第三十七話 天藍の隠してる鳥獣人
文字数 2,022文字
天藍が隠す鳥獣人といえば薄珂のことしかない。
薄珂はぎくりとして固まったが、孔雀はそれを隠すようににこりと微笑んだ。
「鳥獣人といえば慶真殿でしょう。隠してはいないですよ」
「違う違う。他にもいるって話! すっげえ強いんだってさ!」
「私は聞いたことないですね。誰が言ってるんですか?」
「誰? 誰だろ。噂になってるよ、最近」
「最近ですか。それは鷹ですか? それとも他の種?」
「さあ。でもとにかく強くて速いって聞いた」
薄珂が公佗児獣人であることを知るのは金剛の一件に関わった者だけだ。
鳥獣人はたしかに目撃されたが、それは全て慶真だということにしてくれた。金剛を倒したことも孔雀が一人でやったことにしてくれている。
(……気を付けた方がいいかな)
だが存在するという噂だけで、狙われているわけでもない。そういう噂ががあると知っておけばいいだろうと、薄珂は再び立珂のお洒落談義を危機に戻った。
結局夕方になるまで装飾品作りで盛り上がり、そろそろ夕飯の支度をするという母親たちの号令で立珂のお裁縫教室は終了となった。
また遊んでね、と子供に誘われた立珂は嬉しそうにしていた。
薄珂は疲れ顔の立珂を抱っこしたが、獣人保護区を出たところで立珂が小声で訊ねてきた。
「天藍の隠してる鳥獣人って薄珂のことかなぁ……」
「違いますよ。この噂は殿下も把握してますが、慶都くんと白那さんのことなんです。慶真殿の家族がどこかにいるというのは前々から言われているんですよ」
「けど薄珂のことかもしれないよ」
「いいえ。この噂は数年前からあるんです。大分沈静化してたんですが、殿下が慶都くんを国営の学舎にいれたことで再燃してしまった。だから護栄様は急いで慶都くんを違う学舎に移したんですよ」
「いじわるしたのかと思ってた……」
「そう見えたかもしれませんね。でも護栄様は今でも気にかけていて、この噂に注意するよう言われています。私の往診はその調査も兼ねているんですよ」
「さすが護栄様」
「なので二人は気にしなくて大丈夫ですよ。薄珂くんのことではないですから」
「うん。有難う先生」
孔雀は大丈夫ですよ、ともう一度微笑んで立珂を撫でると宮廷へと帰って行った。
言われればたしかに慶都の方がずっと危険な身の上だ。けれど立珂はどうしても気になるようで、きゅっと薄珂にしがみ付いた。心なしか震えているようだ。
もしかしたら自分が酷い目にあったことと重ねているのかもしれない。
「立珂。今日はぎゅーして寝るか」
「うん。する」
「よし。じゃあ腸詰買って帰ろう。まんまる腸詰のお店行ってみるか?」
「……ううん。今日はおうちのお野菜食べる」
「そっか。じゃあ畑で野菜採ろう。立珂は菠薐草(ほうれんそう)採ってくれるか?」
「うん」
街で買えば何でも揃うが、薄珂は昔からの習慣もあり畑作業をやりたかったので家の傍に畑を作った。
ずっと動けなかった立珂はそれを一緒にやれるのも楽しいようで、最近はあれこれと色んな物を植えている。
けれど腸詰を食べないと言うのは珍しい。
(しまったな。不安にさせた)
裁縫を教えてやろうと提案したことが悔やまれた。余計な話をせずに帰っていれば、水飴を買って楽しく買い物をしたりもできたかもしれない。
そして案の定立珂はあまり食事を食べず、蒲団に入ってもなかなか寝付けないようだった。
以前芳明に教わったのだが、こころが辛い時は抱きかかえ羽を撫でてやると良いらしい。
眠れないのなら気晴らしに楽しい話でもしようと、起き上がり足の間に座らせて、羽を挟むように立珂を抱きかかえた。
「また子供達に作り方を教えに行くか。すごく喜んでたじゃないか」
「侍女に憧れてるんだって。同じ髪飾り作りたいって言ってた」
「なら美星さんも来てくれないか聞いてみよう。憧れの侍女だからな」
「うん。あ、僕欲しい生地あるんだ。先生にお願いしたら探してくれるかなあ」
「どうだろうな。明日聞いてみよう」
「前に愛憐ちゃんが着てた薄くてふわふわのが素敵だったんだ。明恭はもっと色んな生地があるのかな」
「あ、確か次の朝市には他の国の服飾店が屋台を出すんだ。見に行くか?」
「行く! 腸詰も食べたい!」
ようやく立珂はぱあっと明るい笑顔を見せてくれた。
鳥獣人の話を忘れたわけではないだろうが、不安に震えることが無くなる術があるのは有難い。
そしていつの間にか話はお洒落から腸詰にすり替わり、いつものように目を輝かせ始めた。
どの屋台の腸詰が一番おいしかったか、苦手なのはあったかなど、朝市のことを話していると喋りつかれた立珂はぷうぷうと寝息を立て始めた。
(慶都に泊りに来てもらうか。立珂はそれが一番嬉しいだろう)
腕の中で眠る立珂の頭を撫でると、うにゃぁと寝言を言って薄珂の腹にぐりぐり頭を押し付けてくる。
よしよしと撫でてやると気持ちよさそうにくふくふと笑い、その愛らしい寝顔を見ているだけで幸せを感じて薄珂もようやく眠りについた。
