こことは違う時空から
文字数 2,275文字
3.
リージェスはリレーネを伴って、村を占拠する大隊の将兵が集まる食堂に足を運んだ。その二階席に、かつてこの大隊の一員だった時の仲間たちを見つけた。
「よう。二か月ぶりじゃねえか」
窓際の丸いテーブルを、三人の男女が囲んでいた。
手を上げ声をかけてきたのは、アウィン・アッシュナイト。弓射中隊第二小隊隊長。軍人としてはリージェスより四年先輩だった。リージェスは生返事をしながら空いている椅子を引いた。その隣にリレーネが何ら物怖じせず座った。
「到着は明日になるって聞いてたわ。街道の混雑で。ともあれお疲れ様。長旅だったでしょう?」
真向かいに座る女性士官が労いをこめて微笑みかけた。アイオラ・コティー。弓射中隊第一小隊隊長。アウィンの同輩で、一度も転属を経験せず六年間同じ大隊にいる。アイオラがリレーネに微笑みかけた。
「あなたがリレーネ?」
「はい、アイオラさん」
すかさずリレーネが応じ、アイオラは顔を強張らせた。
「それからアウィンさん。それから」
思わずサンドイッチの具を皿に全部こぼしたアウィンから、リレーネは三人目の士官に微笑みを向けた。
「ヴァンさん」
ヴァンスベール・リンセル。二十歳 の新任少尉で、弓射中隊第三小隊隊長。まだどことなく学生っぽさが抜け切れていないこの新入りとは、引継ぎのために二か月前に顔を合わせただけだった。
「どうして俺たちの事知ってるの?」
ヴァンが目を丸くしてリレーネに尋ね、アイオラがリージェスに向き直った。
「あなたが話したのね?」
「いいや」
リージェスは困惑して首を振った。
「リージェスさんは話していませんわ。ただ、私が前からあなたの事を知っているだけですの。太陽の王国で――」
「その話はやめろと言っているだろう」
リージェスは苛立ちもあらわに遮った。
「あなたの頭がおかしいと思われるだけだ。そう思われて嬉しいか? 嬉しくないなら黙ってくれ」
「ねえ、リージェスさん」だがリレーネは、怯 むことなくリージェスに微笑んだ。どこか自信を感じさせる笑みだった。
「私たちは数分前に初めて会ったと、あなたは認識してらっしゃいますよね?」
「ああ」
「顔を合わせてからここに来るまで、あなたは私から目を離しませんでしたわ」
「そうだ。何を言いたい」
リレーネは着ているベストのポケットに手を突っこんで、紙を一枚差し出した。無言で促され、テーブルの上で紙を広げたリージェスは息をのみ手の動きを止めた。
そこにリージェスが描かれていた。
いかにも性格のきつそうな顔立ち。睨みつけるような目つきと暗緑色の瞳。油断するとすぐあちこちに跳ねる黒い癖っ毛。
「……いつの間に描いた?」
「五日前ですわ」
「有り得ない」
「おい、これ実物よりかっこよくねぇか?」
アウィンが面白がって身を乗り出した。ヴァンも頷きながら後に続く。
「こういう描き方をするって事は、この子リージェスが好きなんだよ!」
「冗談はよせ!」
「だからさ」
と、アウィン。
「何が楽しいのか知らねぇけど、俺たちを担ごうとするのはやめろよ。前から顔合わせて用意してたんだろ?」
するとリレーネがもう一枚、今度は開かれた状態で紙を差し出した。そこにアウィンが描かれているのを見て取り、彼は黙った。コバルトブルーの髪。いかにもお調子者らしい、片側だけ唇を吊り上げた笑み。楽しそうな目の光。
「何で――」
リレーネが次に差し出した紙には、菫色に輝く髪を持つ女が描かれていた。アイオラだ。柔和だが芯の強さを感じさせる微笑みと、髪を束ねる繊細な手つきが今にも動き出しそうな生々しさで描き出されている。
「……確かに、これは私ね」
リレーネは更に紙を広げる。黒だが、光が当たるとオレンジ色に反射する髪。子供のように大きく開いた目。屈託のない笑顔を見せるのは、ヴァンに違いなかった。
「どうして? どっかで俺たちを見てたの?」
「ここにはいらっしゃらないようだけど」
ヴァンの質問には答えず、リレーネは五枚目の紙を広げた。
「あなたたちの中隊長、ユヴェンサ・チェルナー上級大尉」
がっしりとした肩の上で渦巻く銅 色の髪。それと同じ色の瞳。揺るぎない自信と強さを秘めて微笑む、立派な女性だった。
テーブルを囲む五人の内の誰でもない手が、その紙を取り上げた。向かいに立つ六人目の人物へと、全員の目が移った。アイオラが呟く。
「中隊長――」
弓射中隊隊長ユヴェンサ・チェルナーは、アウィンとアイオラの間に立ったまま、描かれた自分を見つめ続けた。
「へぇ、大した画力じゃないか。誰が描いたんだい?」
「私です、ユヴェンサさん」
ユヴェンサは紙をテーブルに置き、首を傾げてリレーネに微笑みかけた。
「君は?」
「リレーネ・リリクレストですわ」
「ああ、話には聞いてるよ。北方領から来たんだってね。上手い絵だ。あの館から私たちが見えたのかい?」
「いいえ。でもあなたの事を知っていたから」語り続ける。「太陽の王国で、ここではない宇宙、ここではないアースフィアで……」
「お願いだからやめてくれ」
リージェスは命じるのではなく、懇願する事にした。
「頼むから。少なくとも大隊長の前では口にするな」
