友人を殺す値段
文字数 3,290文字
※
「カルナデル」怯えと期待の眼差しをヴィンが向けているのを感じながら、シンクルスは友人を睨みつけたまま尋ねた。「カルナデル、ここで何をしておられるのだ?」
「何って? 仕事さ。護衛のな。その男に雇われてるんだ」
シンクルスは何度も首を横に振った。初めは弱々しく。徐々に強く。その言葉を否定してほしかった。説得できるならしたかった。
「あの者には護衛される価値などない。カルナデル、あの者の正体をわかって言っておられるのか?」
「ヴィン・コストナーだろ? 知ってるぜ?」
「あの者はシオネビュラの議会議員殺しの犯人だ! 加えて徒党を組みトリエスタの女学院を襲った!」
カルナデルは一旦、笑みを消し、真顔になった。シンクルスが見守ると、再び余裕に満ちた笑みを浮かべた。
「それがどうした?」
「カル――」
「お前さあ、ナメてんの? お前はどうだか知らねえけど、こっちは仕事なんだよ、仕事。これでメシを食おうってわけ」
またも真顔になったカルナデルの後ろから、誰かが駆けてくる。身構えて視線を動かしたシンクルスは、目を見開いて硬直した。ピンクゴールドの髪を結い上げたリアンセが走ってくる。
「カルナデル! あなた何をやっているの!?」
シンクルスは叫び返した。
「リアンセではないか!」
すると、カルナデルのバスタードソードが再び動いた。シンクルスの体に当たる直前、手首を返す。平の部分で脇腹を叩かれ、シンクルスは堪らず横向きに倒れた。
「おいおいしっかりしろよ! お前、今ので死んだぜ?」
すると林の向こうで、コブレンへの入門受付の開始を告げる鐘が高らかに鳴り響いた。ヴィンが、何故か門とは反対方向に走っていく。
シンクルスは右手に槍を握り直した。左手と右足をバネに、跳ねるように飛び起きながら、槍の柄でカルナデルの膝裏を叩いた。今度はカルナデルがバランスを崩し、倒れた。その体の下敷きになるのを間一髪で避け、ヴィンを追って走り出す。
ヴィンは走りながら振り向いた。槍を手に向かってくるシンクルスの姿を目にして悲鳴を上げ、もう二度と振り返らずに、林の奥へと向かっていく。シンクルスは、何故彼が門と反対の方向に逃げたか理解した。行く先に塀が見えている。塀には塗料で、感染症患者の隔離病棟を表すマークが描かれていた。
林を抜けた。
ヴィンが地を蹴り、塀に飛びつく。腕を伸ばして何度も飛び跳ねる内、彼はついに塀の天辺に指をかけた。シンクルスはどうにか追いついてヴィンの足首を掴んだ。そのまま引きずりおろす。
「待ってくれ! 誤解なんだ!」
上擦った声をあげるヴィン本人には目もくれず、シンクルスは彼が後生大事に左腕に抱えているずた袋を毟り取った。袋は大きな布を折り畳み、両端をねじって結んだだけの物だった。よく見れば、トリエスタの市旗だ。結び目をほどき、中に右手を突っこむ。
丸い物に触れた。
もどかしい気持ちを抑えきれず、布を捨て、中の物を引きずり出す。
聖遺物が入っているはずだった。
天球儀の光の下で露わになった袋の中身は、ただの大きな丸い石だった。
シンクルスは呆然として、何秒かその場に立ち尽くした。
石をくるりと裏返す。
裏面には白墨を使い、非常に流麗な文字で一言書かれていた。
『バカ』
シンクルスはゆっくりと息を吸い、吐いた。それから明ら様に殺気だった目をヴィンに向け、石を突きだし、『バカ』を見せた。
「ヴィン・コストナー殿。これはどういうことなのだ?」
後ろの林から、足音が近付いてくる。カルナデルが林から出てきた。
何を思ってか、彼はシンクルスの前でバスタードソードを鞘に収めてしまった。それを見たヴィンが口から泡をとばす。
「何をしているんだ! 早くこいつを殺してくれ!」
「オプション」
カルナデルが短く言い放つ。
