第五話 認められた立珂

文字数 3,800文字

 展示会は立珂の挨拶から始まる。
 そしてこれが立珂の試練の始まりだ。

「最初のあいさつは薄珂と一緒にやる!」

 展示会の挨拶はどうしようかと話し合ったが、立珂はいつも通り薄珂と一緒が良いと言った。
 いつもの薄珂ならよしよしと頭を撫でて受け入れただろう。
 しかし今回は違う。

「駄目だ。立珂一人でやるんだ」
「んにゃっ!? なんで!?」
「みんなは立珂に会いに来てくれるんだ。俺は邪魔なんだよ」
「邪魔じゃない! おみせ作ってくれたのは薄珂だもん!」
「立珂。街で声かけてくれるのは立珂が同じ有翼人で安心できるからだ。大事なのはみんなが安心することだ」
「んにゃ……」
「俺より有翼人の服を知ってもらわなきゃ。だから今回は立珂が一人で挨拶しよう」
「……うん。分かった」

 渋々ではあったが立珂は挨拶の練習をし、女の人にはどういう伝え方が良いかを美星にも相談をしていた。
 今まで何かを一人でやったことのない立珂にとっては大きな挑戦でもある。

(がんばれ、立珂)

 歩く立珂はどこかぎくしゃくしていて緊張しているのが伝わってくる。
 人の多さにびくついているが、舞台中央に立った立珂はぴしっと背筋を伸ばして前を向いた。

「こんにちは! 『りっかのおみせ』の立珂です! 僕の服は汗疹にならないし羽もこちょこちょしない! 種類もあるからお洒落ができる! きっと毎日楽しくなるからいっぱい見て行ってね!」

 わあっと客席からは拍手が巻き起こった。
 頑張る姿への応援と、何より着ている服がお洒落だと褒め称える声が早くも沸き立った。
 その声が聴こえているかどうかは分からないが、立珂は舞台袖に戻った途端薄珂に飛びついた。

「薄珂! ごあいさつできたよ!」
「見てた! かっこよかったぞ!」
「んふふ。薄珂みたいだったでしょ?」

 大任を果たした立珂はすっかり力が抜けたのか、きゃあきゃあと薄珂にじゃれついた。
 だが立珂の仕事はこれで終わりではない。

「じゃあ次の服に着替えてこい。もっと見てもらわなきゃな!」
「はあい!」

 立珂は着替え部屋に飛び込んだ。今日は着替えも薄珂の手を離れ一人でやると決めたのだ。
 立珂の世話をやくのが生きがいの薄珂にとっては悲しくも辛い修行だが、今回は見守るだけにしなくてはと拳を震わせた。
 一方、舞台上ではどんどん進行されていく。

「本日は新作から既存の品まで、時間の許す限りご紹介してまいります。舞台で披露いたしますのは『りっかのおみせ』の立珂、そして劇団『迦陵頻伽』の役者でございます」

 舞台上の進行をするのは美星だ。
 当初は薄珂がやるという話もあったのだが「お洒落心のない薄珂様には任せられません」と一刀両断されその座を奪われた。

(けど美星さんで正解だ。宮廷侍女だけあって品の良さもある)

 美星は薄珂と立珂が宮廷にいた頃からの付き合いだ。
 宮廷侍女は一般女性の憧れでもあるため、美星も『りっかのおみせ』の看板になっている。
 客席には美星を見つめる少女も多く、薄珂ではこうはならなかっただろう。

「それでは新作からご紹介いたします。こちらは部品を着脱することで真夏から秋前までお楽しみいただけます。部品は既製品がございますが、ご希望に応じてお作りもしております」

 美星の案内で、立珂の服を着た迦陵頻伽の団員が舞台に登場した。
 それも歩くだけでなく、軽やかな足取りで舞うように服を披露し、まるで服が生きているかのようだ。
 この演出は薄珂の提案だった。

「踊って欲しい? けど服が分かりにくくならない?」
「服は会場内にも並べるよ。舞台ではどれだけ自由度の高い服か見せたいんだ」
「ああ、なるほど。お洒落だけじゃないってとこを見せるんだね」
「うん。あと生地も。今回は色々使ってるんだ。きらきらするのとか地模様が派手なのとか」
「それ思った! 装飾品付けなくてもお洒落なのよこれ!」
「そういう生地の多さもうちの武器だ。お客さんも生地に興味を持つようになってほしい」
「客の目を肥えさせるってわけだね。なるほど」
「劇団専用としても恥ずかしくない服を作ったつもりだよ。これで舞台を彩って!」
「任せてちょうだい。それが私らの仕事よ」

 いくら良い品であっても、そこにあるだけでは価値がない。
 誰かに必要とされて流通し始めて商品としての価値ができる。だが日々を生きるのが精いっぱいな有翼人に生地の素晴らしさを知ってもらうのは難しい。
 けれど舞台上で団員が魅せてくれれば言葉で説明する必要もない。

(利便性の先にあるお洒落こそ立珂の目的。そこを見せるんだ)

