第六話 天然石

文字数 2,030文字

 薄珂は立珂と響玄を連れて獣人保護区へやって来ていた。訊ねた先は――

「ではお薬です」
「有難うございます、孔雀先生」

 獣人売買をする象獣人金剛を倒したことで一躍英雄となった孔雀は獣人保護区で診療をしている。
 外に出れない者の家を回り、決まった時間だけ診療所で診察をし薬を提供しているのだ。
 そしてその後は広場で獣人達と会話をして保護区の現状把握に努めている。これにより孔雀の評判は天井知らずに上がっている。
 そんな英雄に薄珂はあることを頼んでいた。

「今日はみなさんに贈り物があるんです。薄珂くん、立珂くん。配ってください」
「はあい!」

 孔雀の指示を受け、薄珂と立珂は獣人達にそれを配っていく。
 けれど獣人達はそれが何なのか分からずきょとんと首を傾げた。

「なんですか、こりゃあ」
「おや、立珂ちゃんの髪飾りもお揃いだね」
「うん! これは孔雀先生が選んでくれた『天然石』だよ!」
「「「「「孔雀先生が!?」」」」」

 獣人達に配られたのは茶色く濁った琥珀石を使った腕輪だった。他にも様々な石が使われているが、宮廷装飾の規定色である白と緑だけは無かった。

「なんか特別なもんなのか!?」
「御守りですよ。健康でいられますようにというおまじないの石。東の国の伝承です」

 薄珂が用意したのは光り輝く宝石ではないけれど、独自の個性を持つ天然石だった。
 薄珂がこれを持ち出したのには理由がある。侍女の願いは布を付ける以外の手段でお洒落をすること。ならばこの国では流通していない珍しいものを使おうと考えたのだ。

 それは数日前のことだ。
 薄珂は響玄の店の処分品に並ばされていた天然石を箱ごと引っ張り出した。

「まさか天然石を使うのか?」
「はい。この国って天然石はあんまり見ませんよね」
「先代皇が華美なものを好んだからな。輝きのない石ころは無価値だと輸入しなかった」
「でも禁止じゃないですよね。宝石には見劣りするけど珍しくて綺麗なもの。ちょうどいいですよ」

 蛍宮は流通に偏りがある国だった。
 衣服であれなんであれ、とにかく派手なものが多い。特に装飾品は高価で光り輝く宝石が好まれる。これは天藍が皇太子として立つ以前の文化で、今も根付いているものだった。
 そんな蛍宮で何にも使われないのが天然石だった。透き通ってないものは石ころだとされ店頭に並んでいることはあまりない。
 しかし立珂はこれを気に入り髪飾りや首飾りにしていた。それは綺麗だからというだけではない。

「これ健康でいられる石だ!」
「健康?」
「父さんが持ってたんです。石ごとに意味があって、桃色は恋愛に良いとかそういう」
「ああ、占いか。東はそういう迷信がたくさんある」
「はい。意味を知れば『白と緑しか使えない』んじゃなくて『白と緑を使いたい』って思わないかなって」
「付加価値か! これはうまいこと考えたな。だが宮廷の規定で可とするなら護栄様の承諾が必要だろう。無価値な石に護栄様が頷くかどうか……」
「大丈夫。それは考えがあるんです」
「ほお。何だそれは」
「それはまたあとで。まずは国民が天然石に食いつくか試したいです」


 こうして孔雀の手を借り配りに来たというわけだ。
 突然商人が配り始めたら金儲けに見られるが、英雄が皆を想って用意したのなら話は別だ。侍女が無価値な石ころを良い物だと受け入れたのは立珂が贈ったからだ。
 だが使い始めて気に入ったなら、そこからは立珂の薦めではなく本人の意思だ。一度根付かせてしまえばあとは勝手に広まっていく。

「東は神秘的な国が多いんだったか。さすが孔雀先生は物知りだ」
「石によって意味が違うんですよ。薄珂くんのは魔除け。悪いことが起きませんようにという意味があります。綺麗でしょう」
「とっても! これは売ってんですか?」
「ええ。でも今回は響玄殿が特別に用意して下さいました」
「ちょうどたくさん入って来たんです。さあ先生、皆に見立てて下さい」
「医者としてはやはり健康を祈りたいですね」

 孔雀がこれはどうですか、と手にすると全員が一斉に同じ石を手に取った。こちらも良いですよと言えばそれが全て無くなってしまう。
 そんなこんなで広場には多くの獣人が集い、まるで祭りが始まったかと思うほどの賑わいになった。

「やっぱり英雄の言葉は威力が違いますね」
「さすが孔雀殿」
「獣人の英雄が勧める品として根付いたところで、天藍も勧めれば蛍宮全体が価値を見出すよ」
「ふむ。悪くはないが実益が無い。護栄様を頷かせるには今一つ足らん気がする」
「それはまた違う手を打ちます。そのために必要な物を探しに――うわっ!」

 薄珂がくるりと身を反転すると、目の前に何かが飛び降りて来た。
 驚きすてんと転ぶと、そこにいたのは茶色い猫だった。けれどその姿はするりと少年の姿になっていく。猫獣人だ。

「悪い! 大丈夫か!?」
「平気。そっちは?」
「大丈夫だよ。悪かったな。移動は屋根を走った方が速くて」

 少年はごめんな、と軽く謝ると孔雀の元へと駆け寄って行った。

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