薄珂はぎくりとして固まったが、孔雀はそれを隠すようににこりと微笑んだ。
「鳥獣人といえば慶真殿でしょう。隠してはいないですよ」
「違う違う。他にもいるって話! すっげえ強いんだってさ!」
「私は聞いたことないですね。誰が言ってるんですか?」
「誰? 誰だろ。噂になってるよ、最近」
「最近ですか。それは鷹ですか? それとも他の種?」
「さあ。でもとにかく強くて速いって聞いた」
薄珂が公佗児獣人であることを知るのは金剛の一件に関わった者だけだ。
鳥獣人はたしかに目撃されたが、それは全て慶真だということにしてくれた。金剛を倒したことも孔雀が一人でやったことにしてくれている。
(……気を付けた方がいいかな)
だが存在するという噂だけで、狙われているわけでもない。そういう噂ががあると知っておけばいいだろうと、薄珂は再び立珂のお洒落談義を危機に戻った。
結局夕方になるまで装飾品作りで盛り上がり、そろそろ夕飯の支度をするという母親たちの号令で立珂のお裁縫教室は終了となった。
また遊んでね、と子供に誘われた立珂は嬉しそうにしていた。
薄珂は疲れ顔の立珂を抱っこしたが、獣人保護区を出たところで立珂が小声で訊ねてきた。
「天藍の隠してる鳥獣人って薄珂のことかなぁ……」
「違いますよ。この噂は殿下も把握してますが、慶都くんと白那さんのことなんです。慶真殿の家族がどこかにいるというのは前々から言われているんですよ」
「けど薄珂のことかもしれないよ」
「いいえ。この噂は数年前からあるんです。大分沈静化してたんですが、殿下が慶都くんを国営の学舎にいれたことで再燃してしまった。だから護栄様は急いで慶都くんを違う学舎に移したんですよ」
「いじわるしたのかと思ってた……」
「そう見えたかもしれませんね。でも護栄様は今でも気にかけていて、この噂に注意するよう言われています。私の往診はその調査も兼ねているんですよ」
「さすが護栄様」
「なので二人は気にしなくて大丈夫ですよ。薄珂くんのことではないですから」
「うん。有難う先生」
孔雀は大丈夫ですよ、ともう一度微笑んで立珂を撫でると宮廷へと帰って行った。
言われればたしかに慶都の方がずっと危険な身の上だ。けれど立珂はどうしても気になるようで、きゅっと薄珂にしがみ付いた。心なしか震えているようだ。
もしかしたら自分が酷い目にあったことと重ねているのかもしれない。
「立珂。今日はぎゅーして寝るか」
「うん。する」
「よし。じゃあ腸詰買って帰ろう。まんまる腸詰のお店行ってみるか?」
「……ううん。今日はおうちのお野菜食べる」
「そっか。じゃあ畑で野菜採ろう。立珂は菠薐草(ほうれんそう)採ってくれるか?」
「うん」
街で買えば何でも揃うが、薄珂は昔からの習慣もあり畑作業をやりたかったので家の傍に畑を作った。
ずっと動けなかった立珂はそれを一緒にやれるのも楽しいようで、最近はあれこれと色んな物を植えている。
けれど腸詰を食べないと言うのは珍しい。
(しまったな。不安にさせた)
裁縫を教えてやろうと提案したことが悔やまれた。余計な話をせずに帰っていれば、水飴を買って楽しく買い物をしたりもできたかもしれない。
そして案の定立珂はあまり食事を食べず、蒲団に入ってもなかなか寝付けないようだった。
以前芳明に教わったのだが、こころが辛い時は抱きかかえ羽を撫でてやると良いらしい。
眠れないのなら気晴らしに楽しい話でもしようと、起き上がり足の間に座らせて、羽を挟むように立珂を抱きかかえた。
「また子供達に作り方を教えに行くか。すごく喜んでたじゃないか」
「侍女に憧れてるんだって。同じ髪飾り作りたいって言ってた」
「なら美星さんも来てくれないか聞いてみよう。憧れの侍女だからな」
「うん。あ、僕欲しい生地あるんだ。先生にお願いしたら探してくれるかなあ」
「どうだろうな。明日聞いてみよう」
「前に愛憐ちゃんが着てた薄くてふわふわのが素敵だったんだ。明恭はもっと色んな生地があるのかな」
「あ、確か次の朝市には他の国の服飾店が屋台を出すんだ。見に行くか?」
「行く! 腸詰も食べたい!」
ようやく立珂はぱあっと明るい笑顔を見せてくれた。
鳥獣人の話を忘れたわけではないだろうが、不安に震えることが無くなる術があるのは有難い。
そしていつの間にか話はお洒落から腸詰にすり替わり、いつものように目を輝かせ始めた。
どの屋台の腸詰が一番おいしかったか、苦手なのはあったかなど、朝市のことを話していると喋りつかれた立珂はぷうぷうと寝息を立て始めた。
(慶都に泊りに来てもらうか。立珂はそれが一番嬉しいだろう)
腕の中で眠る立珂の頭を撫でると、うにゃぁと寝言を言って薄珂の腹にぐりぐり頭を押し付けてくる。
よしよしと撫でてやると気持ちよさそうにくふくふと笑い、その愛らしい寝顔を見ているだけで幸せを感じて薄珂もようやく眠りについた。