第八話 祭り

文字数 3,832文字

 その日、慶都の家では大変な騒ぎが起きていた。
「可愛い! 可愛いぞ立珂!」
「あら、薄珂ちゃんも可愛いわよ」
「いいや立珂だ! 立珂が一番可愛い!」
 薄珂と慶都は立珂の周りをちょろちょろと駆けまわり、わあわあとはしゃいでいる。理由は立珂の着ている服だ。いつもは有翼人用の服だが今日は違う。眩い七色の石がふんだんに縫い付けられ、金糸の刺繍が煌めく白い衣装を身に纏っていた。鎖骨より少し下に巻かれた青い帯は羽の下で留めてあり、そこから雲のようにふわりとした白と青の生地が流れている。全体的にふわふわとした衣装で、はんなりとした立珂の雰囲気によく似あっていた。
 薄珂と慶都も同じくいつもと違う服を着ているのだがそんなことはどうでもよかった。異国の服装を着こなす立珂を見て、なんて可愛いんだと薄珂と慶都は一緒になって立珂の周りをぐるぐると駆けまわっている。あまりにも激しく褒め称えれた立珂は恥ずかしがっているが嬉しそうでもあった。 
「おばさん、これって何処の服? 変わってるね」
「私の育った国の民族衣装よ。『浴衣』っていうの。結構遠いんだけど」
「へえ。おばさん渡り鳥なの?」
「分からないわ。でも渡ってた」
 種類の分からない獣人は多い。人間の認識で『雑種』と呼ばれる動物がいるか、その言葉を使うなら獣人は全て雑種だ。同じ獣種じゃないと婚姻を結べない訳ではないし、人間の姿になれば獣種が違っても子を作ることができる。生まれた子供は両親どちらかの獣種を受け継ぐので同じ種のように見えるが、実際はどうだかわからない。
 特に同じ獣種同士から生まれた子供はどちらだか分からなくなることが多い。例えば慶都が鳩獣人と子供を作った場合、生まれるのは鳥獣人だがそれは鷹でもあり鳩でもある。それでもどちらかに割り振るのなら、見た目でそれっぽい方を選んで名乗ることになる。
 だが人間が研究を重ねた結果、検査をすれば獣種の判別ができるようになったらしい。だが獣人達にとって明確にどの獣種であるかを判別する意味はあまりない。分かったところで何かが変わるわけでもないからだ。野生動物のように本能だけで争うようなことはないし、人間の姿になれば種の優劣など無意味に等しい。だから種が分からないことは恥ずかしいことではなく、ごくごく当たり前のことだった。
 そんなことよりも、薄珂と慶都には立珂の愛らしさをどれだけ表現できたかの勝敗の方が大問題だ。慶都の母は子供達がはしゃぐ様子にくすくすと笑った。
「でもこれ、服っていうか衣装ってかんじだね」
「そうよ。特別な日に着る特別なものなのよ」
 ふふっと慶都の母は笑った。子供たちは慶都の母に連れられ外に出ると、里はいつの間にか真っ赤な提灯で彩られていた。
 広場には大きな櫓が組まれ、家の前には屋台が出ている。それぞれの家が食べ物や物を売っているようで、慶都の父も自分の羽を使った手作りの装飾品を並べている。鷹の強さと威厳を感じる装飾目当てに里の男達が群がっていた。
 日々の質素な生活からはとても考えられない華やかさと賑わいに、薄珂と立珂はついついぎゅうっと抱きしめ合った。その笑顔に慶都の母はくすっと笑い手を広げた。
「さあ! 今日はお祭りよ!」
 わあ、と薄珂は立珂の車椅子を押して広場へ飛び込んだ。歩いているだけで里の大人たちがこれを食えこっちも食ってくれと自慢の料理を振る舞ってくれて、若い女性たちは立珂を囲んでもっと可愛い髪型にしよう、せっかくだしお化粧もしよう、ならば羽にも飾りを付けようと騒ぎ出す。
 立珂を取られた慶都は頬を膨らませて怒っているけれど立珂は大勢の人に優しくされ声を上げて笑っていた。立珂の幸せそうな姿に胸が熱くなり、薄珂の目にはじわりと涙が浮かんだ。
「すっかり玩具だな」
「ひょえっ!」
 突如後ろから天藍がにゅうっと首を突き出してきた。急に現れた顔に驚き薄珂はおかしな鳴き声を上げてしまった。
「天藍! 普通に出て来てよ!」
「立珂を取られた寂しさを紛らわせてやろうと思って」
「そりゃ寂しいけど、それより嬉しいよ。こんなに立珂を可愛がってくれるとは思ってなかった」
「お前らの里入りを反対してたのは年寄りだけだからな」
「そうなの?」
「らしい。金剛があそこまでしてんだから迎えてやるべきだって声がほとんどだったんだと。それがこんなに可愛い子だったなんて! ってはしゃいでんのが母親勢だな」
「そうだね。立珂は可愛いからね」
 薄珂はうんうんと大きく頷いた。女性に飾り付けられていく立珂はどんどん美しくなり、次第に男達もなんだなんだと集まり出している。誰かが立珂は里のお姫様だなどと言い、すかさず慶都が立珂は俺のだと叫び防波堤になっている。
 薄珂は自慢げな顔で見守っていると、つんっと天藍が頬を突いてきた。