 劇団には老若男女多くの演者がいる。
 蓮花を筆頭に女性はもちろん、男性も多い。子供も大人も、誰でも着れる服が揃っていて、誰でもお洒落ができるというのを知らしめるには服の種類も必要だ。

「新作です。こちらは特に日差が強い日のために作っております。着たまま取り外せる肌着が特徴となっております」

 舞台中央に躍り出たのは立珂だ。
 立珂の服を演者の一人がつまみ、数個釦に手をかけると同時に服の端を引くとするりと立珂の着ていた肌着が脱げた。
 これは汗疹対策の一つだ。汗をかいたら肌着を取り替えたいが、有翼人はこの頻度が高い。
 立珂も外で着替えをしたがるが、やたらと裸になることもできない。
 ならば脱がずとも肌着を変えられるようにすればいい――という発想から生まれたのがこの服だった。
 取り外せば新しい肌着を取り付けるのも簡単で、それを舞いながら美しく見せてくれるので客席からは様々な声があがっていた。

「新作です。こちらは日差しは無いけれど蒸し暑い日のために作っております。吸汗性を重視しておりますため生地はお選びいただけませんが、何よりも過ごしやすさを大切にしております」

 これも立珂が困っていたことを解消するために作った服だ。
 お洒落は大事だがそれを気にしていられないほど暑い日もある。特に温暖な蛍宮の夏は、ひんやりとした森育ちの薄珂と立珂には灼熱のようだった。
 なら汗を吸ってくれる生地で作れば違うのではないか――ということで作ったのだ。
 こういった種類の豊富さは個々の悩みに寄り添うことにもなり、それがまた客の心を掴んでいく。

「以上が新作でございます。この後は会場内を自由にご覧下さい。ご購入をご希望のお客様はお近くの販売員にお声掛け下さい。立珂と『迦陵頻伽』の役者は会場内を回らせて頂きますのでぜひお声掛け下さい」

 美星がぺこりと頭を下げ舞台袖に引っ込むと、わあっと客は商品だなに集まった。
 迦陵頻伽目当ての客はそれと同じ商品に集まるが、負けじと販売中の既存商品にも集まっていく。

「立珂。準備できたか?」
「うん! 肌着お着替えできるやつだよね!」
「ああ。これは目の前で見せた方が良いからな」

 立珂の服は工夫が多いだけに、ぱっと理解させるのが難しいという難点もある。
 これは店内でも説明が必要になることもある。こればかりは実演するのが早い。
 立珂はお気に入りの向日葵色を着て、薄珂は着替え用の肌着を手に持ち会場へ出た。すると――

「立珂ちゃんよ!」
「出てきたわよ! さっきの着てるわ!」
「んにゃっ!?」
「うわっ」

 立珂が姿を現した瞬間に客がどどっと押し寄せた。
 思わず立珂は薄珂に飛びつき、薄珂は立珂を抱き上げた。
 今日は立珂が一人で頑張る日だったが、そんなことは言っていられない勢いだ。

「立珂ちゃん! 凄くよかったわよ!」
「生地見せて! 何その生地! すっごい綺麗!」
「それさっきのよね! どうしてそのまま脱げるの?」
「あ、う、うん、これね」

 立珂はびくびくしながらも薄珂から降りると、ごそごそと肩の釦に手を懸けた。
 いつもは薄珂がやってやるが、今日は立珂一人でやると決めた。

「肩と脇の釦で肌着がくっついてるの。だからこの釦外すと肌着だけ脱げるんだ」
「あ、ほんと。他は飾り釦なんだ」
「いいね。これなら肌着気にしてるなんて思わないよ」
「新しいのも着たまま付けられるの。下から肌着入れて肩で止めて、そしたら脇を止める」
「お着替え完了だわ。すごい」
「いいなー。立珂ちゃんの服は便利でお洒落なのがいい」
「劇団も使うくらいだし『瑠璃宮』でも売れそう。あっちには持って行かないの?」
「う? 瑠璃宮ってなあに?」
「宮廷直営の百貨店だよ。入れるのは宮廷職員とお金持ちだけ!」
「入店審査受けるのに紹介が必要なのよ。一般人お断り」
「そんなのあるんだ。初めて聞いた」
「いいなー! 見たい!」
「頼めば入れてくれるんじゃない? なんたって立珂ちゃんだもの!」

 あっという間に立珂の周りは人だかりになった。
 舞台ではまだまだ演者が演舞を披露してくれていて、そちらに負けじと人が集まっている。
 立珂も楽しそうで、嬉々としてお洒落について語り合っている。これこそ薄珂が立珂に与えてやりたかった趣味の充実による幸せだ。
 しかし薄珂は別の事も気になっていた。

(瑠璃宮ってどこにあるんだろう。かなり特別な場所みたいだけど)

 立珂が楽しめる時間はもっともっと増やしていきたい。
 そのためには今の『りっかのおみせ』ではことたりない。
 この展示会で客は増えただろうが、それでも『りっかのおみせ』に入れる人数は多くないし在庫にも限りがある。
 客の母数が増えたのなら、次にやることは一つだ。
 薄珂はにやりと笑い宮廷を見た。

「利用させてもらうよ、皇太子殿下」
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