第三十話 冬用肌着
文字数 4,044文字
皇太子に謁見するための広間に顔を並べたのは護栄と響玄、薄珂と立珂、そして麗亜と愛憐に柳もいる。
しかし事態が分かっていない天藍は、はて、と首を傾げいた。
「今日は服を考える日だと思ったが?」
「私もそう思ってました……」
麗亜も困惑した様子で、護栄の視線から逃げるように顔を背けた。
恐らく準備不十分で護栄のいる商談などしたくないのだろう。
薄珂は響玄と顔を見合わせるとにこりと微笑み、いくつかの服を麗亜の前に並べた。
肌着だ。
「実はもう完成しているんです。これが冬を画期的に温かく過ごせる服」
「ずーっと前から作ってたの! 褞袍あったかいけどお洒落じゃないから!」
「さすが立珂。分かってるわ」
「はあ。しかしただの肌着に見えますが……」
「着ないと分からないと思います。よければご試着ください」
薄珂は麗亜と愛憐、柳にも新品の肌着を渡した。
着替えて戻った三人は驚いた顔をしている。
「立珂! これすっごく温かいわ! 肌着一枚着ただけとは思えない! 暑いくらいよ!」
「そうでしょー! だから早く脱いだ方が良いよ。汗でお化粧くずれるから」
「ぎゃっ」
「柳。どういう服か分かるかい?」
「見たこともないな。生地の保温性が高い。薄いわりに伸縮もするから身体に沿い着ぶくれることもない。どこ産の生地だ?」
「立珂産です」
「は?」
明恭の面々はいぶかしげな顔をした。
それを立珂はくふくふと面白そうに笑い、満足げにばっと手を開いた。
「僕の羽根で作ったんだよ! だから僕産!」
「羽根? 羽根って、その、背中の羽の?」
「そう! これを服にしたの!」
「羽根……では、ないでしょう……」
「いいえ、間違いなく立珂の羽根です。実は糸紡ぎ機に触れた際、立珂が疑問に思ったことがあるんです」
それは李儀に様々な機械を見せてもらった時の話だ。
立珂は初めて布と糸がどう作られているかを知った。紡がれる糸により生地の質は代わり、素材も様々だ。
そしてこてんと首を傾げた。
「有翼人の羽根って何であったかいの?」
「何でって、そういうものだろ」
「でも動物の毛よりあったかいよね。なんでだろ」
「……そこまでは分からないな。何でだろうな」
「んー。じゃあこれで糸作ってもだめかな」
「糸?」
「うん。糸紡ぎ機で糸にできるんだよ。こねこねすると綿みたいにもこもこになるの」
立珂はぷつっと羽根を一本抜くと、芯から毛を毟り両手でこね回した。
すると次第に毛羽立ちどんどん丸くなっていく。一本の羽は手のひらほどの毛玉に姿を変えた。
「これで生地作って羽と同じくらい温かかったら嬉しいでしょ」
「確かにな。へえ、面白いな。やってみようか」
「うん! あったかいといいなあ」
こうして二人で羽根毛玉を作り糸にし、それでできた生地を使ったのがこの肌着だ。
聞いて愛憐はびっくりしたように目を丸くした。
「そ、そんなことしたの」
「おもしろいでしょ」
「これなら肌から温まるので過度に着こまなくても大丈夫。春夏と同じようなお洒落も楽しめます」
「……凄い。これは服飾業界がひっくり返るぞ。靴下や手袋にすれば寒さで壊死はしなくなる」
「それはもう作ってあるよ!」
「え?」
立珂は自信満々に靴下と手袋を取り出した。
それぞれ生地は違うが、どれも立珂の羽根生地を使っている。愛憐はいち早く手袋をはめると、わあ、と歓喜の声をあげた。
「温かい! すごいわ!」
「他にも襟巻と外套も作ったよ! これは一個しかないから愛憐ちゃんにあげる」
「いいの!? うそ、どれもお洒落じゃない!」
侍女が待ってましたとばかりに襟巻と外套を持って現れた。
愛憐は小走りでそれを受け取りに行くと、いそいそと身にまとう。
それは皇女が着るにふさわしい上品さと豪華さで、とても防寒重視にはみえない。
「温かい! 凄いわ! 羽にくるまれてるみたい!」
「必要な物をお選び頂ければそれを集中的に生産しますよ」
