第二十五話 有翼人と共に生きるということ

文字数 3,680文字

 堂々と登場した麗亜は中央に立ち、愛憐はそこから一歩引いている。

「本日はこのような場を設けて下さり誠に有難うございます。まずはひと月も遅れましたことお詫び申し上げます」

 静かな広間に麗亜の透明感のある声が響く。
 とても物音を立ててはいけない雰囲気で、身動きが許されない状態のまま麗亜の話がなんと五分ほど続いた。終わったかと思ったが愛憐が挨拶を始めた。そして愛憐が終わったら今度は護栄から天藍不在の謝罪やらなんやら話があり、その次は何故か浩然も壇上に上がった。
 その後も明恭と蛍宮の数名があれこれと挨拶の演説を続け、歓談が始まったのはかれこれ十五分以上が経ってからだった。
 ようやく広間の中はざわざわとし始め、先程の挨拶が素晴らしくどうのこうのと盛り上がり始めている。だが薄珂と立珂には長い演説は子守唄だった。

「立珂起きろ。終わったぞ」
「んにゃ……」
「座っててよかったな。こんな長いなんて」
「ねむい」

 この後どうなるのかと愛憐と麗亜に目を向けると、一人一人挨拶をしているようだった。

「薄珂様。立珂様。この後愛憐姫様がご挨拶にお越し下さいます。お昼寝の時間にはご退出のご案内に参りますので、しばしご歓談なさってください」
「有難う。美星さんがいてくれてよかったよ」
「慣れないと宴は大変ですから。礼儀上お飲み物と果物はお手元にご用意しますが、無理して口にせず大丈夫です」
「うん。有難う」
「あちらに控えておりますので何かあれば手を挙げてお呼び下さい」

 美星はすすっと下がると、薄珂と立珂からも見える位置に立っていてくれた。
 これはとても心強い。何しろ窓近くとはいえ色々なにおいもする。長居したら立珂の具合が悪くなるのは明白だ。
 愛憐と少し話をしたら帰った方が良いかなと思い始めたその時、ぞろぞろと女性を数名引きつれ愛憐がやって来た。

「皆様。彼がこの服を仕立ててくれた友人の立珂ですわ」
「う?」
「まあ! こんな若い方だったんですのね!」
「もっと宮廷勤めの長い職人かと思っておりました」
「立珂は凄いのよ。形の考案も生地選びも、全て自分で考えているの」
「凄いですわ! まだお小さいのに素晴らしい才能ですのね!」
「姫様のお召し物本当に素敵! 特にこの刺繍は素晴らしくて。羨ましいですわ」
「私は異素材の組み合わせが好きですわ。柄合わせも丁寧で美しいこと」
「あ、そうなの。柄合わせは覚えたばっかりなんだけど頑張ったの」
「立珂様ご自身で!?」
「教えてもらったんだ。蒼玉っていう専門のお店と仲良しなの」
「蒼玉というと、先々代蛍宮皇の時代から宮廷を支えたというあの?」
「そんな方までご支援なさるほどなのですね。素晴らしいですね」

 薄珂は服については全く分からなかったが、『蒼玉』の威力だけは分かった。
 あっという間に立珂は女性陣の人気者になっていく。

「見た目も素敵だけど、私が一番気に入ってるのは軽くて涼しいところなの。長く着ていて苦じゃないのに宮廷品質。見事だわ」
「そういえば汗一つかいていらっしゃいませんね」
「だって涼しいもの。いつもならもうお化粧直しが必要なのに。立珂のお洒落は本当に素晴らしいわ」
「お洒落をは元気じゃないと楽しめないもの。気持良く過ごせるのが大事なんだよ」

 まあ、と女性陣の目がきらきらと輝いた。
 愛らしさなのかお洒落へのこだわりなのか両方か、とにかく女性陣は立珂に魅了されずいずいと詰め寄ってくる。
 普段の服はどんなものか、どういう考えで作ってるのかなど、お洒落から縫製技術など、薄珂からすればまるで専門家のような話だ。
 立珂の様子を見守る事に徹していると、ふいに立珂がけほっけほっと咳き込んだ。

「あ、お水飲むか」
「うん」

 薄珂は腰に下げた鞄から水筒を取り出し飲ませてやる。
 たくさん喋って疲れたのか、ごくごくと必死に飲んでいく。

「お水ご持参なさってるの?」
「有翼人は天然の水しか飲めないんです。だから」
「まあ、そうなの?」
「はい。万が一のために持ち歩いてます」
「んぷっ」
「もっと飲むか?」
「飲む」

 二本目の水筒を渡してやると、んくんくと飲み続ける。
 もう一本飲みそうな勢いだったので腰の鞄に手を伸ばすと、隣に座っていた女性が、あら、と声をあげた。

「薄珂様は変わった鞄ですのね」
「はい。両手は絶対開けておかないといけないんで腰に下げてます」
「まあ。それは何故?」
「抱っこするためです。立珂は風に飛ばされるから」
「「「「「「「え?」」」」」」