「な、なに」
「薄珂も可愛い格好してるじゃないか」
「ああ、うん。おばさんが俺のも用意してくれたんだ」
 薄珂の服は立珂とは違いすっきりとしたものだった。
 詰襟に幅広の袖で、前垂れと一連になる金糸の刺繍が施されている。着せてもらったときは豪華な服に心が躍りはしたが、そんなことよりも立珂の愛らしさに心を奪われていたのですっかり忘れていた。だが天藍に頭からつま先までじいっと見つめられ、急に自分の服装が気になり始めた。
「……あの、どうかな」
「いいじゃないか。似合ってるよ。可愛い」
「そ、そう……ありがと……」
 薄珂は顔が熱くなり、目が合うと反射的に俯いた。特に何があるわけでもないのに、天藍と視線を交わすのは恥ずかしいように感じていた。
「薄珂~」
「り、立珂。どうした」
「みんなが腸詰焼いてくれたの。薄珂も食べるかなと思ったんだけど、天藍とおしゃべりしてる?」
「え? 行」
 行くよ、と返そうとしたけれど、急にぐいっと肩を抱き寄せられてよろめくと天藍に支えられた。
「悪いな。今日は俺が借りる」
「は!?」
「わかったー。じゃあ僕慶都と遊んでるね!」
「え、ちょ、り、立珂!」
 薄珂は驚きぎょっとしたが、立珂はそそくさと慶都の元に戻り里の面々とどこかへ行ってしまった。立珂に取り残されたことなどない薄珂はぽかんとして立ち尽くす。ぐるっと天藍を睨むように見上げたが、顔の近さに驚きつい一歩引いてしまった。
「せっかくだし見て回ろう。これ何の祭りか聞いたか?」
「え? う、ううん。知らない。意味があるの?」
「何でも公佗児を祀ってるんだと。例の」
「……は?」
「元々この辺りじゃ高貴な鳥扱いだったそうだ。蛍宮の一件で悪者扱いだが、この里にゃ関係ないしな」
「へえ……」
 薄珂は広場の方へと目をやった。中央には木彫りの像が祀られているが、確かにそれは鳥の形をしている。自分が公佗児になった姿を客観的に見たことは無いが、その形に似ているのかもしれない。
 しかしその奇妙な一致には引っかかるものがあり、薄珂は目を細めた。
(何だそれ。何か、何かそれは……)
 少しだけ俯き考え込んでいると、こんっと天藍に頭を小突かれた。
「おい。聞いてるか?」
「え? あ、ご、ごめん。何?」
「思ってたより広いんだなと思ってさ、この里」
「安全だから逃げてくる獣人が多いらしいよ。それで広げてるんだって」
「安全なのか? 何で?」
「金剛がいるからだよ。前にも人間が集団で来たことあるらしいけど、それも金剛一人で捕まえたんだって」
「そりゃまた凄いもんだ。これ以上薄珂に手を出したら追放されるかな」
「て、天藍! そういうからかい方するの止めてよね!」
「からかってないさ」
 天藍はくんっと薄珂の顎に手を添え引き寄せた。そして、とん、と唇に天藍の唇が触れた
「……あ、あの、だから、こういうからかい方やめて……」
「からかってないって」
「嘘だよ……」
「どうして」
「だって……」
 天藍は遠からずいなくなる。この里に住居を構えているわけでは無いし住まわせてくれとも言わない。里に入らず孔雀の狭い診療所で寝泊まりしているのはまるでいつでも出ていけるようにしているようにも見えた。
 けれど薄珂は何も言えなかった。天藍が薄珂の考えていることに気付いているのかいないのかは分からないが、ゆっくりと重ねられた唇を突き放すようなことは薄珂にはできなかった。
 そうして賑やかなお祭りが終わり、片付けはまた明日だと各々家に帰って行った。立珂はすっかり里のみんなと打ち解けたようで、今度泊まりにおいで、明日は一緒に食事をしよう、なら明後日は俺の家に来い、などと誘われてて泊まりに行く約束を交わしたらしい。
 すっかり遊び疲れたのか、寝台に横になったら立珂はすぐにうとうととし始めた。
「明日はゆっくり寝てていいからな」
「起きるよ。僕も片付ける」
「起きれたらいいけど無理して起きるなよ。羽触られてたから疲れたろ」
「……ちょっと背中いたい」
「そうだろう。羽に飾りを付けるなんて無茶だ」
「でもみんながよろこんでくれて嬉しかったよ」
「分かってるよ。でも立珂に負担がかかるものは駄目だ。そういうのもこれから少しずつ知ってもらおう」
「うん。薄珂も天藍といっぱい遊べた? 楽しかった?」
「……うん。楽しかった」
「よかった! ふふ。ずっとみんな一緒にここで暮らしていこうね」
 立珂は再びぎゅっと薄珂を抱きしめた。その言葉は心からの願いで、優しさから出たものだろう。
(天藍はいなくなるんだよ、立珂)
 ずっと一緒には暮らせない。それを夢見心地で微笑む立珂に告げることはできなかった。
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