ヴィンもシンクルスも、その意味が理解できなかった。呆気にとられて無表情のカルナデルに視線を注ぐ。カルナデルはもう一度、「オプション」と一語のみを言った。
「何だって?」
と、ヴィン。
「だから、殺すのはオプションだってば。追加料金な」
塀から引きずりおろされたままの姿勢で腰を抜かしていたヴィンは、少しの間黙ったが、大した思考は働かなかったようだ。
「――わかった! 払う! 今すぐ払う! いくらだ!」
「その前に契約金払えんのかよ。前払いで六デニーデル受け取ったから、残り六デニーデルなんだけど」
上半身を壁にもたれさせながら、ヴィンはたった一枚のクレスニー貨を懐から取り出した。
「今持ってるのはこの一枚だけだ! 四デニーデルの釣りになるだろ? その釣りでコイツを殺してくれ!」
「はあぁっ?」
カルナデルが怒気とともに大声を出し、ヴィンが全身を震わせた。
「足りねぇな。全然足りねえ。あのさ、コイツはオレの友人なわけ」と、いきなりシンクルスに歩み寄り、肩を叩く。
「ただでさえ殺しは嫌だってのに、友人を殺す値段が四デニーデルだって? ふざけんなよ」
「だったら幾らで殺すんだ!」
「高くつくぜ? 一生払えねぇくらいな」
カルナデルはバスタードソードを抜いた。その切っ先を、今度はヴィンに突きつける。
「さあ、選びな! 一生オレに貢ぐ奴隷になるか、大人しく悪事の報いを受けるかだ!」
「奴隷になる!」即答だった。「何でもするから助けてくれ!」
カルナデルは切っ先を動かさず、目だけでシンクルスを見た。
「なあ、クルス。お前こんなしょうもねえ奴追いかけ回してどうするつもりだったんだ?」
「……カル! 俺としてもこのような小人物に用はない! 目当てはこの者が所持しているはずの盗品だ!」
壁に沿って、前と後ろから、二人一組の男たちが三組、さすまたを手に走ってきた。シンクルスとカルナデル、そしてヴィンを取り囲み、武器を向ける。
「何をしている」
一人が老人、後は皆若者で、一人だけ腰が若干引けて顔がこわばっているのはまだ十代半ばに見えた。民兵団か自警団だ。キルティングの胴衣をまとっているが、見た目の感じからして、中に板金が縫いこまれているようには見えない。靴も不揃いでぼろぼろ、中には破れ、防具としての体 を為していない物もある。
カルナデルが武器を収めた。芝居がかった動作で右腕を大きく広げる。
「別に難民を苛めてるわけじゃないぜ? こいつはトリエスタの女学院で略奪を働いた実行犯さ。トリエスタって、コブレンの姉妹都市だろ? 商提携の関係で」
「トリエスタで……」と、さすまたの一つがヴィンの鼻先に動く。「お前、ヴィン・コストナーか?」
ふぅん、とカルナデルが頷く。
「有名じゃねえか。やったな、おっさん」
「ラザイ! ミスリルとアエリエを呼べ! すぐだ!」
十代の若者が、はい、と叫んで走り去る。
カルナデルが残りの三人の顔を一人ずつ窺った。
「で、あんたたちは何なんだ?」
「コブレン自警団だ。この病院を拠点にしてる」
「コブレンの自警団なのに何でコブレンの母市に拠点構えてないんだよ」
誰も質問に答えなかった。
林から、アセルとリアンセが姿を現した。一部始終を見ていたに違いない。新手の出現に硬直する自警団員に、アセルはゆっくり歩み寄り、一番の年長者を選んで声をかけた。
「その男を我々に渡してくれないか」
「駄目だ!」老人ではなく、若い声が答えた。「こいつがヴィン・コストナーなら生かしておくわけにいかない!」
「おい!」
別の声が窘める。
アセルは服の下からダガーを抜いた。余りに何気ない動作だったので、自警団員たちの誰も、すぐにはダガーに気付かなかった。
「君たちがどうせ殺すつもりなら、今ここで私が殺しても構わないな」
「やめろ」
今度は老人が答えた。短いが、意志を感じさせる声音だった。
「この男は我々が殺す。お前は何者だ?」
「『反乱軍』の一味だよ、迫害された有志諸君。つまり」アセルはダガーを持ったまま肩を竦めた。「戦争屋だ」
