第三十三話 有翼人の本能

文字数 2,820文字

 美星の活が入ってから数日後、改めて会議が開かれた。
 参加者には浩然が追加されている。これは柳の提案で、数字を管理する第三者の意見も欲しいということだ。
 護栄は美星をちらりと見たが、美星はぎろりと柳を睨みつけていた。
 柳はふうと小さくため息を吐いたが、護栄は表情を変えずに話し始めた。

「五十六家庭の仮住まいから始めます。店や各種施設を仮配置し意見を貰い改善。その後全体を決める」
「住民はどうを選出するんですの?」
「生活保護を受けている有翼人です。有期雇用職員とし給料を支払います」
「無理を押し付けるのではないでしょうね」
「面接をし快諾してくれた者のみにします。面接は響玄殿がなさるので安心なさい」
「ならよろしいですわ」
「今日は店や施設を検討します。進行は柳殿にお願いいたします」

 美星は護栄すらも睨みつけていた。
 元々折り合いは良くないうえ、柳を連れ込んだのだから笑顔を向けてもらえるはずもない。
 しかしその鋭い視線を奪うように、柳はこんっと机を小さく叩いた。

「俺は情報を整理し客観的な意見を出すだけ。決めるのはそっちだ」
「当り前です」

 美星は切り付けるように言い捨てた。
 しかし率直に言えば、感情的な美星の言い様に薄珂は問題を感じている。

(柳さんの協力が得られなくなったら全てやり直しだ。保護区完成が遠のくうえ麗亜様への貸しが増える)

 おそらく、これほどの人物を紹介してもらった時点で貸しになっている。それを暴言で怒らせ帰国させたとなれば貸しどころか謝罪が必要になる。
 気持ちは分かるけど、と小さく息を吐くしかなかった。

「まず理想を明確にする。金も技術も無視していい。有翼人のわがままを聞かせてくれ」

 美星の視線を物ともせず、柳は立珂を見た。

「立珂はどんな所に住みたい?」
「川! 薫衣草畑! 洞窟! 木の家! すっぽんぽんでぎゅってできる外!」
「ふうん。自然が好きなんだな。美星お嬢さんは?」
「……お父様と二人で暮らせるのならどこでも」
「川やらなんやらは?」
「私は外に出たいとは思いません。裸なんてとんでもない」
「まあそうだな」

 浩然はかりかりと記録を取っているが、柳は椅子に背を持たれ優雅に足を組んでいる。
 真面目に考えているとは思えない姿勢で、これがまた美星を苛立たせるようだった。

「じゃあ次。食べ物は何が欲しい? 立珂から」
「腸詰! 水飴! 莉玖堂さん!」
「莉玖堂?」
「一番美味しい腸詰屋さん! 全部手作りなの!」
「手作り。へえ。他に思い浮かぶ店名はあるか?」
「ない」
「いいね。お嬢さんは?」
「特別どうという物はありません。食材の販売さえされていれば」

 へえ、と柳は少しだけ何かを考えていた。
 にやりと笑うと、再び立珂に視線を戻した。

「じゃあ次。今言った物以外で欲しいものは?」
「お洒落! 車椅子! 加密列茶!」
「車椅子がいるのか? 歩けるだろう」
「でも外ずっと歩いてると疲れるの」
「羽重いもんな」
「個人差はありそうだな。で、加密列茶? それは食べ物だろ」
「う? 違うよ。おくすりだよ」
「薬?」

 え、と全員が立珂を振り向いた。これは薄珂も初めて聞いたことだ。

「薬ってのは具合悪くなった時に飲む物だぞ」
「そうだよ。あれは孔雀先生のおくすりだよ」
「その孔雀ってのは誰だ」
「お医者さんだよ。おくすりいっぱい持ってるの」
「お嬢さんも同じか?」
「私は別に。それよりも警備を厚くして頂きたいです。視界に一人は警備員がいるくらいに」

