第八話 立珂の新店舗『天一有翼人店』開店

文字数 2,680文字

 瑠璃宮は蛍宮で最も美しい場所と言われていた。
 朱塗りの柱に黄金と漆黒の装飾が輝く荘厳な建物が大きな池の中央に浮いている。
 池の周囲は終わりを目前にした赤い葉で埋め尽くされ、鏡のごとく景色を映す水面も紅く染まった。
 自然の美しさに彩られた建物の中に入ると、相反して宝石や金銀の装飾で目を開けていられないほど華美だった。先代皇の威光が残る場所は華美であることが多い。

 そんな中で森育ちの薄珂と立珂は酷く緊張しているが、紅蘭はふああと欠伸をしていた。
 今日は『天一有翼人店』の開店日である。
 『りっかのおみせ』は手伝いに名乗りを上げてくれた侍女に任せ、瑠璃宮で開店に臨むこととなった。
 響玄にも来て欲しいと頼んだのだが「護栄様とやりあったのだからそれくらい一人で大丈夫だ」と背を押されてしまった。

(慣れてる護栄様相手とはわけが違うよ……)

 護栄はなんだかんだこちらに配慮してくれる。
 そんな護栄と、立珂に興味のないその他大勢を相手にするのは土俵が違うのだ。
 焦りでぐっと唇を噛んだが、おい、と紅蘭に肩を叩かれる。

「しゃんとしな。あたしに食いついた度胸はどこいったんだ」
「食いついてなんてないよ……こういう場所は初めてなんだ」
「そんなこと言ってらんないよ。何しろもう『天一』の看板を掲げちまったんだからね」

 見上げると、そこには木製の大きな看板が掲げられていた。
 表面は艶やかで一枚板。美しい書体で立珂の名が刻み込まれていた。

「まさか有翼人保護区の看板と同じ素材で作るとはね」
「保護区は響玄先生が区長だし、分かりやすいでしょ」
「……お前はさらっと恐ろしいことを言う子だね」
「なにが? だって少しでも入りやすくしたいんだ」

 誰もが身近に感じられるよう質素な作りにしている『りっかのおみせ』に対して、入ることが躊躇われるのが瑠璃宮だ。
 実際立ち入るには審査があり、出店している店によってはそこでも審査がある。
 高級な商品を出せれば良いと思っていたけれど、薄珂の想像を超えていて不安が掻き立てられた。

(有翼人の生活向上は興味無い人の方が多い。獣人優位の考えがなくなったわけじゃないし、これは思ってたより厳しいかもしれない)

 立珂の理念である『有翼人のため』は需要が低い。
 何しろ、天藍が掲げている『全種族平等』はあくまでも推進中であり、実現されたわけではない。先代皇派との対立が続いているのがその証拠だ。街中に有翼人を前提にした商品だって流通しない。
 けれど立珂はいつもは着ないお洒落着を身にまとい、高級な看板に目を輝かせている。

「全然違うおみせみたいだね」
「けど立珂のお店だ。立珂のお洒落が詰まった店」

 利便性と低価格の『りっかのおみせ』と、お洒落で高価格の『天一』という店。
 一見すれば真逆の商品だがどちらも立珂の理念だ。この店から始まる新たな未来に期待をしているのだろう。
 それを叶えてやれるのか、薄珂の胸に不安が広がっていく。
 しかしその時、どんっと紅蘭に背を叩かれ耳元でささやかれた。

「暗い顔すんじゃないよ。言ったろ。自分の選択を信じろ」
「……うん」

 今日を迎えるにあたり、紅蘭とはいくつかの話をした。
 それは初対面の後のことだ。天藍の提案で瑠璃宮を見に行くことになったのだ。
 外観だけでも美しいが、中に入って飛び込んできた装飾に立珂はぴょんと飛び上がった。
 一面黄色で、立珂の大好きな色だ。

「すてき~!!」
「そうだろうそうだろう。お前は見る目がある」
「全部色を合わせてるんだね! 冬になったら色変えたいな。青か、それとも白に銀糸かな。雪に合うよね」
「おお! そうだよ! 季節ごとに内装を変えるんだ!」
「生地もいろんなの使ってるんだね。冬は重たい、ぬくぬくした見た目の起毛生地が良い」
「いいじゃないか。そうだよ。お洒落は服だけじゃないのさ。ここはそういう場所」
「うんうん。とっても素敵!」

 立珂がきゃあきゃあとはしゃぐと、嬉しそうに紅蘭は内装の説明をし始めた。
 嬉しそうな立珂の姿に幸せを感じるが、薄珂は別の意味で内装が気になった。
 内装や装飾に用いられてる生地にはいくつか見覚えのあるものがあるのだ。

「いつもくれる廃材ってここの?」
「そうですよ。何せこの広さなので廃棄にお金がかかるんです」
「季節ごとに変える必要ある? お金無駄な気がするよ」
「そうなんですよ。けど」
「だめだよ! お洒落にむだなんてないの!」
「そうだそうだ! そんなだから宮廷の福利厚生がいまいちなんだぞ護栄!」
「……ということで」
「なるほど」

 薄珂は立珂がお洒落を楽しむことに幸せを感じるが、お洒落自体は未だによく分からない。
 自分が着飾るよりも立珂が着飾り笑顔を見せてくれることが大事なのだ。
 そういうものかな、と薄珂は首を傾げて内装を見渡すが、紅蘭がこんっと小突いてきた。

「しかし何で商談の機会を潰すんだい。今のは高額商品売りつける好機だろ」
「俺はお金が欲しいわけじゃないよ」
「じゃあ商人に弟子入りなんかすんじゃないよ。お前は何になりたいんだ」
「何ってことはないよ。立珂が幸せならそれでいい」
「馬鹿いうな。そんな適当なこと言う奴誰も相手にしないよ」
「そんなことない! 薄珂は護栄様にも勝ったんだから!」
「知ってるよ。だがそれは商人としてか?」
「そうだよ。商談だよ」
「いいや違うね。商談ってのは商品を売るもんさ。お前が蛍石で護栄に売ったのは何だった?」

 薄珂は何度か護栄と取引をしたが、その中でも多方面から絶賛されたのが蛍石の一件だった。
 売ったのは立珂の羽根飾りだが、目的は恩を売ることだった。
 確かに薄珂は金銭的な利益は得てない。それはきっと、商人からしたらおかしなことだろう。

「商人響玄はお前を跡取りに指名してない。お前を捕まえたのは護栄だ。その意味が分かるかい?」
「意味……?」
「そうさ。お前の選択次第で立珂の未来は変わるんだ。自分の選択を信じられなきゃ失敗するよ。いい機会だ、この出店期間で考えな」

 その後、瑠璃宮をぐるりと見て回ったがどこもかしこも華美であまり価値を感じなかった。
 けれど立珂は喜び、ならば薄珂は瑠璃宮での出店に全力を尽くす。
 それは間違いなく薄珂の選択で、天藍や護栄に何を言われても変わりはしない。

(俺の選択……)

 今回の出店は九十日。
 その売り上げや評判を見て今後継続するか撤退するかを決める。
 猶予は九十日。それを胸に刻み込んだ時、瑠璃宮に鈴の音が響き渡った。
 
「開店だ」

 遠くでぎいいっと扉の開く大きな音がした。
 ついに薄珂と立珂の新たな挑戦が始まった。
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