「カルナデル」怯えと期待の眼差しをヴィンが向けているのを感じながら、シンクルスは友人を睨みつけたまま尋ねた。「カルナデル、ここで何をしておられるのだ?」
「何って? 仕事さ。護衛のな。その男に雇われてるんだ」
シンクルスは何度も首を横に振った。初めは弱々しく。徐々に強く。その言葉を否定してほしかった。説得できるならしたかった。
「あの者には護衛される価値などない。カルナデル、あの者の正体をわかって言っておられるのか?」
「ヴィン・コストナーだろ? 知ってるぜ?」
「あの者はシオネビュラの議会議員殺しの犯人だ! 加えて徒党を組みトリエスタの女学院を襲った!」
カルナデルは一旦、笑みを消し、真顔になった。シンクルスが見守ると、再び余裕に満ちた笑みを浮かべた。
「それがどうした?」
「カル――」
「お前さあ、ナメてんの? お前はどうだか知らねえけど、こっちは仕事なんだよ、仕事。これでメシを食おうってわけ」
またも真顔になったカルナデルの後ろから、誰かが駆けてくる。身構えて視線を動かしたシンクルスは、目を見開いて硬直した。ピンクゴールドの髪を結い上げたリアンセが走ってくる。
「カルナデル! あなた何をやっているの!?」
シンクルスは叫び返した。
「リアンセではないか!」
すると、カルナデルのバスタードソードが再び動いた。シンクルスの体に当たる直前、手首を返す。平の部分で脇腹を叩かれ、シンクルスは堪らず横向きに倒れた。
「おいおいしっかりしろよ! お前、今ので死んだぜ?」
すると林の向こうで、コブレンへの入門受付の開始を告げる鐘が高らかに鳴り響いた。ヴィンが、何故か門とは反対方向に走っていく。
シンクルスは右手に槍を握り直した。左手と右足をバネに、跳ねるように飛び起きながら、槍の柄でカルナデルの膝裏を叩いた。今度はカルナデルがバランスを崩し、倒れた。その体の下敷きになるのを間一髪で避け、ヴィンを追って走り出す。
ヴィンは走りながら振り向いた。槍を手に向かってくるシンクルスの姿を目にして悲鳴を上げ、もう二度と振り返らずに、林の奥へと向かっていく。シンクルスは、何故彼が門と反対の方向に逃げたか理解した。行く先に塀が見えている。塀には塗料で、感染症患者の隔離病棟を表すマークが描かれていた。
林を抜けた。
ヴィンが地を蹴り、塀に飛びつく。腕を伸ばして何度も飛び跳ねる内、彼はついに塀の天辺に指をかけた。シンクルスはどうにか追いついてヴィンの足首を掴んだ。そのまま引きずりおろす。
「待ってくれ! 誤解なんだ!」
上擦った声をあげるヴィン本人には目もくれず、シンクルスは彼が後生大事に左腕に抱えているずた袋を毟り取った。袋は大きな布を折り畳み、両端をねじって結んだだけの物だった。よく見れば、トリエスタの市旗だ。結び目をほどき、中に右手を突っこむ。
丸い物に触れた。
もどかしい気持ちを抑えきれず、布を捨て、中の物を引きずり出す。
聖遺物が入っているはずだった。
天球儀の光の下で露わになった袋の中身は、ただの大きな丸い石だった。
シンクルスは呆然として、何秒かその場に立ち尽くした。
石をくるりと裏返す。
裏面には白墨を使い、非常に流麗な文字で一言書かれていた。
『バカ』
シンクルスはゆっくりと息を吸い、吐いた。それから明ら様に殺気だった目をヴィンに向け、石を突きだし、『バカ』を見せた。
「ヴィン・コストナー殿。これはどういうことなのだ?」
後ろの林から、足音が近付いてくる。カルナデルが林から出てきた。
何を思ってか、彼はシンクルスの前でバスタードソードを鞘に収めてしまった。それを見たヴィンが口から泡をとばす。
「何をしているんだ! 早くこいつを殺してくれ!」
「オプション」
カルナデルが短く言い放つ。
ヴィンもシンクルスも、その意味が理解できなかった。呆気にとられて無表情のカルナデルに視線を注ぐ。カルナデルはもう一度、「オプション」と一語のみを言った。
