第十四話 獣化制御の新たな手段

文字数 2,035文字

 薄珂がぐっと拳を握ると、玲章がわしゃわしゃと髪を掻きまわしてきた。

「俺と護栄は金剛逮捕の現場にいたんだ。覚えてるか?」
「うん。ちょっとだけだったからなんとなくだけど」
「ははっ。あの時お前を見たが、ありゃでかいだけだ。鷹獣人三人同時に抑えた俺からすりゃひよこ同然」
「鷹三人!?」
「凄いだろう。そんな俺様の経験で言えば、最も仕留めやすいのが意識制御できなくなった鳥獣人だ。何でだと思う」
「え、な、なんだろう……」
「武器が爪しかないからさ。お前らは足を引っかけなきゃ何もできないんだ。しかも羽を片方でも失えば態勢を保つこともできない。そのくせ意識制御できなくなると獲物に一直線。ようするに鳥獣人てのは奇襲と諜報以外じゃ役立たずなんだよ。一対一なんてもってのほかだ」
「でもおじさんは戦争で活躍したって」
「慶真殿か? ありゃあ別格だ。忘れろ。まあつまり、お前が暴れたところで何の問題もない。速攻気絶させてやるから安心しろ」

 わははと玲章は自慢げに胸を張り高らかに笑った。
 戦争でどれだけすごかったかなんて薄珂には分からないが、天藍が護衛に置いているのなら護栄がそれを許してるということだ。
 ならばそれだけのものがきっとあるのだろう。

「じゃあやってみろ。まず全身獣化だ。合図したら人間に戻ってくれ」
「分かった」

 薄珂は上衣だけ脱いだ。
 獣人は獣化に備えて脱ぎやすい服を着ている。突発的な事故の場合はのん気に服を脱いでいられないからだ。
 それに猫や兎のように小さくなるならまだしも、薄珂のように巨体になる場合は先に丸裸になっておかなければいけないが人前では憚られる。そのため、紐で簡単に脱げる服を選び、獣化しながら脱いでいくような状態になる。
 薄珂はゆっくりと全身獣化を進め、じわりじわりと公佗児に姿を変えていく。腕は羽になり足には鋭い爪が生え、あっという間に玲章の身長を追い抜いた。
 獣化が終わりふうとため息を吐くと、きぃという鳴き声になった。
 薄珂は獣の姿になった時の感覚が今一つ掴めていない。人間の姿であれば溜め息というのは声が伴うものではない。だが獣化すると必ず鳴き声が出てしまうのだ。
 なんでかは分からなくて、分からないことも恐怖だった。こうしているうちに意識を失い暴れだすのではと思うと恐ろしい。
 早く人間の姿に戻りたいとそわそわしていると、玲章は両手で丸を作ってくれ、薄珂はするすると人間の姿に戻り落ちている服を拾い下だけ履いた。

「ふう」
「今のは平気か? 腹ん中おかしくなったりしないか?」
「腹? 別に何も」
「そうか。よし、じゃあ腕だけやってみろ。その時に腹の中を気にしてろ。妙な感覚になってくるはずだ。止めと言ったら人間になれ」
「分かった」

 薄珂は両手を広げた。
 慶都や慶真は自分の腕と同じ程度の長さの羽になる。慶真が言うにはおよそ鷹獣人はそうらしいが、薄珂は二倍以上の長さになる。
 飛んでしまえば気にならないのだが、人間の足で立って支えるには重すぎる。薄珂はがくりと膝を付いた。
 だが痛いわけでも苦しいわけでもない。体力が削られるようなことはないのだが、ふと腹の中がざわりと蠢いた気がした。
 まさか意識がなくなるのか、そう思った瞬間に玲章がぱんっと手を叩いた。

「止め!」

 玲章の声で意識が繋ぎ留められ、薄珂はするすると人間の腕に戻していった。
 すると途端に疲労が襲ってきて、思わず地面に座り込む。

「腹の中が変だったろう」
「うん。これなに?」
「意識が飛ぶ前そうなるらしい。症状はよくあるもんだよ。だが確かに意識を失うのが相当早い。これはおそらく孔雀殿の領域だな」
「え? なんで?」
「意識制御ってのは個人差が大きいが、ある程度は内服薬で調整できる」
「そうなの!?」
「ああ。これは人間の医学だから孔雀殿なら適切な処方をしてくれるだろう」
「そうなんだ。有難う。勉強になったよ」
「よし。恩を売ったぞ。俺に貸し一だから覚えとけよ」
「あはは。うん」

 新たな対処法があることに安堵しほっと一息つくと、急に眠気が襲い瞼が重くなってきた。
 ごしごしと目を擦るが意識はどんどんぼやけていく。

「疲れたか。意識制御の苦手な子供は大抵そうだ。いきなり眠くなる」
「そう、なの……」

 もはや起きているのも辛くなってきて、ついにその場に座り込んだ。するとその時、遠くから立珂の声がした。

「薄珂ー!」
「……りっか?」
「むむ! おねむ薄珂発見! 抱き枕出動!」

 立珂はきらんと目を輝かせ、滑り込むようにして薄珂の腕にすぽんと入ってきた。柔らかな羽が腕を撫でて気持ち良い。
 なんとか開いている瞼の隙間から腕の中を見ると、立珂がにっこりと微笑んでいる。

「……可愛いなあ、立珂は……」
「薄珂はとってもかっこいいよ。公佗児も今も。だっていつも僕を守ってくれるんだもの」
「そっか……」
「寝ていいよ。僕が起こしてあげるからね」
「ああ……」

 立珂はすりすりと頬ずりをしてくれて、その温かさに呑み込まれて眠りについた。
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