「全て欲しい。種族問わずこの生地で揃えたいくらいだ。これはどのくらい製造可能ですか。費用はどれだけかかっても構わない」
「費用より有翼人がどれだけ協力してくれるかによります。肌着一枚に最低でも羽根五十枚」
「……相当必要ですね。量産は難しいですか」
「いえ、羽根は提供してもらえることになっています。肌着の予定生産枚数は月千枚」
「「「「「え?」」」」」
「かなり多くありませんか」
「これが最低でもっと増えます。蛍宮で人気の劇団が呼び掛けてくれたおかげで国内全土から集まっています」
「全土!? どれだけの人員を動かしたんです!」
「宮廷は何もしていませんよ。立珂殿を愛している劇団が自発的にやってくれているんです」
「みんな優しいの」
立珂一人の羽根では月に肌着一、二枚が限界だ。
しかし羽根肌着を知った迦陵頻伽の面々が自分たちも北国へ行く時に欲しいと言い、蛍宮国内を回る際に呼び掛けてくれているのだ。
おかげで日々『りっかのおみせ』には羽根を提供する有翼人が集まり、その代わりに服を提供している。
「凄い。ぜひ販売をお願いしたい」
「いいえ。販売は致しません。これは物々交換に限らせて頂きます」
「物ですか。明恭からお渡しできるものならばいくらでもご用意します」
「では遠慮なく」
ちらりと護栄を見ると、護栄は何も言わずにこりと微笑んでいる。
薄珂も倣ってにこりと微笑んだ。
「明恭の廃棄物を頂きたい」
しん、と静まり返った。
「……廃棄物、ですか」
「はい。それと交換して頂ければ羽根衣類は全て明恭へお渡しします」
「は、はあ。しかし具体的に何を……?」
薄珂は麗亜から話を聞いて以来、目を付けている物があった。
それは蛍宮では絶対に手に入らず、けれど有翼人には最も必要なものだ。
「氷河です! 明恭が廃棄する氷河を頂きたい!」
「……氷河?」
「待って。あんなの大きいだけで本当にただの氷よ。交換に値する物でなくてはいけないわ」
「俺達にとって氷は価値があるんだ。だって有翼人は」
「そうか! 涼を取るのか!」
答えたのは柳だ。
真剣な顔で肌着を調べるように撫でている。
「明恭では凍死だが蛍宮では発汗が問題。体温を下げる手段が欲しいんだろう」
「その通りです。温暖なこの国で氷は有翼人の生活必需品と言ってもいい。でも蛍宮で氷塊は手に入らないんです」
蛍宮は温暖な国だ。
冬になれば冷え込むが、それでも天然の氷を大量に作ることはほぼ不可能なのだ。
だが輸入できれば氷室で保管することはできる。
「蛍宮からは暖をとるものを。明恭からは涼をとるものを。これを交換させて頂ければと思いますがいかがでしょう」
「護栄殿は如何です」
「問題ありません。これは薄珂に一任しているので」
「……なるほど」
麗亜は苦笑いを浮かべた。
まるで護栄を警戒するのと同じような目つきで薄珂を見て、ふうとため息を吐いている。
「有難うございます。では契約書を用意させましょう」
「それならこちらに」
「え?」
薄珂は書類を数枚取り出した。
そこには今回締結になるであろう事項が記されている。
「……用意していたんですか?」
「麗亜様にお手数をお掛けするわけにはいきませんので」
「これはこれは」
麗亜は何とも言えない複雑な顔をして、契約書に承諾の署名をしようとした。
しかしその時、ぱしっと柳が麗亜の手を掴んだ。
「ちょっと待った」
「何だい」
「契約内容を確認しろ。貸せ」
柳は麗亜から契約書を奪い取るとじっと隅から隅まで目を通していく。
(やっぱりこの人は職人じゃない。商人だ)
恐らく麗亜は以前の護栄同様、子供だと舐めて甘く見るだろうと薄珂は思っていた。
その流れで有利な条件にできればと思い契約書を作ってきている。
しかし、目を通し終わった柳はにやりと笑った。
「これは製造委託契約だな。独占売買契約を別に結ばせてもらいたい」
「え? あ」
言われて、麗亜は慌てて契約書へ目を通した。
