第二十四話 立珂と有翼人の交流

文字数 2,646文字

 響玄の店は高級品ばかりだ。
 平均して一般人の半年分の生活費に匹敵する額で、とても手に取ることはできないので客もほぼいない。
 だがこの店は販売ではなく取引先を見つける役割のようで、そもそも客を呼ぼうとは思っていないという。
 やってくる客といえば金を持て余した富豪らしいが、ふと店の高級感に似つかわしくない二人連れの少女が入って来ていた。二人とも有翼人だ。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか」
「あの! 立珂ちゃんがいるって聞いて来たんですけど!」

 最近増えているのがこれだ。
 愛憐の一件で名が知れ渡り、どこから漏れたのか莉雹までもが立珂に夢中だという噂も広まり、立珂は一躍有名人になっている。
 そしてここに立珂がいることが少なからず噂になると、立珂を一目見ようとやって来る客がたまにいるのだ。
 だがこれは角が立たないよう響玄が追い返してくれる。

「申し訳ございません。立珂は店員ではございません」
「でもいるんだよね。会えない?」
「申し訳ございません。そういったことはお断りしております」
「少しもだめ? 立珂ちゃんてすっごく素敵な服着てるから見せてほしいの」
「あれって羽で困らなそうじゃない。どうなってるか知りたいんだ」
「いえ、それは」
「有翼人の服なら僕におまかせだよ!」
「立珂!?」

 会話が聴こえたのか、立珂が奥から飛び出て来た。
 美星が慌てて追いかけて来たが立珂はたたたっと女性客に駆け寄った。

「服ならいっぱいあるよ! 見る!?」
「いいの!?」
「見たい見たい!」

 あっちだよ、と立珂は嬉々として二人を連れて行った。
 薄珂も響玄も美星もかつてない勢いのはしゃぎぶりにぽかんとして、部屋の奥からきゃあと声が上がったことで我に返り、慌てて後を追った。
 立珂の衣裳部屋となってる部屋に行くと、三人は何点かの服を手に取りひっくり返したり捲ったりと観察している。ほっと息を吐いて薄珂は立珂の隣に座った。

「すごーい! いいなあ! 涼しそう!」
「涼しいよ! 特にこの肌着はすごいの! 汗疹も無くなった!」
「ほんとに!? どこで売ってるの!?」
「う? 蛍宮で売ってないの?」
「売ってないよ! えー、いいなあ。欲しい。立珂ちゃんはどこで買ってるの?」
「僕は宮廷の侍女のみんなに作ってもらってるの」
「うわ。そりゃ無理だ」

 売ってないと聞いて薄珂は首を傾げた。

(変だな。天藍は有翼人に流行ってるって言ってたよな)

 立珂の服は侍女が作ってくれているが、もともとは天藍がくれた物だ。それを参考に工夫を凝らしているが、てっきり蛍宮でも流通しているのかと思っていた。
 窓から大通りを見ると、たしかに有翼人は人間用の服を切ったり縫い合わせたりして着ている。小さな子供は以前の立珂と同じ様に布に包まっているだけの子も多い。

(服……)

 立珂は女の人ならこういう形にした方が良いかもね、と真剣な顔で考え始めていた。
 莉雹との一件以来、立珂の離宮には有翼人の生活について話をしたいという職員がやって来るようになっている。今までは侍女とお洒落のことばかりだったが、男性文官が生活についてや体調についてなどを知りたがり、莉雹が今度きちんとした場を設けようと言ってくれた。
 今までは薄珂の背に隠れ腕に抱かれていた立珂だったが、最近は自ら飛び出て人と話をするようになっている。
 芳明はこれはとても良い傾向だと言い、立珂が積極的に行動している時は薄珂もあまりべったりせず離れて様子を見守ることにしている。
 薄珂は美星にその場を任せ響玄の店へと戻った。

「立珂の傍を離れていいのか」
「楽しそうだから。美星さんもいるし」
「そうか。では少し帳簿の見方を教えてやろう」
「はい」

 立珂が夢中になっている時は勉強の時間だ。まだ文字を読むことにあまりなれていないのでこういうことは難しい。 
 眉間にしわを寄せていると、とたとたと足音をさせて立珂が女性客と美星を連れて戻ってきた。

「薄珂。先生。聞いてもいい?」
「いいぞ。どうした?」
「有翼人でもできる仕事ってないかな。みんなお金足りないんだって」
「宮廷が羽根を買い取ってくれるだろう」
「綺麗じゃないのは凄く安くなるの。あたしたちこんなだからさ」

 女性客二人の羽根を見ると、確かに茶色くくすんでいる。
 蛍宮の有翼人は茶色のような濁った色をしていることが多い。最初は獣人でいう獣種のようなものがあるのかと思ったが、どうやら皆こころの状態からくるくすみだということだ。

「だが生活補助制度もあるだろう?」
「親がいたり、自分で働ける場合は補助額が低いのよ。でもこの国って水不味いから買わなきゃいけないの。補助金なんてそれで無くなるわ」
「お風呂も羽洗うのも水が必要だし。子供は川でもいいけど私達はね……」
「そっか。補助額は人間の生活を基準にしてるんだ」
「そ。だから仕事したいんだけど、どこでも羽根が舞って困るからって断られるのよ。飲食店は特に」
「羽があるから荷物運びもきついし」
「というか汗かくのは全般無理よね。汗疹になって余計薬代もかかるし」

 水と汗疹は人間にしてみれば大したことではない。立珂がどれだけ大変だったかを話したら響玄も美星も驚いていた。
 この話に驚かない者はいないほど、有翼人の生活苦は知られていないのだ。

「問題多いんだ……」
「多いわよ! 宮廷だって有翼人はお断りなんでしょ? ちょっと微妙よね」
「宮廷は有翼人駄目って言ってないよ」
「そうなの? でもいないじゃない」
「有翼人は好きじゃないんでしょ。結局そういうものなのよ」

 あ、あ、と立珂は何かを言おうとして、けれど女性客は矢継ぎ早に宮廷の悪口を言い、その勢いに負けてしょんぼりと俯き薄珂にしがみついてきた。
 けれど薄珂が仕事を斡旋してやれるわけでは無いし、宮廷だってそうそうすぐには変わらない。
 しかしここで彼女達を追い返すほど人でなしにもなれない。どうしたものかと困っていると、響玄がずいっと前に出てきた。

「それなら最高の仕事がある。君達にしかできない最高の仕事がな」
「本当!?」
「ああ。だが準備と時間が必要だ。有翼人の子をもう何人か呼べるか」
「もちろん! 子供? 大人? 何人?」
「いればいるほどいい。だが数日かかる。日をまたいで作業できる者を明日の朝ここに連れて来てくれ」
「任せて! いくらでもいるよ、そんなの! 作業って何すんの!?」
「よし。じゃあ奥で説明しよう。何、難しいことじゃない」

 響玄はにやりと笑い、店を急遽閉店にして奥の部屋へ向かった。
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