第二十二話 仲直り

文字数 4,556文字

 蛍宮皇太子の生誕祭が十日後に迫り、急遽招待された明恭国一行は慌ただしく蛍宮入りした。
 麗亜は護栄と笑い合えるほどには気持ちが軽くなっていたが、父と妹は気を張っているのか表情は硬く口数も少ない。
 本来なら両国は対等な立場として机を囲むが、明恭国皇王は叩頭することを望んだため謁見をする形となった。
 玉座に座る皇太子の横には被害者である立珂もいるが、相変わらず兄の脚の間に座り抱っこされている。父と妹は目を白黒させていて、その心境が分かる麗亜はおそらく無意味な叩頭をしながらこっそり笑う。
 まるでふざけているようにしか見えない兄弟に叩頭しながら、がちがちに固まった愛憐は震えながら挨拶を始めた。

「皇太子殿下、並びに立珂様。罪を重ねた私をお許し下さりまことに有難うございます。今後は心を入れ替え」
「あー! 髪飾り使ってくれたの!?」
「は――」

 挨拶の意味が分かっているのかいないのか、立珂はぴょんっと飛び上がりとてとてと鈍い足取りで愛憐に歩み寄った。
 立珂は愛憐の腕を引いて顔を上げさせ、それを見た父は驚いて小さく唸り立珂へ叩頭した。おそらく許してくれた表明と受け取ったのだろうが、麗亜はこれが何の計算も無いことが分かっている。
 それに後ろで護栄がにこにことしているのを見る限り、これも彼の演出の一つなのだろう。ならば邪魔することは許されない。麗亜もただにこにこと微笑んだ。

「お姫様の髪黒くて真っ直ぐだから大きいふわふわが目立っていいと思ったの! どうどう!?」
「大きすぎないか?」
「天藍はお洒落が分かってないよ。これくらいがいいよね」
「え、ええ。立珂様の羽根は大きさを活かした飾りにしてこそ最も魅力を引き出せて」
「だよね! ほら!」

 立珂はきゃあきゃあとはしゃぎ、髪飾りの制作秘話を語り出した。怒り罰せられることを覚悟していた愛憐は、どうしていいか分からないようでおろおろしていた。さすがに助け船が必要だろうと思ったが、割って入ったのは弟を溺愛する兄だった。

「こら、立珂。遊ぶ前にすることあるだろ」
「あ、そうだった」

 弟は兄に抱きしめられながら姿勢を正し、混乱している愛憐にぺこんと頭を下げた。

「この前はごめんなさい」
「な、なぜ、何故あなたが謝るの。私は罪を犯したのだから罰がなくてはいけないのに」
「罪? 罪ってなあに?」
「私はあなたに怪我をさせたわ」
「うん。それはもう治ったよ。だから遊ぼうよ」
「でも、罰が必要でしょう」
「……お姫様も難しいお話するんだねえ。喧嘩したらごめんなさいすればいいんだよ」
「喧嘩なんて、そんな可愛い物ではないじゃない」
「そうなの? じゃあお姫様の気が晴れるようにしよう。それで早く遊ぼう」
「あ、あそ、あそぶ、って」

 立珂は遊んでくれないことを不満に思ったのか、ぷうっと頬を膨らませた。
 蛍宮の面々は耐えきれずくすくすと笑いを零し始めた。見れば侍女は服をたくさん持っていて、既に遊ぶ準備は整っているようだ。
 麗亜もつい笑ってしまい、護栄と目が合うと小さく頷いてくれた。彼の筋書きは完了したのだろう。麗亜は薄珂が弟にするのと同じように、困り果てている妹の肩を抱いた。

「立珂殿。愛憐もお洒落が好きなんですよ」
「本当!? 僕もだよ! これみんなが作ってくれたんだ! いいでしょう!」
「侍女のみなさまがお持ちの服もですよね」
「そうだよ! ねえ、お姫様は何色がすき? 僕は青が一番似合うんだけど顔色が悪く見えるから黄色を着るよ」

 立珂がはしゃぎ始めたと同時に侍女がさささっと傍にやって来た。手に持っている服を広げて見せると、立珂はそれぞれの服のどこが好きなのか、作ってくれた侍女を紹介し始めた。
 けれど愛憐はまだついていけないようで困惑して麗亜に助けてくれと目線を寄越す。

