第十二話 機械

文字数 3,988文字

 営業を始めて五日目。
 盗まれて足りなくなった分の追加生産が『天一有翼人店』に届いた。 

「よし。数は足りそうだな」
「こーじょーで作ってもらうのって早いね」
「本当だな」

 実は『りっかのおみせ』と『天一有翼人店』は製造方法が全く違う。
 侍女の手縫いで作っている『りっかのおみせ』に対し、『天一有翼人店』は響玄が紹介してくれた縫製専門の工場で作っている。
 単純に侍女の手がいっぱいというのもあるが、高級さを売りにするのなら専門家の知識と技術で作るべきだというのを響玄に言われて工場生産になった。

「速いし品質もいい。『りっかのおみせ』も工場で作ってもらうか?」
「だめ! 『りっかのおみせ』は侍女のみんなと作るお店なの!」
「まあそうだよな。けど売切れで買えない人も結構いるだろ?」
「う!」

 在庫不足は『りっかのおみせ』でもしばしば発生している。
 迦陵頻伽のおかげで客はどんどん増えていて、有難くも完売続きで生産が追い付かなくなってきている。

「侍女にも限界はあるし、なんか方法ないかな」
「もっとたくさんの侍女さんに手伝ってもらうのは?」
「頼んでもいいけど、立珂だって誰でもいいわけじゃないだろ?」
「うん……」

 当初は誰でも良いだろうと思っていたが、ある時、立珂は数名の侍女を縫製担当から外して欲しいと言ってきたのだ。
 侍女のみんなが大好きな立珂にしては珍しかったのでよく覚えている。
 だがその理由は本人が嫌いだということではなく、縫製技術がいまいちだという理由だった。侍女は縫製も教育されるらしいが得手不得手はあるのだ。
 だが侍女を傷つけたくないという立珂の願いもあり、結果そういった侍女には店の販売員になってもらっている。
 何しろ客が増えたので従業員が必要になってきているのだ。

(けど接客もできない人いるし。お洒落好きでも販売に長けてるわけじゃないし。もっと接客と販売に長けてる人が欲しいな……)

 しかしそこまでを宮廷侍女に求めるわけにはいかない。
 これは遠からず解決しなくてはいけない日が来るだろうが、それより目下の問題は在庫不足だ。

「縫う速さなんてどうしようもないしな……」
「それなら縫製道具の売り場を見てらしたら如何です?」
「縫製道具?」

 今日も店員としてやって来てくれている美星はついっと視線を階段の方に移した。

「三階に縫製道具を扱っている区画があります。何かあるかもしれませんよ」
「へえ。立珂、行ってみるか」
「うん! 糸あるかなあ!」
「あ、見てみよう。美星さん、しばらくお願い」
「はい。いってらっしゃいませ」

 『天一』の売り場は美星に任せ、教えてもらったとおり三階へ登っていく。
 途中にも服屋や装飾品店があって立珂はあちこちに目を輝かせていた。

(今日はゆっくり見て回っても良いかもな)

 ずっと『天一有翼人店』の営業に集中していたが、遊ぶ時間も必要だ。
 そうしてあちらこちらを見ながらようやく三階に到着すると、服飾の区画よりも広い間取りの店が多くならんでいた。
 その理由は売り物だ。大量の生地や糸、裁縫道具、天然石、他にも装飾品の素材となるものが所狭しと並んでいる。
 中でも目を引いたのは――

「薄珂。あれ何だろ」
「何だろうな。機械みたいだけど」

 そこにあったのは薄珂と立珂は見たことの無いものだった。
 木製の机に金属の踏み台が付いていて、机の上には妙な形の金属が設置されていた。
 その他にも妙な形をした機械が並んでいる。
 二人で首を傾げていると、ぽんっと肩を叩かれた。振り返ると、そこには品の良い男性が立っていた。

「いらっしゃい。何か探してるのかい」
「これ何かなと思って」
「こいつは自動縫製機だ。そっちは機織り機であっちは糸紡ぎ機」
「う?」
「ははは。見たことないか。待ってなさい」

 男性は女性職員を呼び寄せると、自動縫製機というのに座らせ何かをさせ始めた。
 女性は手に生地と糸を持っていて、慣れた手つきで機械を動かし始めた。
 すると――

「んにゃっ!?」

 立珂は急に機械が動き出したことに驚き薄珂に飛びついた。
 薄荷も思わず立珂を抱き上げ、女性の手元を覗いてみる。

「……これ、縫ってる。機械が縫ってる。すごい速い」
「な、なあに、これ」
「その名の通り自動で縫う機械さ。操作を覚えれば誰でもできる」
「そうなの!? やってみたい!」
「え、危ないだろ」
「いいえ、大丈夫ですよ。一緒にやりましょう」
「はあい!」

 立珂は急に笑顔になり、ぴょいっと女性が座っていたところに座った。
 使い方を教えてもらいながら恐る恐る手足を動かすと、あっという間に生地に縫い目ができていく。

「すごい! 縫い目が全部いっしょ!」
「そういう機械だからね。誰が使っても必ず同じ品質になるんだ」
「誰でも……」
「最近は奥様方が買っていく。手縫いじゃないが手製の温かみを失わない一点物だ」
「手縫いじゃないけどお手製……」
「う? それって」