 へえ、と柳はまた少し考え込んだ。
 うんうんと自己完結して、今度は薄珂に視線を移した。

「じゃあ次は周りだ。有翼人保護区を作るために必要な物を三つ、優先順位が高い順に教えてくれ。まず薄珂。人でもいいが立珂は除け」
「立珂と二人でゆっくりする時間。響玄先生。護栄様」
「俺はいらないのか」
「天藍は護栄様がいれば付いてくるもん」
「何でだ! 優先順位おかしいだろ!」

 天藍は机に倒れ込み、悔しそうにどんどんと机を叩いた。
 一方で護栄は自慢げにふふんと笑っているが、柳は構わず視線を次に移した。

「響玄殿は?」
「美星。薄珂。護栄様」
「殿下は」
「黙秘」
「なるほど。護栄様は」
「黙秘で」
「ははは。これは残念」

 最初から回答は期待していなかったのだろう。
 柳はぱんぱんと膝を叩くと、今度は前のめりになって次へ視線を移した。

「じゃあ最後だ。調査が必要だと思うことを各自一つ上げてくれ。浩然殿から」
「え、私?」

 議事録に徹していた浩然は急に話題を振られて背筋を伸ばした。
 けれど考え込むことはなく、すぐに口を開く。

「個室建築費をより多く確保するためのその他予算削減案」
「ほお。それは何故」
「有翼人は人目を避け親しい数名での行動を好むようです。ですが個室の建築費が節約で補填できる額じゃなくてですね……」

 うーん、と浩然は腕を組んで目を宙に泳がせた。
 護栄は助け船も出さずしれっとしている。

「現実的で良いな。後でゆっくり話そう。紅蘭殿は」
「あたしも予算だな。保護区のために瑠璃宮の維持費を削られちゃたまらん」
「響玄殿は?」
「私は……」

 響玄は美星の肩をぎゅっと強く抱きしめた。

「私は羽を失った有翼人の気持ちを知りたい。慌てずしっかりと絆を築きたいと思っている」
「……なるほど。お嬢さんも同じかな」
「はい。そのためにも『天一有翼人店』を大きくする方法を考えたいです」
「『りっかのおみせ』ではなく『天一有翼人店』?」
「はい。『天一有翼人店』は客の七割が人間ですが、ほぼ全てが羽を失った有翼人です」
「そう、なんですか」

 全員が驚いたが、真っ先に口を開いたのは護栄だった。
 珍しく動揺を顕わにしている。

「皆が口を揃えてこう言います。『立珂様が先代皇の時代にいたらよかったのに』と」
「あたしも同意見だ。だがこれは莉雹様にも聞くべきだな」
「莉雹殿? 何故です」

 ここでも護栄は動揺していた。
 動揺というよりも何か焦っているように見える。

「有翼人を守った最大の功労者だからさ。先代皇陛下が有翼人狩りをする時に宮廷は人員を増やした。これを連れて来たのは莉雹だが、これが羽を失った有翼人なのさ」
「……どういうことです」
「簡単な話さ。狩る側になれば狩られない。軽度の罪で投獄もした。冤罪もふっかけた。異なる罪の判決を待つことで命を守ったんだ」
「莉雹殿がそれを率いたと!?」

 護栄はついに立ち上がり、その勢いで椅子は床に倒れ転がった。
 立珂は驚きの余り薄珂にぎゅっとしがみ付く。

「だからあいつは投獄された。それでも首が繋がった理由はお前が一番よく知ってるな」
「っ……」
「政治に偶然なんざ無いんだよ、青二才」

 護栄はぎりぎりと拳を握りしめ、唇をきつく噛みしめていた。
 誰も声を掛ける事はできずにいる中で、天藍だけがぽんぽんと護栄の肩を叩いて落ち着かせている。
 その様子には薄珂など到底割って入ることのできない絆を感じさせた。
 それが羨ましくもあり、恐ろしくもあった。
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