第一話 愛しい日常

文字数 2,009文字

 宮廷を出て家を借りた薄珂と立珂はのんびりとした日常を送っていた。
 警備が徹底しているためか治安も良く、立珂は体調を崩すこともなく笑顔を絶やさない。薄珂はようやく手に入れた立珂との幸せな日々を満喫している。

「向日葵色です!!」
「蒲公英色だ!!」

 昼食がもうじきという時刻、響玄の店で薄珂と美星が立珂の服を手に持ちぎりぎりと睨み合っていた。
 立珂は服が大好きだ。一日一着じゃなくてもっと着たいというので昼に一度着替えることにしているのだが、その時何を着せるかを薄珂と美星が争っているのだ。

「それは一昨日お召しになられたじゃありませんか!」
「今日はこれが良いって言ってたんだ!」
「さっきはこっちもいいなとおっしゃいました!」

 両者一歩も譲らず睨み合っていると、やれやれとため息を吐きながら響玄が顔を出した。

「まだ決まらんか」
「まだみたい」
 
 薄珂は美星とぎゃんぎゃんと言い争いを続けている。
 立珂は朝起きてすぐに今日は蒲公英色のを着るとはしゃいでいた。ならば今日は蒲公英色の立珂だと薄珂も着替えを心待ちにしていた。しかし美星も負けてなるものかと一歩も引かない。

「こうなったら立珂に決めてもらおう」
「よろしいですわよ。それなら私の勝ちですから」
「吠え面かくなよ。じゃあ――」
「立珂様! 向日葵色ですよね!」
「立珂! 蒲公英色だよな!」

 二人は各々が着せたい服を持ち立珂に差し出した。いや、立珂がいるはずの場所に、だ。

「立珂様?」
「立珂?」

 そこにいたはずの立珂がいない。薄珂と美星は先ほど視界の隅に響玄が現れたことを思い出し、大慌てで居間へと駆けこんだ。
 するとそこには響玄に服を着つけてもらっている立珂の姿があった。

「「あー!」」
「おお、終わったか」
「僕もうおきがえしちゃった」
「「ずるーい!」」

 立珂は向日葵色でも蒲公英色でもなく、白に地模様のある生地に金で縁取られた清楚な服を着ていた。
 薄珂と美星は己は床にがくりと足をついて震えた。それは自分が選んだ服を着てもらえなかった悔しさと――

「「可愛いー!」」
「ほんと? いい?」
「「すごくいい!」」

 立珂がくるんと回るとふわりと羽が揺れる。
 少し前までは立つこともままならなかったのに、今ではこんなにも自由だ。笑顔で大好きな服を着て愛らしく舞う立珂の姿に薄珂はぼたぼたと涙を流した。
 これは抱きしめずにはいられない、抱きしめよう、薄珂は立珂に手を伸ばしたがその手は宙を掻いた。

「今日の勝者は私。お昼は私の膝の上だ」
「お父様が参加するとは聞いてませんわ!」
「しないとは言ってない」
「参加表明してないなら不参加ですよ!」
「どのみち二人は引き分けだ。立珂に服を着てもらえた私が抱っこする」

 響玄は立珂を抱っこして座卓の前に座った。
 実はこの服選びには商品がある。服を選んでもらえた者は立珂を膝に乗せて昼を食べられる権利を得るのだ。
 薄珂と美星は異議を唱えたが、当の立珂はすっかり響玄の膝の上に落ち着いてしまった。自慢げに笑う響玄に追い出され、薄珂と美星は仕方なく昼食の準備をした。
 お互いが足を引っ張り合った罪を相手に擦り付けながらも手際よく支度をし机に並べる。

「腸詰だ!」
「食べるか?」
「食べる!」

 響玄は腸詰を箸でつまんで立珂の口元に運ぶと、立珂は笑顔でぱくんと頬張った。

「美味いか」
「おいひい!」

 薄珂は立珂との食事の時間を奪われ血の涙を流したが、頬を膨らませて好物を頬張る立珂の笑顔にほっと息を吐いた。
 薄珂と立珂は週に三回響玄の店に行くことを定常化させてもらった。
 というのも、侍女の作ってくれた服はどれも高級生地のため保管に手を掛けなくてはならず、薄珂では手が及ばないので美星が預かってくれたのだ。
 その服を着るためにここへ来ることになったが、ならついでに昼食を一緒に食べようと響玄が提案してくれて、気が付けば立珂争奪戦が恒例になっている。
 賑やかな昼食を終えのんびりとお茶を飲みながら歓談していると、響玄の膝の上で立珂がうとうとし始めた。

「あ、お昼寝だな」
「ではそちらに」

 響玄は立珂をお昼寝用の布団に寝かせた。
 立珂は昼食後に必ず昼寝をする。これは自宅でも響玄宅でも、どこでもそうだ。

「……具合がお悪いのではないですよね」
「違うよ。立珂は夜行性なんだ」
「動物じゃないんですから。夜型と言って下さい」

 立珂は元々昼寝が多い。以前は動けないからというのもあったが、それとは関係無く昼食後は必ず昼寝をする。
 今まで気に留めていなかったが、他人と生活をするようになり始めてこれが通常とは違うことを知った。
 だからと言って他に合わせるのも違う気がした。無理矢理起きてろと言ったら立珂は辛いだろうし、孔雀にも少し様子をみようと言われている。

「じゃあ美星さん、立珂お願いね」
「畏まりました」
「先生、お願いします」
「ああ。店へ行こう」

 薄珂は立珂を美星に任せ、響玄と店へ移った。
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