 立珂がぴくりと何かに気付き、同時に薄珂はぐるりと男性を振り向いた。

「あの! この機械いくらですか!?」
「これは一台銀五枚だ。子供の小遣いじゃあ難しいぞ」
「銀五! じゃあとりあえず三台下さい!」
「は? いや、銀十五だぞそりゃ」
「あります! すぐお金取ってくるんで出荷の用意して下さい!」
「え? いや、ありますって君ね」
「立珂! 響玄先生のとこ行ってお金取ってくるぞ! これ使って侍女のみんなにいっぱい作ってもらおう!」
「うん!」
「おい! 待ちなさい! 今響玄と言ったか!」
「え? ああ、はい。お金を管理してもらってるんです」

 薄珂と立珂は金の使い方も管理の仕方も分からない。
 だから日々持つ小銭以外はすべて響玄に任せているのだ。
 男性は、はあ、と大きく息をついた。

「……そうか。じゃあ君が薄珂か」
「俺を知ってるの?」
「ああ。俺は李儀(りぎ)という。響玄とは長い付き合いだ。君のことも聞いている」
「そうなの? あ、だから美星さん三階に行けって言ったんだな」

 となれば、これはもう響玄が事前に根回ししてくれていたようなものだ。
 きっと立珂が次欲しがるものもお見通しだったのだろう。
 李儀はにこりと微笑み、ぽんぽんと立珂を撫でてくれた。 

「君らが使ってくれるのなら店の名も上がる。三台すぐに納品しよう」
「有難う! 立珂! やったな!」
「うん! あっちも見たい! 機織り機と糸紡ぎ機!」
「李儀さん。立珂は糸にこだわり始めてるんです。詳しいですか?」
「もちろん。うちの道具を使えば自分だけの生地を糸から作ることもできる」
「そうなの!? 僕作りたい!」
「ははは。その年でこれだけの意欲と成果はなかなかのものだ。おいで。見せてあげよう」
「はい!」

 そうして、立珂は糸を作り生地を作り、専門の職人がいるようなことをやり始めた。
 目の輝きようは今までにないほどで、終始きゃあきゃあと叫んでいた。

「たのしー!」
「あらあら。こんな喜んでくれたら教えがいあるわ」
「お姉さんたち凄いね! こんな素敵な糸と生地作っちゃうなんて!」
「まあ嬉しい。私たちの仕事は地味で嫌がられるのに」
「どうして!? こんな素敵なことなのに!」
「坊やは良い子だね。だが所詮女の家事だ。李儀さんみたいに取り上げてくれる人はそういない」

 女性たちは諦めたように笑った。
 しかし立珂はぷうっと頬を膨らませ、がしっと女性たちの腕を握った。

「ねえ! 僕のおみせで糸と生地作って!」
「ええ?」
「僕『りっかのおみせ』っていうのやってるの! 糸と生地作りたいんだけど、僕できないの。だから一緒に作ってほしいの!」
「『りっかのおみせ』って、護栄様が目をかけてる子がやってるっていう?」
「薄珂だ! そうだよ! 薄珂は護栄様に勝ったの!」
「り、立珂」
「立珂様。そうよ、立珂様だわ。羽根が国宝になってるって……」
「え、あの、そんな凄いお店で雇ってくれるの?」

 立珂がくりんと見上げてきたが、その目は既にきらきらと輝きを放っている。
 瞬きするたびに星が零れるようで、薄珂は頷き立珂を抱き上げた。

「みんなが良ければ是非お願いするよ。うち人手不足なんだ」
「僕だけの糸と生地ほしい!」
「私らでいいなら、そりゃあもう」
「けどいいの? 本当に?」
「うん! 僕みんながいい! だってとっても素敵でとっても優しいもの! 一緒にやりたい!」
「……やらせて下さい。立珂様の糸と生地、私達が作ります!」

 女性たちも立珂と同じ様に目を輝かせた。
 それから数日して、李儀は女性職員を引き連れ自動縫製機や機織り機、糸紡ぎ機を『りっかのおみせ』へと持って来てくれた。
 一先ず三機ずつ買って『りっかのおみせ』の使ってない部屋へ置いたが、侍女もみな面白がって使い始めた。
 自動のため縫製が苦手な侍女も質の良い服を作れるようになり、侍女の手も空いたおかげで、立珂は糸や生地を作ることに意欲を見せ始めた。

「冬用の生地作りたい! もこもこしたの!」
「では糸から考えなくては。有翼人は羽とお揃いにするのもお洒落ですわね」
「いいね! 有翼人しかできないお洒落したい!」

 薄珂には糸や生地を作る楽しさはやはり分からなかった。
 けれどそれに必要な道具を揃えてやることはできる。

「李儀さん。これ点検と修理保証ってある?」
「ははは! なるほどしっかりしてる。点検は都度定価。修理保証は無償で半年、有償で一年か三年、五年」
「うーん。白糸を千個一括で買うから修理保証無償で三年にならない?」
「ええ?」
「駄目? あ、そしたら糸は毎月点検のたびに百個必ず買うよ。追加で機械が必要な時は必ず李儀さんから買う。全部合わせて三年契約。どう?」
「……響玄が褒めるわけだ。いいだろう。とっておきの糸を揃えてくる」
「有難う。立珂喜ぶよ」

 がしっと李儀と握手を交わすと、薄珂は流れるように作成済みの契約書を取り出し捺印をしてもらった。
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