「大隊長、マグダリス・ヨリス少佐。印象的な方でしたわ」
「大隊長を知っているのかい?」
「ええ、ユヴェンサさん。何と言ってもあなたの恋人ですものね」
それを聞いたユヴェンサは、一瞬で真顔になった。
リージェスはリレーネを伴って、村を占拠する大隊の将兵が集まる食堂に足を運んだ。その二階席に、かつてこの大隊の一員だった時の仲間たちを見つけた。
「よう。二か月ぶりじゃねえか」
窓際の丸いテーブルを、三人の男女が囲んでいた。
手を上げ声をかけてきたのは、アウィン・アッシュナイト。弓射中隊第二小隊隊長。軍人としてはリージェスより四年先輩だった。リージェスは生返事をしながら空いている椅子を引いた。その隣にリレーネが何ら物怖じせず座った。
「到着は明日になるって聞いてたわ。街道の混雑で。ともあれお疲れ様。長旅だったでしょう?」
真向かいに座る女性士官が労いをこめて微笑みかけた。アイオラ・コティー。弓射中隊第一小隊隊長。アウィンの同輩で、一度も転属を経験せず六年間同じ大隊にいる。アイオラがリレーネに微笑みかけた。
「あなたがリレーネ?」
「はい、アイオラさん」
すかさずリレーネが応じ、アイオラは顔を強張らせた。
「それからアウィンさん。それから」
思わずサンドイッチの具を皿に全部こぼしたアウィンから、リレーネは三人目の士官に微笑みを向けた。
「ヴァンさん」
ヴァンスベール・リンセル。
「どうして俺たちの事知ってるの?」
ヴァンが目を丸くしてリレーネに尋ね、アイオラがリージェスに向き直った。
「あなたが話したのね?」
「いいや」
リージェスは困惑して首を振った。
「リージェスさんは話していませんわ。ただ、私が前からあなたの事を知っているだけですの。太陽の王国で――」
「その話はやめろと言っているだろう」
リージェスは苛立ちもあらわに遮った。
「あなたの頭がおかしいと思われるだけだ。そう思われて嬉しいか? 嬉しくないなら黙ってくれ」
「ねえ、リージェスさん」だがリレーネは、
「私たちは数分前に初めて会ったと、あなたは認識してらっしゃいますよね?」
「ああ」
「顔を合わせてからここに来るまで、あなたは私から目を離しませんでしたわ」
「そうだ。何を言いたい」
リレーネは着ているベストのポケットに手を突っこんで、紙を一枚差し出した。無言で促され、テーブルの上で紙を広げたリージェスは息をのみ手の動きを止めた。
そこにリージェスが描かれていた。
いかにも性格のきつそうな顔立ち。睨みつけるような目つきと暗緑色の瞳。油断するとすぐあちこちに跳ねる黒い癖っ毛。
「……いつの間に描いた?」
「五日前ですわ」
「有り得ない」
「おい、これ実物よりかっこよくねぇか?」
アウィンが面白がって身を乗り出した。ヴァンも頷きながら後に続く。
「こういう描き方をするって事は、この子リージェスが好きなんだよ!」
「冗談はよせ!」
「だからさ」
と、アウィン。
「何が楽しいのか知らねぇけど、俺たちを担ごうとするのはやめろよ。前から顔合わせて用意してたんだろ?」
するとリレーネがもう一枚、今度は開かれた状態で紙を差し出した。そこにアウィンが描かれているのを見て取り、彼は黙った。コバルトブルーの髪。いかにもお調子者らしい、片側だけ唇を吊り上げた笑み。楽しそうな目の光。
「何で――」
リレーネが次に差し出した紙には、菫色に輝く髪を持つ女が描かれていた。アイオラだ。柔和だが芯の強さを感じさせる微笑みと、髪を束ねる繊細な手つきが今にも動き出しそうな生々しさで描き出されている。
「……確かに、これは私ね」
リレーネは更に紙を広げる。黒だが、光が当たるとオレンジ色に反射する髪。子供のように大きく開いた目。屈託のない笑顔を見せるのは、ヴァンに違いなかった。
「どうして? どっかで俺たちを見てたの?」
「ここにはいらっしゃらないようだけど」
ヴァンの質問には答えず、リレーネは五枚目の紙を広げた。
「あなたたちの中隊長、ユヴェンサ・チェルナー上級大尉」
がっしりとした肩の上で渦巻く
テーブルを囲む五人の内の誰でもない手が、その紙を取り上げた。向かいに立つ六人目の人物へと、全員の目が移った。アイオラが呟く。
「中隊長――」
弓射中隊隊長ユヴェンサ・チェルナーは、アウィンとアイオラの間に立ったまま、描かれた自分を見つめ続けた。
「へぇ、大した画力じゃないか。誰が描いたんだい?」
「私です、ユヴェンサさん」
ユヴェンサは紙をテーブルに置き、首を傾げてリレーネに微笑みかけた。
「君は?」
「リレーネ・リリクレストですわ」
「ああ、話には聞いてるよ。北方領から来たんだってね。上手い絵だ。あの館から私たちが見えたのかい?」
「いいえ。でもあなたの事を知っていたから」語り続ける。「太陽の王国で、ここではない宇宙、ここではないアースフィアで……」
「お願いだからやめてくれ」
リージェスは命じるのではなく、懇願する事にした。
「頼むから。少なくとも大隊長の前では口にするな」
「大隊長、マグダリス・ヨリス少佐。印象的な方でしたわ」
「大隊長を知っているのかい?」
「ええ、ユヴェンサさん。何と言ってもあなたの恋人ですものね」
それを聞いたユヴェンサは、一瞬で真顔になった。