第二十三話　最強

　天藍と薄珂が部屋を出ると、白那にはここで待機するよう告げて孔雀だけは付いて来た。天藍は裏道のような細い通路を抜け、外へ出ると林に囲まれていた。それも慣れた足取りで進んでいくと大きな壁に突き当たってしまった。しかしそこには小さな鉄扉が付いていた。薄珂は問題無く通り抜けられるが、大人は屈んで身体を横にしなければ通れないだろう。
「着いたぞ。あそこだ」
　天藍が指差した先は断崖絶壁にぽっかりと空いた穴だった。その周辺には見回りなのか、野生ではありえない大きさの鷹が五羽も飛び交っている。
「鳥獣人だね」
「少なくともあいつらは落とす必要がある。中には自警団も全員いるだろうし、それも捕まえる必要がある」
「鳥獣人は俺がやるから自警団は天藍がどうにかしてよ」
「どうにかって簡単に言うなよ」
「簡単だよ。そのためにあの人がいるんじゃないの？」
「あ？」
　薄珂はくるりと振り向くと林の中にこっそりと隠れる男がいた。兵のような堅苦しい服ではない軽装で、屈強な肉体であることは一目で分かる。ぱちりと目が合うと男はしまった、という顔をしてささっと身を隠したがもう遅い。
「よく気付いたな。あれでも特技尾行なんだが」
「森育ちは気配に敏感なんだ。それに国の偉い人は親衛隊っていうのがいるんでしょ？　皇太子が一人で歩くわけない」
「そうだが、何でそんなこと知ってるんだ」
「公吠伝に書いてあった。それで、できるの？」
「……玲章（れいしょう）、来い」
　はあとため息を吐くと、天藍は隠れていた男を呼び寄せた。男は全く悪びれずわははと笑っている。
「見つかっちまったな」
「森育ちには注意が必要だな。それでだ。連中を抑えられるか？　立珂は慶真が連れて逃げる」
「問題無い。あの狭さと地盤の緩さじゃ象獣人の力は使えないし、奴は軍事訓練も積んでない素人。俺の相手じゃないな」
「あなたは人間？」
「軍人は簡単に正体を明かしはしない。だがこの程度は問題無い」
「けど降りれるの？　崖だよ」
「天藍に抱えて降りてもらう。結構強い兎だぞこいつは」
「そう？　里に来た時は小さい崖で怪我してたよ」
「あれはわざとだ。自然に侵入する理由が欲しかった」
「ああ、そっか」
「それはいい。俺は玲章を穴に放り込む。その間にお前は鳥獣人をやれ」
「分か」
「待って下さい！　薄珂君は人間の子供！　何をさせる気です！」
　薄珂達は淡々と作戦を立てたが、ぐいっと薄珂を抱き寄せたのは孔雀だった。わなわなと震え天藍と玲章を憎々しげに睨んでいる。その全身から薄珂を守ろうとする意志が伝わって来る。
「……そっか。先生は知らないんだね」
「何をです」
　孔雀は焦ったような表情でしっかりと薄珂を抱きしめた。細腕だけれど力強く、とても暖かい。薄珂は震える孔雀を支えるようにぎゅっと抱き返した。
「先生。俺も一つ嘘を吐いてたんだ」
「嘘？」
「おばさんの言った通りだよ。金剛の狙いは立珂じゃない。立珂は俺の人質なんだ」
「は、薄珂、君の？」
　薄珂はするりと孔雀の腕を抜けると袍を脱いだ。立珂が作ってくれたお揃いの袍は薄珂の宝物の一つになった。これから起こることから守るため、茂みの奥にしまい込んだ。
　そして薄珂は両手を広げた。獣化し羽になる両手を大きく広げると、おお、と玲章が嬉しそうな声を上げた。
「伝説をこの目で拝める日が来るとはな」
「……伝説？」
　孔雀は玲章の言葉で悟ったのか、はっと目を見開き後ずさった。ただ驚愕しただけなのか恐ろしいのかは分からない。けれど孔雀はまだ薄珂を守ろうと手を伸ばしてくれている。出会いから今この瞬間まで孔雀はずっと薄珂と立珂を守り続けてくれていた。
　薄珂は以前天藍が語った公佗児への評価を思い出した。
（巨大な羽で空を割き神速で駆け抜ける。鋭い爪は岩をも切り裂き大きな嘴で万物を食いつくす）
　薄珂にはそんなつもりはない。そんな評価をされる獣種であったことも知りはしない。けれど立珂を守る役に立つ力だということだけは分かっている。
「鳥獣人最強の力を見せてやる」
　薄珂は震える孔雀に背を向け、その姿を公佗児に変えた。