第十話 『天一有翼人店』に集う仲間たち
文字数 3,122文字
客が一斉に道を開け、店員もすかさず頭を下げる。
やって来たのは――
「護栄様だー!」
「走ると転びますよ」
立珂はぴょんっと護栄に抱き着いた。
ひれ伏す人々はその様子を見てざわつきはじめる。
「来てくれて有難う」
「『開店後すぐに来てほしい』。薄珂殿に頼まれたら来ないわけにいかないですよ」
「あはは」
言わなくても来てくれるだろうとは思っていたが、薄珂はどうしても好スタートを切りたかった。
どうせ販売努力はしなくてはいけない。なら、不人気が確定してから印象回復を目指すより、良い印象をさらに伸ばす努力にしたい。
そのためなら利用できるものは利用する。それこそ護栄でもだ。
そして思惑通り、周囲はどよめいている。あの店は何だ、あの店名は響玄の店ではないか、あの有翼人の子供は『立珂』ではないのか、では縁を持っておいた方が良いのではないか――様々な思惑が飛んでいるようだった。
(まずは立珂を知ってもらうところからだ。響玄先生の店としてじゃなく立珂を)
薄珂が店名に響玄の店を借りたのには理由がある。
一つは高級店である証明と、もう一つは立珂を政治的に利用されるのを防ぐためだ。
もはや薄珂と立珂は宮廷とは切っても切れない関係性だ。だから一つでも多く立珂を守る盾が必要になり、そのために響玄の名を借りたいのだ。
けれど逆に、立珂自身の実力が認められにくくなるという事でもある。
(けど立珂の可愛さは武器だ。これなら護栄様と響玄先生の名前に守られつつ立珂を知ってもらえる)
今の成功は侍女が味方に付いてくれたことも大きな要素だ。
それは立珂の愛嬌の成したもので、侍女以外、それこそ護栄を落とす攻撃にもなる。
この開始は悪くないだろうと喜びに口元がほころぶと、こんっと護栄に小突かれた。
「また細かいことを考えてますね」
「え、いや、別に……」
「地固めは大事ですが気を取られすぎると選択を見誤りますよ」
「選択? それどういう」
「立珂殿。品物を見せてください。獣人と人間が着れる服もあるんですよね」
「うんっ! びしっ! しゃきっ! が題材です!」
「擬音ばっかりですね」
薄珂はもう少し護栄の話を聞きたかったが、煙に巻く時はえてして明確な回答をくれない。
(自分で考えろってことだな)
薄珂はふうとため息を吐き、今は笑顔の立珂を応援することに立ち戻った。
立珂は服の説明をして、栄様はこれがいいと思うよ、と薦めている。
「へえ。格好良いですね」
「これは腰がきゅっとしてるのがかっこいいの」
「すっきりして良いですね。殿下にもこういうのを着てほしいものです」
「普段変な格好してるの?」
「変ではないですが、皇太子としての威厳はありません。供を連れ街を歩く時はもっと皇太子らしい服にしていただかないと」
「見た目は大事だもんね」
「そういうことです。帰って来たらぜひ勧めて下さい。薄珂殿の言うことなら聞くでしょう」
「それもどうなんだか」
そうして、護栄は物色した後数点購入してくれた。
その間もずっと周囲の人々はじっと見つめてきていて、どこもかしこも営業を中断してしまっている。
二人が去った後も『天一有翼人店』は注目を集め、一日中ざわざわし続けていた。
けれど購入目的の客はぱらぱらと数名やってくるだけで、売れたのは数点だけで初日は終了した。
そしてその夜。
きっと立珂は悲しんでいるだろうと思ったが、予想以上にふんふんと鼻息荒く、いつも以上にたくさんの腸詰を食べていた。
「明日は並べ方変えたい!」
「新しい挑戦だな。どう変えるんだ?」
「護栄様が買ってくれたのを前に出すの。同じの欲しがる人多いと思うんだ。『りっかのおみせ』でも僕と同じの欲しいって言う人多いし」
「そうか。そうだよな。凄いな立珂。よく思いついたな」