契約書には目的ごとに種類があるが、今日薄珂が用意したのは『明恭は肌着の製造を響玄に任せる』という内容の契約書だ。
響玄が明恭に販売するのではなく、明恭のお願いを響玄が聞いてあげる、ということだ。
これなら今後受けるも断るも響玄次第となり、こちらで舵を取れるようになる。
一方柳が言ったのは『この商品は明恭にしか販売しません』という内容の契約だ。
これを締結すると明恭以外に流通させることができなくなり、蛍宮内で需要が出ても販売することができない。それは立珂の希望が通らなくなるということでもある。
全てを明恭に握られるわけにはいかないのだ。
(残念。見逃してくれないか)
薄珂はにこりと笑顔を取り繕った。
「独占契約はお受けできません。ですがご提供数量については契約に条項の追加を検討します」
「具体的な枚数が確約できるのか? 有翼人の好意ありきということは君の努力ではどうにもならないだろう」
「いいえ。確実に入手する方法があるので問題ありません」
「どうやって。片っ端から立珂殿がお願いして回るとでも?」
「違います。これは響玄が既に手段を確立しています」
「何?」
柳は慌てて響玄へ目をやると、響玄はにこりと穏やかに微笑んでいる。
「薄珂の提案は事前に確認しています。私が責任を持てる範囲のことですのでご心配なく」
「蛍宮の流通を握る響玄殿が断言なさいますか。なるほど」
「言ったでしょう。この子を単なる兄馬鹿と思ってると痛い目を見ると」
「……護栄様の欲目かと思っていました」
「私は誰も欲目では見ませんよ」
護栄は眉一つ動かすことは無い。
しれっと、まるでこの契約には興味が無いとでも言いたげに別の書類を見ている。
柳は契約書を麗亜にぽいっと渡す。
「一旦この契約書はお預かりし、修正案をご用意します。締結はその後で」
「もちろんです。お待ちしております」
「では麗亜殿はこのまま輸出入の話に入らせて下さい。響玄殿。殿下を立珂殿と明恭職人の視察へお連れして下さい」
「承知致しました」
全員頭を下げると、天藍と護栄、麗亜を残して部屋を出た。
しかし事態が分かっていない天藍は、はて、と首を傾げいた。
「今日は服を考える日だと思ったが?」
「私もそう思ってました……」
麗亜も困惑した様子で、護栄の視線から逃げるように顔を背けた。
恐らく準備不十分で護栄のいる商談などしたくないのだろう。
薄珂は響玄と顔を見合わせるとにこりと微笑み、いくつかの服を麗亜の前に並べた。
肌着だ。
「実はもう完成しているんです。これが冬を画期的に温かく過ごせる服」
「ずーっと前から作ってたの! 褞袍あったかいけどお洒落じゃないから!」
「さすが立珂。分かってるわ」
「はあ。しかしただの肌着に見えますが……」
「着ないと分からないと思います。よければご試着ください」
薄珂は麗亜と愛憐、柳にも新品の肌着を渡した。
着替えて戻った三人は驚いた顔をしている。
「立珂! これすっごく温かいわ! 肌着一枚着ただけとは思えない! 暑いくらいよ!」
「そうでしょー! だから早く脱いだ方が良いよ。汗でお化粧くずれるから」
「ぎゃっ」
「柳。どういう服か分かるかい?」
「見たこともないな。生地の保温性が高い。薄いわりに伸縮もするから身体に沿い着ぶくれることもない。どこ産の生地だ?」
「立珂産です」
「は?」
明恭の面々はいぶかしげな顔をした。
それを立珂はくふくふと面白そうに笑い、満足げにばっと手を開いた。
「僕の羽根で作ったんだよ! だから僕産!」
「羽根? 羽根って、その、背中の羽の?」
「そう! これを服にしたの!」
「羽根……では、ないでしょう……」
「いいえ、間違いなく立珂の羽根です。実は糸紡ぎ機に触れた際、立珂が疑問に思ったことがあるんです」
それは李儀に様々な機械を見せてもらった時の話だ。
立珂は初めて布と糸がどう作られているかを知った。紡がれる糸により生地の質は代わり、素材も様々だ。
そしてこてんと首を傾げた。