「立珂殿。遊ぶ前にきちんとごめんなさいをさせて下さい。よろしいでしょうか」
「あ、そうだった。うん、いいよ」
「有難う御座います。さあ、愛憐」
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「もういいよ。僕も怒鳴ってごめんね」

 弟は抱きしめてくれる兄に身を預け、頭を撫でられて嬉しそうにくふふと頬を緩ませた。
 麗亜はそれを見習い愛憐を抱きしめ頭を撫でる。

「よくできたな。偉いぞ、愛憐」
「お、お兄様。恥ずかしいですわ」
「恥ずかしくないよ。僕薄珂に頭撫でてもらうの大好き」
「ああ。偉いぞ、立珂。ちゃんとごめんなさいできて偉いな」
「えへへ」

 いつも通り兄弟は幸せそうだった。
 そして少し前の自分と同じように、その光景に驚いて固まっているだけの父親が急に恥ずかしく思えた。
 護栄はするりとその微笑ましい光景に入り込み、ぽんっと立珂の頭を撫でる。

「立珂殿。あとは私達で話をするので遊びに行っていいですよ」
「ほんと!? やったあ! 慶都ももう帰って来るんだ! 愛憐ちゃん行こう!」
「愛憐『ちゃん』?」
「立珂。友達でもお姫様なんだから気安く呼んじゃ駄目だ」

 友達ですと、と思わず声に出したのは未だに娘を罪人呼ばわりして取り消していない父親の方だった。
 そして何を思ったのか、友となった子供たちの輪に入ろうとしたので麗亜はその手を掴んで引き留めた。麗亜がそんな行動に出ると思っていなかったのか、父親は眉を顰めるばかりだ。
 けれどその娘は全て理解したのか、涙目になりながらにこりと微笑んだ。

「いいえ、嬉しいわ。私も立珂って呼んでいい?」
「もちろんいいよ! ねえ、愛憐ちゃん薫衣草すき?」
「香りのするお花よね。ちゃんと見たことは無いわ」
「じゃあ見よう! お花畑があるんだよ!」

 そして、子供達は大人が何を考えているか知らずはしゃぎながら謁見の間をどたばたと出て行った。
 その場の全員がはははと声を上げて笑ったが、やはり愛憐の父だけは大慌てで叩頭した。

「申し訳ございません! 皇女の無礼な振る舞いをお許しください!」
「いえ、あれは立珂が遊びたいだけなのでお気になさらず」
「姫の一件は麗亜殿と話がついています。今回はただ生誕祭をお楽しみ頂ければそれで良いですよ」
「しかし……」
「そこまで気に病まれるのであればひとつ助けては頂けませんか。それで手打ちとしましょう」
「はい! なんなりと!」

 げ、と麗亜は心の中で父の皇王としての矜持に舌打ちをした。
 護栄がここぞとばかりに目を輝かせ前に出て来た。だがこれも弟を溺愛するあの兄に窘められたことと同じだ。ああ、と麗亜は笑顔の裏で諦めのため息を吐いた。

「羽根商品を拡大したいのですが、温暖な蛍宮は防寒具の知識に乏しいのです。そこで蛍宮の数名を明恭で生活させ、民に必要な物を検討したいと思っています。これにあたり宮廷の若者を陛下のお手元に置いてはいただけませんか。ご助力頂けるのであれば今後羽根を大目にご提供いたします」
「おお、それは素晴らしい!」

 何が素晴らしいんだ、と麗亜は父の羽根へ盲目さに呆れた。
 護栄がぺらぺらと軽快に話すなど、事前に用意した原稿であることは明らかだ。大体、言っている内容がぼんやりとしている。
 なぜ若者限定なのか、羽根を「大目に」とは具体的にどれくらいの数量なのか、完成した商品は優先的に提供してもらえるのかも分からない。全ての条件確認してから承諾すべきであることくらい、免罪と羽根に目が眩んでいる父親も気付くだろうと思ったが――

