第二十一話 稜翠惨敗

文字数 1,998文字

 護栄は皇太子天藍に対する無礼な態度や、身の程知らずに挑んで来る口先ばかり達者な権力者の相手をするのが一番嫌いだ。
 だが今日はそんな愚かな相手に時間を割かなくてはならない。
 天藍と共に客間へ行くと、重い足取りで扉を開ける。するとそこには有翼人の女が座っていた。女は天藍の顔を見て勢いよく立ち上がった。

「天藍様! ご機嫌う」
「稜翠殿。殿下から許すとお声掛けあるまで頭を上げてはならないと指導があったはずですよ。気安く御名を口にしてもいけません。殿下、と」
「あ……」

 稜翠は護栄に弾かれ、すごすごと引き下がり腕を組んで頭を下げた。
 しかし天藍は許すとは言わず、稜翠に頭を下げさせたまま椅子に座った。面倒くさそうに足を組み、護栄は手元の書類をぺらりと捲る。

「結婚すれば金と有翼人の知識を提供するということでしたね」
「はい。有翼人の生活は人とは異なるもの。その経験全てをご提供いたします。また、可能な限り全ての羽根を納めさせて頂きます」
「金銭の授受は違法ですので却下です。経験は国民に聞くので不要。羽根は具体的に何枚です? 質は? 質を保つ術は? 保てなかった場合の補填は?」
「……え、あ、あの、ですので、可能な限り」
「誰が頭を上げていいと言いました」

 稜翠は護栄の言葉に疑問を持ったのか目を細めていた。
 けれどそれとは関係無く、礼儀を弁えないことに護栄は大きくため息を吐く。

「数が不明では商談になりません。具多的な枚数の提示を」
「羽はこころそのもの。数で測れるものではございません」
「測れますよ。実際それを数字として提出した商人がいます」
「……薄珂という子供ですか」
「商人です。彼は質を保ち毎回決まった枚数を納品してますよ。過去の取引を三十日を区切りでは?」
「時価で一枚あたり下は銅二十、上は銀一。枚数は……百五十前後かと……」
「多く見積もっても金二枚ですか。話になりませんね」
「恐れながら。質を常に銅二十へ保つのは至難の業。銀一ともなれば私共以外では叶わないでしょう」
「はあ。薄珂殿は下が銀一枚、上は銀十ですけどね」
「……は?」

 護栄は呆れ果て、持っていた書類を放り出した。
 しかし稜翠は価格に疑念を持ったのか、眉間に深く皴を刻んだ顔を見せてきた。

「誰が頭を上げて良いと言いました」
「そ、そんな、まさか、ありえません。騙されておいでなのです」
「頭を下げなさい! 殿下のお許しがあるまで姿勢を崩してはならない!」
「……申し訳ございません」

 はあ、と護栄は露骨なため息を吐き、手元の箱から装飾品を取り出した。立珂の羽根を使った、来賓にしか提供しない髪飾りだ。
 稜翠の視界にも入るよう、顔の下へ置いて見せる。

「我が国最高峰の羽根飾りです」
「……羽が純白になることはございません。加工品でしょう」
「背にこの羽が生えている姿を殿下も私もこの目で見ています。薄珂殿はこれを納品し、三十日を区切りとして金額にすれば金三百」
「金三百!?」
「何度言ったら分かるんです。頭を下げなさい!」

 金額に驚き稜翠は勢いよく身を起こした。護栄に怒鳴りつけられたが、しかし立珂の羽根飾りを凝視し身体は固まってしまっている。
 護栄は大きなため息を吐き、座るようにもう一度声を上げた。
 稜翠はゆっくりと頭を下げ始めたが、視線は立珂の羽根に釘付けだ。

「下が銀一枚といっても、それは契約の話。実際に銀一を出したことはありません。毎回必ず銀五枚相当の質」
「……これが銀五枚の羽根……」
「いいえ。それは傷んでいるから無料で良いと下さった物です。ほら、質が悪いでしょう」
「これが!?」
「そうです。この美しさも蛍宮では銀一枚に満たない。我が国は既に他国とは基準が違う」

 護栄は立珂の羽根飾りを手元に引き戻した。しかし稜翠の目はしまわれた箱を追い、ぶるぶると唇を震えさせている。

「羽根の納品は却下。商談は不成立といたします。他に話はありますか」
「……ございません」
「では当初の契約通り十日以内に離宮からお引上げください。それ以降は一泊金五の宿泊費を頂戴します」
「な!?」
「おや。払えませんか? 明恭の愛憐姫はそんなはした金では皇女の面目が立たないと金二十をお支払い下さいましたよ」

 つまり、一泊金五に驚く程度の財しかないのなら魅力は無いと突きつけたのだ。
 稜翠はぐっと唇を噛んだ。けれど構わず護栄と天藍は立ち上がり部屋を出た。

 そして少し歩き部屋から距離ができると、天藍にぺんっと額を叩かれた。

「やりすぎだ」
「これくらいでちょうど良いのです。それに今は余計なことに時間を割く余裕はありません。あの子(・・・)にも準備してもらわなくては」
「本当にやるのか」
「これ以上の適任はおりませんよ」

 天藍はぐっと拳を強く握った。何かを決意したような険しい顔をしている。
 皇太子とは思えない苛立ちの表情に、護栄は天藍の震える拳をぽんっと軽く叩いて執務室を後にした。
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