エーリカは戦争が嫌い

文字数 1,796文字

 2.

 相変わらずの悪趣味ぶりだった。
 ブロンズの天使像。ごてごてした装飾の柱時計。鍵盤が象牙でつくられた真っ白いピアノ。縁に蔓草の彫刻が施された、真鍮の脚を持つ大理石のテーブル。目の休まる場所を窓の外に求めても、窓には意味不明の抽象画が織られた厚いカーテンが掛かっており、窓枠にはぎっしりと、炎だか波だかわからぬ彫刻が彫り込まれているだけだった。
 気質も外見も、シルヴェリアがシグレイに似たのと同じくらい、エーリカはパンネラに似ていた。肩の上で切り揃えた金髪に、微笑んではいるが油断のならない灰色の目。しつこいほどレースを使ってふんわり仕上げたワンピース。
 シルヴェリアが口火を切った。
「決して少なくない弟妹の中で」シルヴェリアはラウプトラ邸の応接室の一つで、猫脚のソファの一つで長い両腕を広げ、背もたれに乗せていた。足を組む。服は軍装のままだ。手許には指揮杖(しきじょう)があり、ソファにもたせかけている。入り口で使用人に預けるよう要求されたのだが、預けるくらいなら帰ると言ったところ、エーリカが取りなしたのだ。「私はこうして、最初に貴様に会いに来てやったのじゃ。茶も菓子もいらん。(はよ)う用件を言え」
「まずは、お姉さま」エーリカは右手をティーカップの持ち手にかけたまま、可憐な声で姉に応えた。「長きに亘る山越え、さぞやお辛かったことと存じます。こうして父母が敵対し、私たち姉妹の仲も否応なく引き裂かれたとしても、お姉さまの境遇を思うとこの胸が張り裂けんばかりの日々でした」
「それがどうした、貧乳」
「ですが、それも過ぎたこと……。お姉さまもご無事で、お姉さまの師団も無事兵力が回復されたとのこと、大層嬉しく思いますわ。そこで、ご要望通り早本題に入らせていただきますが」
 エーリカはティーカップをソーサーに置いた。
「お姉さまに、師団の全構成員を率いて連合軍に加わっていただきたいの」
「却下だ」
「ねえ、お姉さま」
 エーリカはテーブルの向こうからシルヴェリアを凝視し続けた。
「……南西領の民の五人に一人が難民となり、またシオネビュラの一部の区画の市民たちのように、軍や神官団の都合で、家や仕事場からの立ち退きを要求された人々がいる。そのような痛みを人々に突きつけているのは、私たちの父です。そのことを、お姉さまは、どのようにお考えですの?」
「夜の王国とはそういう国じゃ」
 シルヴェリアはふんぞり返って答えた。
「お姉さまは、お父様の跡を継ぎ、次期総督の座を射止めようと努力なさってますわね」
「それがどうした」
「あなたに民の声が聞こえますか?」
「都合の悪い事に関しては難聴でな」
「お姉さま」エーリカはなお食い下がる。「この戦争は始める必要がなかったものです。今すぐにでも止められます。反乱軍兵士や士官たちの処遇については、私とお姉さまとで取りなすことができるはず。今からでも遅くはないのです」
「始める必要はなかった。ほう。では、南西領の民は航海によって生き延びる必要はない、と?」
「分担して日の当たらない場所で生き延びることはできます。地球人の遺した遺物は決して矮小なものではありません。しばしの間は、劣悪な環境に人々を押しこめる結果になるかもしれませんが……」
「ただ生き延びたところでどうする。自転再開の理由を突き止めたり、根本的な対処法を生み出したり、すべきことはいろいろあるじゃろうが」
「そんなのは、取りあえず生き延びてから考えれば良いではありませんか」
 身を乗り出すエーリカの背後で扉が開いた。
 小さな塊が転がりこんできた。
「シルヴェリアお姉さま!」
 思わず目をむく。六歳の、一番下の妹だった。
「ほう、ウィーゼルではないか。大きくなったのう」
「シルヴェリアお姉さま、ご無事でいらしたのですね」自分と同じ銀色の髪をした幼い妹は、シルヴェリアの組んだ足に手を置いて、まっすぐな目で見上げてきた。「私、シルヴェリアお姉さまは戦争に行ってしまわれたと聞いて、ずっと心配いたしておりました。ですが、もう、帰ってこられたのですよね? 私たち、これからはもうずっと一緒にいられますよね?」
「うぅむ……」シルヴェリアは唸る。「ウィーゼルを呼び寄せたか。なかなか卑怯じゃな、エーリカ」
 エーリカは優雅な動作でティーカップを口に運んだ。
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