「何だって?」
と、ヴィン。
「だから、殺すのはオプションだってば。追加料金な」
塀から引きずりおろされたままの姿勢で腰を抜かしていたヴィンは、少しの間黙ったが、大した思考は働かなかったようだ。
「――わかった! 払う! 今すぐ払う! いくらだ!」
「その前に契約金払えんのかよ。前払いで六デニーデル受け取ったから、残り六デニーデルなんだけど」
上半身を壁にもたれさせながら、ヴィンはたった一枚のクレスニー貨を懐から取り出した。
「今持ってるのはこの一枚だけだ! 四デニーデルの釣りになるだろ? その釣りでコイツを殺してくれ!」
「はあぁっ?」
カルナデルが怒気とともに大声を出し、ヴィンが全身を震わせた。
「足りねぇな。全然足りねえ。あのさ、コイツはオレの友人なわけ」と、いきなりシンクルスに歩み寄り、肩を叩く。
「ただでさえ殺しは嫌だってのに、友人を殺す値段が四デニーデルだって? ふざけんなよ」
「だったら幾らで殺すんだ!」
「高くつくぜ? 一生払えねぇくらいな」
カルナデルはバスタードソードを抜いた。その切っ先を、今度はヴィンに突きつける。
「さあ、選びな! 一生オレに貢ぐ奴隷になるか、大人しく悪事の報いを受けるかだ!」
「奴隷になる!」即答だった。「何でもするから助けてくれ!」
カルナデルは切っ先を動かさず、目だけでシンクルスを見た。
「なあ、クルス。お前こんなしょうもねえ奴追いかけ回してどうするつもりだったんだ?」
「……カル! 俺としてもこのような小人物に用はない! 目当てはこの者が所持しているはずの盗品だ!」
壁に沿って、前と後ろから、二人一組の男たちが三組、さすまたを手に走ってきた。シンクルスとカルナデル、そしてヴィンを取り囲み、武器を向ける。
「何をしている」
一人が老人、後は皆若者で、一人だけ腰が若干引けて顔がこわばっているのはまだ十代半ばに見えた。民兵団か自警団だ。キルティングの胴衣をまとっているが、見た目の感じからして、中に板金が縫いこまれているようには見えない。靴も不揃いでぼろぼろ、中には破れ、防具としての
カルナデルが武器を収めた。芝居がかった動作で右腕を大きく広げる。
「別に難民を苛めてるわけじゃないぜ? こいつはトリエスタの女学院で略奪を働いた実行犯さ。トリエスタって、コブレンの姉妹都市だろ? 商提携の関係で」
「トリエスタで……」と、さすまたの一つがヴィンの鼻先に動く。「お前、ヴィン・コストナーか?」
ふぅん、とカルナデルが頷く。
「有名じゃねえか。やったな、おっさん」
「ラザイ! ミスリルとアエリエを呼べ! すぐだ!」
十代の若者が、はい、と叫んで走り去る。
カルナデルが残りの三人の顔を一人ずつ窺った。
「で、あんたたちは何なんだ?」
「コブレン自警団だ。この病院を拠点にしてる」
「コブレンの自警団なのに何でコブレンの母市に拠点構えてないんだよ」
誰も質問に答えなかった。
林から、アセルとリアンセが姿を現した。一部始終を見ていたに違いない。新手の出現に硬直する自警団員に、アセルはゆっくり歩み寄り、一番の年長者を選んで声をかけた。
「その男を我々に渡してくれないか」
「駄目だ!」老人ではなく、若い声が答えた。「こいつがヴィン・コストナーなら生かしておくわけにいかない!」
「おい!」
別の声が窘める。
アセルは服の下からダガーを抜いた。余りに何気ない動作だったので、自警団員たちの誰も、すぐにはダガーに気付かなかった。
「君たちがどうせ殺すつもりなら、今ここで私が殺しても構わないな」
「やめろ」
今度は老人が答えた。短いが、意志を感じさせる声音だった。
「この男は我々が殺す。お前は何者だ?」
「『反乱軍』の一味だよ、迫害された有志諸君。つまり」アセルはダガーを持ったまま肩を竦めた。「戦争屋だ」