「では大使館を設けましょう! そこを拠点にすれば良い!」
「なんと、そこまでして下さいますか。どうだ護栄」
「有難いご提案です。これを生誕祭で宣言すれば国民にも明恭の誠意が伝わるでしょう」
「そうだな。これは良い生誕祭になりそうだ」

 大使館と聞いて麗亜は、馬鹿か、と言いたくなったがその気持ちを押さえなんとか溜め息も呑み込んだ。
 護栄の笑顔がさらに輝きを増しているのが憎らしい。

「ではごゆるりとお過ごしください。愛憐姫をお叱りにならないよう」
「離宮をご用意しています。何かあれば侍女にお申し付けください」

 こうして今まで通りに来賓として離宮に入らせてもらいなんとか落ち着いた。
 父親がわははと豪快に笑い出し、麗亜はようやくしっかりとため息を吐けた。

「なんと良い着地だ! 愛憐の愚行が好転した!」

 ここが蛍宮でなければ、何が好転だ、と叫んでいるところだ。
 麗亜しにてみれば好転などしていない。結果だけ見れば契約条件が悪くなり、そのうえ大使館なんて明恭の一角を取られたようなものだ。
 交流が深まると言えばそうだろうが、護栄が生活を知るだけで終わらせるとは思えない。けれど父親は相も変わらずわはははと笑っている。
 はあ、と麗亜はもう一度ため息を吐いて寝台にごろりと転がった。

*

 麗亜の不安など誰が汲み取ってくれるわけも無く、全員が気分上々で生誕祭が始まった。

 街では生誕祭の二日前から祭りが開かれていた。
 人間も獣人も有翼人の全種族がまじりあい屋台や櫓を出し、舞台では歌と踊りで賑わっている。それは全種族平等を謳う皇太子の想いが実現しているようだった。
 生誕祭当日になると、広場の檀上に皇太子が立ち国民はその挨拶を聞いていた。その後ろに明恭の一行は控えている。

「今日は明恭国の皇王陛下と第一皇子、第一皇女が祝いに駆けつけてくれた」
「明恭国皇王公吠と申します。有翼人の皆様の羽根がなくては越冬できない我らに天藍様は手厚い支援を下さった。ならば明恭は天藍様の掲げる種族平等に及ばずながら助力を申し上げたいと思っております」

 挨拶をした父は、麗亜と愛憐にも前へ出るよう促した。
 だが愛憐は震えていた。いくら立珂に許されたとはいえ、国民がどう思っているかは分からない。
 麗亜はそっと愛憐の肩を抱いてやると、ようやく一歩前へと踏み出す。

「明恭国第一皇子麗亜と申します。今後とも何卒宜しくお願い致します」
「……明恭国第一皇女愛憐と申します。先日は立珂様へ多大なるご迷惑をお掛け致しましたが、広いお心でお許しくださいました。今後は皆様の生活向上に尽くしてまいります」

 愛憐の挨拶に国民はみなざわざわしたが、最前列に席を用意されていた立珂が、愛憐ちゃん、と声を上げて両手を大きく振った。その声は広場に響き渡り、兄に静かにするように注意されている姿に回りから笑いが上がる。
 僕のお友達なんだよ、と嬉しそうな立珂の笑顔に愛憐はぐすっと涙を浮かべた。

「さらなる交流のため明恭に大使館を設置することとなった。これには護栄直々に教育をした者で使節団を作り派遣する」

 その言葉と同時に護栄が複数名の若者を引き連れて前に出て来た。全員が少年だったが特に名のある者ではないようだった。
 しかし麗亜はその顔ぶれに見覚えがあった。宮廷で下働きをしていた少年たちだ。彼らは愛憐が少年狂いの皇太子が囲っている少年たちでもある。
 にこにこと晴れやかな顔をする護栄に、麗亜はこそりと耳打ちした。

「今度も天藍殿は才ある少年を見つけてきましたか」
「ええ。勉学のみならず肉体労働もこなす、心身ともに優秀な子ばかりです」
「人を狂わす少年はいそうですか?」
「そうなってくれるといいのですが」

 麗亜はからかうつもりで言ったが、護栄がこれしきのことで表情を崩すわけもなかった。
 そうして生誕祭は終わり、蛍宮の国民も明恭の名を受け入れた。

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