出した。
「今日は十五クレスニー」
「はっ……」
 その額に、口上の続きを述べたり、機嫌を取ることもできなくなり、社長は声を失くした。メイファはウィンクし、巾着を受け取らせた。
「盛大に頼みますよ、どかーんとね! 金額分、たっぷり打ち上げちゃってください」
 そして、馬の腹を蹴り、先に行った二位神官将たちとの距離を埋めるべく、全力で走らせた。
「相変わらず、太っ腹ですなあ」
 重役が、呆れとも感心ともつかぬ口調で社長に話しかけた。
「コブレンの状況が……あれで……硝石が高騰しているというのに」
 二位神官将の一団は、まっすぐシルヴェリア師団を目指していた。シルヴェリアは、すべての兵に白兵戦の用意をさせていた。そうして自分は気に入りの白馬に騎乗し、喇叭と指揮杖を携え、隣にはフェンを控えさせ、整列した指揮部隊の全員と共に街路で二位神官将を待ち構えていた。
 やがて、いくつもの馬蹄が石畳を打つ音、そして振動が、前方からやって来た。
 黒い馬に乗った神官将、若草の戦闘服、槍、そうしたものが前方に見極められてくる。後ろには十人ほどが続いているようだ。
 シルヴェリアは喇叭を口に当て、顎を上げた。
 喇叭を吹き鳴らした。
 休戦を申しこむ旋律だ。敢えてその旋律を選んだことに驚いたのか、後ろのモーム大佐が息をのんだ。ついでに視線も感じたが、大佐は何も言わなかった。ついぞ人相を見極められる距離まで二位神官将が迫り、一団は動きを止めた。
 騎馬の状態で、シルヴェリアとレグロは向き合った。互いが相手の体格、面構え、風格、そして部下の様子を品定めする。間が空いた。シルヴェリアは、背後に控える全ての部下が、言葉を待って緊張しているのを感じていた。
 レグロから口を開いた。
「シルヴェリア・ダーシェルナキ少将殿」
 シルヴェリアは返事も、頷きもせず、ただ凝視だけを返した。
「私はシオネビュラ神官団二位神官将レグロ・ヒュームという者だ。貴下部隊の将兵に、宿営にかかる協定を無視して市内で騒動を起こし、市民を危険にさらした嫌疑がかけられている。顛末をご説明いただきたい」
 レグロの声は事務的だが、どこか脅すようであり、そうでありながら、歌うように楽しげであった。
「顛末もなにも」
 シルヴェリアも同様に、事務的に、しかし余裕を持って、なめらかに答えた。
「緩衝地点である難民区画を通っていた我が部隊の将校が連合軍兵士から手出しを受けた。その将校らは剣を抜かずに身を隠すことで対処し、我がほうは平和的解決を目指したものの、相手側は見も知らぬ生物を解き放つというかたちで武力を行使した」
 シルヴェリアは喇叭を膝の上に置いた。
「その生物がシオネビュラ市民にとっても、また我がほうにとっても非常な害悪であると判断したため、征圧した。やむを得ぬ判断じゃ」
「随分と一方的な物言いをなさる。噂通りのお人らしい」
 シルヴェリアはそれに答えず、次の出方を待った。
「さて、少将殿にはもう一つ……」
 レグロの後ろで、神官兵たちが左右に割れた。
 縛り上げられた王領軍の兵士が一人、レグロの横に跪かされた。後ろからもう一人。
 エーリカだった。
 一応はメンツを保って、自分の馬に乗ってきたらしい。捕縛されてはいないが、指揮杖で殴られた顔には大きな痣ができていた。エーリカは、シルヴェリアを正面から憎々しげに睨みつけた。
「この兵士は、先月我々がシオネビュラから追放し、最低十年の入城禁止を言い渡した王領護衛小隊の者だ。エーリカ・ラウプトラはそれを知りながら難民に紛れこませてシオネビュラに招じ入れ、市内にて独自に武装した部隊を編成しようと目論んでおられた。そのラウプトラ邸に、少将殿は単独で招かれ、お話し合いをされた」
「愚にもつかん姉妹喧嘩じゃ」シルヴェリアは馬上から妹を見下ろし、嘲りをこめて笑った。「信ずるに足る根拠を得るまで、私を取り調べるがよいぞ。協力は惜しまん」
「私たちにつくならこれが最後よ」
 エーリカが割りこんだ。
「馬鹿抜かせ」
「だったら妹を返せ」
 シルヴェリアが手綱に力をこめると、そのストレスで、馬が鼻を鳴らしてくしゃみをした。
「黙れ。それ以上ガタガタ抜かすなら貴様らの死体をエンレン-フクシャ間道路に並べて輜重隊に轢かせて舗道に擦りこむぞ」
「そこまでにしてもらおう」
 レグロが槍を持ち直した。それを合図に、エーリカと護衛兵士が下がらされた。
「エーリカへの処罰について」シルヴェリアは手綱を握る手の力を抜いた。「私から陳情すべきことは何一つない。そなたらに委ねよう」
「シオネビュラ市及び当神官団からの正式回答を待たれよ」
 初めてレグロが笑みを見せた。余裕を見せるためのものであり、親しみはこめられていなかったが。
 彼が腕を上げると、最後尾の神官から、馬の首を返して道を引き返していった。レグロは最後まで、シルヴェリアの顔から目をそらさなかった。が、ついぞ彼も、シルヴェリアに背を向け立ち去った。

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