黎明観測

文字数 1,003文字

 2.

 ある地主にとって、黎明観測は日課だった。もとより遅くとも二十二時までには起きる暮らしである。
 この土地を購入したのは地主の曾祖父で、当時は南西領でも奴隷制度が残っていたため、奴隷の娘を控えさせて、星と天球儀のもと、寝覚めの酒をちびちびやるのが常であったそうだ。跡を継いだ祖父は怠惰なたちで、起きるは遅く、仕事は雇い人任せ。父は勤勉だが無粋なたちで、星々に思いを馳せることの安らぎをついぞ知らず。そして、この四代目が四十歳にして農地を継ぐにあたり、南西領西部の広大な農地の空は、またもやその土地の主に愛されることとなった。
 彼は寝起きに僅かな酒を舐めるが、共をするのは奴隷娘ではなく一家の老いた召使い頭で、見上げる空はもはや夜空ではない。夜闇ははじめ藍に変じ、今や透き通る藤色。白く輝くばかりであった天球儀も透度を増し、いずれ光の供給をやめ、空の色と同化するものと思われた。
 召使い頭と話す内容はいつも、変じゆく空の色についてであり、またそれが美しすぎるゆえ、恐怖ではなく心揺さぶる感動をもたらすことの驚き、そしてその感動が衰えぬことへの喜びについてであった。そしてまた、戦局のこと。前総督シグレイ・ダーシェルナキについて宙梯を目指すがよいか、新総督ロラン・グレンを信用し、いずれかの聖遺物たる建造物に己と家族が収容されるがよいか。いずれにせよ、勝った側につくまでであり、地主がやきもきしてどうにかなるものでなし。それゆえに、彼は無頓着なほどに呑気だった。
 いずれどちらの陣営も、これほど黎明が進んでいながらいつまでも戦争を続けていられるほど愚かではあるまい。
 酒で体が温まる頃、妻が起き出し、一家の台所からパンの香りが立ち上る。いつもの通り、その香りを合図に、地主は鶏小屋の様子を見に行った。
 異変に気がついたのは、もはや火で照らす必要のない小道を上る途中のことだった。坂の上の鶏小屋から、怯え騒ぐ鶏の声がする。
 さては蛇の仕業であろう。
 農夫は腰に鎌を差していた。それを右手で抜く。そして、何の用心もなく、小屋の戸を開け放った。
 そして戸口で硬直した。
 地主が見たものは、鶏小屋の真ん中にうずくまる男。むしられて散乱する鶏の羽根と血。
 男が死んだ鶏を抱え、顔を真っ赤に染めながら、血と肉を貪り食っていた。その赤さの中で光を放つような目が、ぎろりと動いて地主を見た。


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