「えへへ。人いっぱい来るかな」
「絶対来るぞ。きっかけさえ掴めばこっちのもんだ」
「こっちのもん!」
護栄の名前でようやく売れるだけ――というのを気にして落ち込むかと思ったがそうでもないようだった。
なら一緒に使える肌着は近くに置こう、装飾品は会計へ行く流れで見れる場所が良いか、などまるで専門家のようになっている。
「みんな護栄様とお揃いになるのおもしろいね」
「立珂の服が人気になるとお揃いの人増えるな」
「あ! じゃあ僕と薄珂のは売っちゃだめ! お揃いじゃなくなっちゃう!」
「そうだ! 俺たちだけのお揃いが無くなる!」
「だめー! だめー!」
立珂はいつものようにぎゅっと薄珂に抱きついた。
お揃いにすることは立珂の信念で、これは薄珂も譲れない。
二人だけの服もいっぱい作ろうと約束し、腸詰をいつもの三倍食べて眠りについた。
*
そして翌日、営業二日目。
今日も紅蘭が様子見に来てくれていて、美星も店員として参加してくれている。
美星は相変わらず紅蘭を睨んでいるが紅蘭はけらけらと笑っている。
いっそ立珂の緊張もほぐれて良いかもなと苦笑いをしていると、とんとんっと肩を叩かれた。
振り返ると、そこにいたのは瑠璃宮を運営する職員だ。
「薄珂さん。少し早めに開けてもらえますか? 凄い行列になってしまってて」
「行列?」
職員が窓の外へ視線をやると、そこにはずらりと長蛇の列が出来ていた。
とても片手で数えられる人数ではなくて、数えている間にもどんどん列は伸びていく。
ちらりと除いた立珂も驚き飛び上がった。
「ひょっ!?」
「これ全部うちの!?」
「ええ。先頭は昨日の夜から並んでるんですよ」
「夜!?」
「僕が腸詰食べてる時から!?」
「入場整理できますか? やったことないですよね」
「いえ、今日は経験者が助っ人に来てるので大丈夫です」
「え?」
薄珂はにこりと微笑み『天一有翼人店』の店員控室へ目をやると、そこから数名の男女が姿を現した。
そこに見えるのは容姿端麗に眉目秀麗、見目麗しい男女の姿。
それは――
「迦陵頻伽!?」
先頭に立っているのは蓮花。
身にまとっているのは劇団の衣装ではなく『天一有翼人店』で販売している目玉商品だ。
「列整理ならお任せを。うちの団員は慣れてますので」
「え、ええと、迦陵頻伽のみなさんが店員、なんですか?」
「しばらくの助っ人です。蓮花さん、来てくれて有難う」
「当然だよ。迦陵頻伽は立珂の広告塔だからね」
蓮花に続く団員も皆、立珂が作った服を着ている。
その人数は役者と裏方含め、総勢十二名。
「始めるわよ! 役者は接客! 裏方は列整理と品出し!」
「はい!」
蓮花の合図で団員は一斉に配置へ着いた。
店付近での列整理と瑠璃宮の外での列整理、列がどこになるかの札を持ち案内に走っていく。
もたつくことも迷うこともなく、薄珂は何もしないうちにどんどん整理されていく。
(さすが慣れてる人は違うな)
何かあれば瑠璃宮の職員も手を貸してくれると紅蘭は言っていたが、正直を言えばあまり当てにはできないと思っていた。
かつて薄珂と立珂は宮廷で騒ぎを起こした。来賓としてくつろいでいることに反発もあったという。
瑠璃宮も宮廷に関与する施設である以上、薄珂と立珂を受け入れていない可能性もある。そうなると店の評判を落とすような行為をされかねない。どうしても立珂に好意的な助っ人が欲しかったのだ。
そして、入店開始時間になると客数はすさまじいものだった。
立珂は必死に客の観察しようとしていたが、あまりの多さに目を回している。しかしそうはしていられないと奮起した立珂は、一体いつ用意したのか、小さな帳面に何かを書き始めた。
薄珂の知らないところで何かをするほどの成長は嬉しくもあり寂しくもある。