 愛憐含め、聞いていた全員がぐるりと振り向いてきた。

「飛ばされるってどういうこと?」
「羽が風に煽られて転ぶんだ。服だってひらひらするだろ?」
「そうなの!? 知らなかったわ。危ないじゃない」
「明恭はもっと危ないと思うよ。強風で雪に倒れたら起きれないよ、多分」
「立珂様くらいの年頃でそうなら十歳くらいまでは抱っこしてないと不安ですわね」
「天然物じゃないと駄目っていうのも心配ね。赤ちゃんは何でも口に入れるし」
「そうなんですか?」
「ええ。目の前にあればなんでも。人工物が身体に悪いならお腹壊したりするんじゃないかしら」
「……そうかも。立珂そうだった」
「そうなの?」
「そう。だから俺の指くわえさせて――あ、俺の指食べるのはその名残だな?」

 立珂の頬をつんつん突くと、立珂はぱくんとしゃぶりついてくる。
 いたずらっ子のように立珂はふひひと笑っていて、若い女性陣は可愛い可愛いと癒されていた。
 しかし子供がいる一部の女性陣は母親の集まりのようになり始めている。

「食べ物不安ね。人間と同じ肥料を使ってるのは駄目よね、きっと」
「お肉やお魚はどうなんでしょう。どこまでを『天然』に含んで良いか不安ですわね」
「食べ物が天然物ってことは服もかしら」
「天然素材じゃないと肌かぶれるとか? ありそうね。おむつは大丈夫なのかしら」
「それよりお買い物どうしてるのかしら。蛍宮って露店と隊商が多いから外でお買い物でしょう? 抱っこしっぱなし?」
「そうよねえ。あら、お財布出せないじゃない」
「じゃあ大きな商店に入るしかないわよねえ」
「けど帰りも抱っこでしょう? なら買っても持てないんじゃない? さすがに腰の鞄じゃ無理よ」
「薄珂様。どうなんでしょう、そのあたりは」
「え」

 怒涛のごとくあげられた懸念点に薄珂は頭が追い付かず、慌てて自分達が子供の頃から蛍宮の生活までを思い返す。

「……どうだろう。考えた事なかった」
「気になりますわね。心配だわ」
「有翼人は専門店が無いですし、赤ちゃん用の物なんてないんじゃないかしら」

 そこまで考えたことのなかった薄珂は思わずため息を吐いた。
 薄珂は幼いころから立珂を抱っこしている。抱っこが腕力的にも気持ち的にも苦だと思ったことは無い。
 けれど侍女にはよく力持ちだなどと言われることも多かった。抱っこが大変なことなら日常生活はかなり行動制限をされて大変だ。

(もしかして有翼人が外に出ないのって迫害が怖いからじゃなくて荷物持てないせいか?)

 もしそうであるのなら、人種差別の意識が改善されても有翼人の生活苦はなくならないということになる。
 思いのほか薄珂の中で波紋が広がったが、突如ころりと立珂が膝の上に転がってきた。

「あ」
「立珂様! どうなさったの!?」
「誰かお医者様を」
「あ、眠いだけなんで平気です。そろそろお昼寝の時間だから」
「お昼寝? お昼寝の時間があるんですか?」
「羽重いから体力尽きるのが速いんです。褞袍三個をずっと背負ってるようなものなんで」
「そ、そうよね」
「ごめんなさい。つい楽しくてお喋りしちゃって」
「いいえ。構って頂けて有難いです。立珂、おいで」
「んにゃ……」

 膝の上で眠ろうとしている立珂を抱き上げると、愛憐も立ち上がり駆け寄って来た。

「ごめんなさい。振り回しちゃったわね」
「そんなことないよ。楽しいから興奮して疲れたんだ」
「時間が出来たら遊びに行くわ。お店見せてね」

 愛憐がつんっと頬を突くとむにゅむにゅと口を動かし、ぷうぷうと眠ってしまった。
 女性陣は声を潜めてお辞儀してくれて、薄珂は立珂を抱いて自宅へ帰った。
 服を脱がせて布団に入ると、寝言のようにぽつぽつと何かを喋り始める。

「あのねえ……気付いた……」
「ん? 何にだ?」
「……ぜったいひつようで……」
「必要? 服か?」
「もうね……あれもね……つく……ぃぅ」
「あれ?」

 必死に喋ろうとしているけれど、眠気が勝つようでもう言葉にはなっていない。
 最後の言葉は聞こえず、いつものようにぷうぷうと寝息が聞こえ始めた。

「気になるところで寝たな」

 立珂はもぞもぞと薄珂の指を探してもがき、掴ませてやるとぱくりと咥えた。
 たくさん遊んで疲れて眠る立珂を抱いて眠る。これがいつも通りの幸せな一日の終わり方だ。
 けれど外に出たくても出られないのなら、遊んで疲れることもできない。それは有翼人の子供だけでなく、彼らと共に過ごす者も同じだ。
 例えば薄珂のように。

「……よし」

 薄珂はぐっと強く拳を握りしめた。
 ぷうぷうと眠る立珂に頬ずりをし、大切に抱きしめて眠った。
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