「有翼人の羽根って何であったかいの?」
「何でって、そういうものだろ」
「でも動物の毛よりあったかいよね。なんでだろ」
「……そこまでは分からないな。何でだろうな」
「んー。じゃあこれで糸作ってもだめかな」
「糸?」
「うん。糸紡ぎ機で糸にできるんだよ。こねこねすると綿みたいにもこもこになるの」
立珂はぷつっと羽根を一本抜くと、芯から毛を毟り両手でこね回した。
すると次第に毛羽立ちどんどん丸くなっていく。一本の羽は手のひらほどの毛玉に姿を変えた。
「これで生地作って羽と同じくらい温かかったら嬉しいでしょ」
「確かにな。へえ、面白いな。やってみようか」
「うん! あったかいといいなあ」
こうして二人で羽根毛玉を作り糸にし、それでできた生地を使ったのがこの肌着だ。
聞いて愛憐はびっくりしたように目を丸くした。
「そ、そんなことしたの」
「おもしろいでしょ」
「これなら肌から温まるので過度に着こまなくても大丈夫。春夏と同じようなお洒落も楽しめます」
「……凄い。これは服飾業界がひっくり返るぞ。靴下や手袋にすれば寒さで壊死はしなくなる」
「それはもう作ってあるよ!」
「え?」
立珂は自信満々に靴下と手袋を取り出した。
それぞれ生地は違うが、どれも立珂の羽根生地を使っている。愛憐はいち早く手袋をはめると、わあ、と歓喜の声をあげた。
「温かい! すごいわ!」
「他にも襟巻と外套も作ったよ! これは一個しかないから愛憐ちゃんにあげる」
「いいの!? うそ、どれもお洒落じゃない!」
侍女が待ってましたとばかりに襟巻と外套を持って現れた。
愛憐は小走りでそれを受け取りに行くと、いそいそと身にまとう。
それは皇女が着るにふさわしい上品さと豪華さで、とても防寒重視にはみえない。
「温かい! 凄いわ! 羽にくるまれてるみたい!」
「必要な物をお選び頂ければそれを集中的に生産しますよ」
「全て欲しい。種族問わずこの生地で揃えたいくらいだ。これはどのくらい製造可能ですか。費用はどれだけかかっても構わない」
「費用より有翼人がどれだけ協力してくれるかによります。肌着一枚に最低でも羽根五十枚」
「……相当必要ですね。量産は難しいですか」
「いえ、羽根は提供してもらえることになっています。肌着の予定生産枚数は月千枚」
「「「「「え?」」」」」
「かなり多くありませんか」
「これが最低でもっと増えます。蛍宮で人気の劇団が呼び掛けてくれたおかげで国内全土から集まっています」
「全土!? どれだけの人員を動かしたんです!」
「宮廷は何もしていませんよ。立珂殿を愛している劇団が自発的にやってくれているんです」
「みんな優しいの」
立珂一人の羽根では月に肌着一、二枚が限界だ。
しかし羽根肌着を知った迦陵頻伽の面々が自分たちも北国へ行く時に欲しいと言い、蛍宮国内を回る際に呼び掛けてくれているのだ。
おかげで日々『りっかのおみせ』には羽根を提供する有翼人が集まり、その代わりに服を提供している。
「凄い。ぜひ販売をお願いしたい」
「いいえ。販売は致しません。これは物々交換に限らせて頂きます」
「物ですか。明恭からお渡しできるものならばいくらでもご用意します」
「では遠慮なく」
ちらりと護栄を見ると、護栄は何も言わずにこりと微笑んでいる。
薄珂も倣ってにこりと微笑んだ。
「明恭の廃棄物を頂きたい」
しん、と静まり返った。
「……廃棄物、ですか」
「はい。それと交換して頂ければ羽根衣類は全て明恭へお渡しします」
「は、はあ。しかし具体的に何を……?」
薄珂は麗亜から話を聞いて以来、目を付けている物があった。
それは蛍宮では絶対に手に入らず、けれど有翼人には最も必要なものだ。
「氷河です! 明恭が廃棄する氷河を頂きたい!」
「……氷河?」
「待って。あんなの大きいだけで本当にただの氷よ。交換に値する物でなくてはいけないわ」
「俺達にとって氷は価値があるんだ。だって有翼人は」
「そうか! 涼を取るのか!」