抱き上げたい気持ちを抑え込み、ようやく午前中を終え昼食を食べようとした頃に問題は発生した。
やって来たのは――
「護栄様だー!」
「走ると転びますよ」
立珂はぴょんっと護栄に抱き着いた。
ひれ伏す人々はその様子を見てざわつきはじめる。
「来てくれて有難う」
「『開店後すぐに来てほしい』。薄珂殿に頼まれたら来ないわけにいかないですよ」
「あはは」
言わなくても来てくれるだろうとは思っていたが、薄珂はどうしても好スタートを切りたかった。
どうせ販売努力はしなくてはいけない。なら、不人気が確定してから印象回復を目指すより、良い印象をさらに伸ばす努力にしたい。
そのためなら利用できるものは利用する。それこそ護栄でもだ。
そして思惑通り、周囲はどよめいている。あの店は何だ、あの店名は響玄の店ではないか、あの有翼人の子供は『立珂』ではないのか、では縁を持っておいた方が良いのではないか――様々な思惑が飛んでいるようだった。
(まずは立珂を知ってもらうところからだ。響玄先生の店としてじゃなく立珂を)
薄珂が店名に響玄の店を借りたのには理由がある。
一つは高級店である証明と、もう一つは立珂を政治的に利用されるのを防ぐためだ。
もはや薄珂と立珂は宮廷とは切っても切れない関係性だ。だから一つでも多く立珂を守る盾が必要になり、そのために響玄の名を借りたいのだ。
けれど逆に、立珂自身の実力が認められにくくなるという事でもある。
(けど立珂の可愛さは武器だ。これなら護栄様と響玄先生の名前に守られつつ立珂を知ってもらえる)
今の成功は侍女が味方に付いてくれたことも大きな要素だ。
それは立珂の愛嬌の成したもので、侍女以外、それこそ護栄を落とす攻撃にもなる。
この開始は悪くないだろうと喜びに口元がほころぶと、こんっと護栄に小突かれた。
「また細かいことを考えてますね」
「え、いや、別に……」
「地固めは大事ですが気を取られすぎると選択を見誤りますよ」
「選択? それどういう」
「立珂殿。品物を見せてください。獣人と人間が着れる服もあるんですよね」
「うんっ! びしっ! しゃきっ! が題材です!」
「擬音ばっかりですね」
薄珂はもう少し護栄の話を聞きたかったが、煙に巻く時はえてして明確な回答をくれない。
(自分で考えろってことだな)
薄珂はふうとため息を吐き、今は笑顔の立珂を応援することに立ち戻った。
立珂は服の説明をして、栄様はこれがいいと思うよ、と薦めている。
「へえ。格好良いですね」
「これは腰がきゅっとしてるのがかっこいいの」
「すっきりして良いですね。殿下にもこういうのを着てほしいものです」
「普段変な格好してるの?」
「変ではないですが、皇太子としての威厳はありません。供を連れ街を歩く時はもっと皇太子らしい服にしていただかないと」
「見た目は大事だもんね」
「そういうことです。帰って来たらぜひ勧めて下さい。薄珂殿の言うことなら聞くでしょう」
「それもどうなんだか」
そうして、護栄は物色した後数点購入してくれた。
その間もずっと周囲の人々はじっと見つめてきていて、どこもかしこも営業を中断してしまっている。
二人が去った後も『天一有翼人店』は注目を集め、一日中ざわざわし続けていた。
けれど購入目的の客はぱらぱらと数名やってくるだけで、売れたのは数点だけで初日は終了した。
そしてその夜。
きっと立珂は悲しんでいるだろうと思ったが、予想以上にふんふんと鼻息荒く、いつも以上にたくさんの腸詰を食べていた。
「明日は並べ方変えたい!」
「新しい挑戦だな。どう変えるんだ?」
「護栄様が買ってくれたのを前に出すの。同じの欲しがる人多いと思うんだ。『りっかのおみせ』でも僕と同じの欲しいって言う人多いし」
「そうか。そうだよな。凄いな立珂。よく思いついたな」
「えへへ。人いっぱい来るかな」