答えたのは柳だ。
真剣な顔で肌着を調べるように撫でている。
「明恭では凍死だが蛍宮では発汗が問題。体温を下げる手段が欲しいんだろう」
「その通りです。温暖なこの国で氷は有翼人の生活必需品と言ってもいい。でも蛍宮で氷塊は手に入らないんです」
蛍宮は温暖な国だ。
冬になれば冷え込むが、それでも天然の氷を大量に作ることはほぼ不可能なのだ。
だが輸入できれば氷室で保管することはできる。
「蛍宮からは暖をとるものを。明恭からは涼をとるものを。これを交換させて頂ければと思いますがいかがでしょう」
「護栄殿は如何です」
「問題ありません。これは薄珂に一任しているので」
「……なるほど」
麗亜は苦笑いを浮かべた。
まるで護栄を警戒するのと同じような目つきで薄珂を見て、ふうとため息を吐いている。
「有難うございます。では契約書を用意させましょう」
「それならこちらに」
「え?」
薄珂は書類を数枚取り出した。
そこには今回締結になるであろう事項が記されている。
「……用意していたんですか?」
「麗亜様にお手数をお掛けするわけにはいきませんので」
「これはこれは」
麗亜は何とも言えない複雑な顔をして、契約書に承諾の署名をしようとした。
しかしその時、ぱしっと柳が麗亜の手を掴んだ。
「ちょっと待った」
「何だい」
「契約内容を確認しろ。貸せ」
柳は麗亜から契約書を奪い取るとじっと隅から隅まで目を通していく。
(やっぱりこの人は職人じゃない。商人だ)
恐らく麗亜は以前の護栄同様、子供だと舐めて甘く見るだろうと薄珂は思っていた。
その流れで有利な条件にできればと思い契約書を作ってきている。
しかし、目を通し終わった柳はにやりと笑った。
「これは製造委託契約だな。独占売買契約を別に結ばせてもらいたい」
「え? あ」
言われて、麗亜は慌てて契約書へ目を通した。
契約書には目的ごとに種類があるが、今日薄珂が用意したのは『明恭は肌着の製造を響玄に任せる』という内容の契約書だ。
響玄が明恭に販売するのではなく、明恭のお願いを響玄が聞いてあげる、ということだ。
これなら今後受けるも断るも響玄次第となり、こちらで舵を取れるようになる。
一方柳が言ったのは『この商品は明恭にしか販売しません』という内容の契約だ。
これを締結すると明恭以外に流通させることができなくなり、蛍宮内で需要が出ても販売することができない。それは立珂の希望が通らなくなるということでもある。
全てを明恭に握られるわけにはいかないのだ。
(残念。見逃してくれないか)
薄珂はにこりと笑顔を取り繕った。
「独占契約はお受けできません。ですがご提供数量については契約に条項の追加を検討します」
「具体的な枚数が確約できるのか? 有翼人の好意ありきということは君の努力ではどうにもならないだろう」
「いいえ。確実に入手する方法があるので問題ありません」
「どうやって。片っ端から立珂殿がお願いして回るとでも?」
「違います。これは響玄が既に手段を確立しています」
「何?」
柳は慌てて響玄へ目をやると、響玄はにこりと穏やかに微笑んでいる。
「薄珂の提案は事前に確認しています。私が責任を持てる範囲のことですのでご心配なく」
「蛍宮の流通を握る響玄殿が断言なさいますか。なるほど」
「言ったでしょう。この子を単なる兄馬鹿と思ってると痛い目を見ると」
「……護栄様の欲目かと思っていました」
「私は誰も欲目では見ませんよ」
護栄は眉一つ動かすことは無い。
しれっと、まるでこの契約には興味が無いとでも言いたげに別の書類を見ている。
柳は契約書を麗亜にぽいっと渡す。
「一旦この契約書はお預かりし、修正案をご用意します。締結はその後で」
「もちろんです。お待ちしております」
「では麗亜殿はこのまま輸出入の話に入らせて下さい。響玄殿。殿下を立珂殿と明恭職人の視察へお連れして下さい」
「承知致しました」
全員頭を下げると、天藍と護栄、麗亜を残して部屋を出た。