「絶対来るぞ。きっかけさえ掴めばこっちのもんだ」
「こっちのもん!」
護栄の名前でようやく売れるだけ――というのを気にして落ち込むかと思ったがそうでもないようだった。
なら一緒に使える肌着は近くに置こう、装飾品は会計へ行く流れで見れる場所が良いか、などまるで専門家のようになっている。
「みんな護栄様とお揃いになるのおもしろいね」
「立珂の服が人気になるとお揃いの人増えるな」
「あ! じゃあ僕と薄珂のは売っちゃだめ! お揃いじゃなくなっちゃう!」
「そうだ! 俺たちだけのお揃いが無くなる!」
「だめー! だめー!」
立珂はいつものようにぎゅっと薄珂に抱きついた。
お揃いにすることは立珂の信念で、これは薄珂も譲れない。
二人だけの服もいっぱい作ろうと約束し、腸詰をいつもの三倍食べて眠りについた。
*
そして翌日、営業二日目。
今日も紅蘭が様子見に来てくれていて、美星も店員として参加してくれている。
美星は相変わらず紅蘭を睨んでいるが紅蘭はけらけらと笑っている。
いっそ立珂の緊張もほぐれて良いかもなと苦笑いをしていると、とんとんっと肩を叩かれた。
振り返ると、そこにいたのは瑠璃宮を運営する職員だ。
「薄珂さん。少し早めに開けてもらえますか? 凄い行列になってしまってて」
「行列?」
職員が窓の外へ視線をやると、そこにはずらりと長蛇の列が出来ていた。
とても片手で数えられる人数ではなくて、数えている間にもどんどん列は伸びていく。
ちらりと除いた立珂も驚き飛び上がった。
「ひょっ!?」
「これ全部うちの!?」
「ええ。先頭は昨日の夜から並んでるんですよ」
「夜!?」
「僕が腸詰食べてる時から!?」
「入場整理できますか? やったことないですよね」
「いえ、今日は経験者が助っ人に来てるので大丈夫です」
「え?」
薄珂はにこりと微笑み『天一有翼人店』の店員控室へ目をやると、そこから数名の男女が姿を現した。
そこに見えるのは容姿端麗に眉目秀麗、見目麗しい男女の姿。
それは――
「迦陵頻伽!?」
先頭に立っているのは蓮花。
身にまとっているのは劇団の衣装ではなく『天一有翼人店』で販売している目玉商品だ。
「列整理ならお任せを。うちの団員は慣れてますので」
「え、ええと、迦陵頻伽のみなさんが店員、なんですか?」
「しばらくの助っ人です。蓮花さん、来てくれて有難う」
「当然だよ。迦陵頻伽は立珂の広告塔だからね」
蓮花に続く団員も皆、立珂が作った服を着ている。
その人数は役者と裏方含め、総勢十二名。
「始めるわよ! 役者は接客! 裏方は列整理と品出し!」
「はい!」
蓮花の合図で団員は一斉に配置へ着いた。
店付近での列整理と瑠璃宮の外での列整理、列がどこになるかの札を持ち案内に走っていく。
もたつくことも迷うこともなく、薄珂は何もしないうちにどんどん整理されていく。
(さすが慣れてる人は違うな)
何かあれば瑠璃宮の職員も手を貸してくれると紅蘭は言っていたが、正直を言えばあまり当てにはできないと思っていた。
かつて薄珂と立珂は宮廷で騒ぎを起こした。来賓としてくつろいでいることに反発もあったという。
瑠璃宮も宮廷に関与する施設である以上、薄珂と立珂を受け入れていない可能性もある。そうなると店の評判を落とすような行為をされかねない。どうしても立珂に好意的な助っ人が欲しかったのだ。
そして、入店開始時間になると客数はすさまじいものだった。
立珂は必死に客の観察しようとしていたが、あまりの多さに目を回している。しかしそうはしていられないと奮起した立珂は、一体いつ用意したのか、小さな帳面に何かを書き始めた。
薄珂の知らないところで何かをするほどの成長は嬉しくもあり寂しくもある。
抱き上げたい気持ちを抑え込み、ようやく午前中を終え昼食を食べようとした頃に問題は発生した。