第四十八話 牙燕と龍鳴

文字数 1,753文字

 長老が豹になってほんの数秒で狼獣人は地に伏せた。
 両手足は動けないようにするためか大きくえぐられ血が流れている。それを押さえつけるように大量の鼠が彼らの身体に圧し掛かっている。

「さすが牙燕将軍。力は衰えていませんね」
「お前のやり方は莉雹にそっくりだな、護栄」
「それは私にとって最高の褒め言葉です。莉雹殿にお伝えしておきましょう」
「え、ご、護栄様と長老様知り合いなの?」
「当然。あの里を作ったのは私と龍鳴殿です」
「龍鳴? あ、牙燕将軍と一緒にいた有翼人の女の人?」
「ええ。龍鳴殿はあなたも立珂殿もとてもよく知っている人ですよ」
「俺と立珂も?」

 薄珂は有翼人の女性に知り合いはいない。いるとしたら最近立珂と仲良くしてくれている街の人たちくらいだ。
 だが『とても』というほどの知り合いではないし、いくら護栄でも薄珂たちの個人的な付き合いまで把握しているとは考えにくい。

(まさか俺と立珂の母親? だから狙ってきたたとか?)

 だが薄珂と立珂は母親を知らない。けれど牙燕と護栄が関連していて金剛までもが狙うとなれば、それはつじつまが合うように感じた。
 すると、ばたばたと走るような足音が聴こえた。

「誰か来る!」
「ああ、戻りましたか。あれが龍鳴殿ですよ」
「え!?」

 言われて足音のする方に目をやり、姿が見えるのを緊張して目を見張った。
 そこにやって来たのは確かに薄珂と立珂が良く知る人物だった。

「護栄様! 薄珂くん!」
「……孔雀先生?」
「ああ、よかった! 無事に終わりましたか!」
「ええ。牙燕様が倒して下さいました」
「だから最初から捕らえておけば!」
「それじゃあ目的も根城も分からないじゃないですか」
「拷問すれば吐きますよ」
「あなたは吐く前に殺してしまうじゃないですか。本拠地不明の先遣隊は根城に返すものです」

 当たり前のように護栄と孔雀は話をしていた。
 けれどここにやって来たのは龍鳴という有翼人の女だと言っていた。だが孔雀は人間で、男だ。
 薄珂はぽかんとして孔雀を見つめると、にこりと微笑み返してくれた。それはいつもと同じ優しい微笑みだ。

「騙すようなことをしてすみません」
「……孔雀先生、有翼人で女の人だったの?」
「羽と胸を付けていただけですよ。雑な変装をしていたその子のようにね」

 孔雀が目をやったのは亮漣だ。確かに薄珂も信じてしまったし、きっと誰もが騙されただろう。だから天藍の婚約説も信じてしまった。

(……じゃあ結婚はしない……)

 こんな時に考えることではないけれど、薄珂はほっと安心して息を吐いた。

「詳しい説明は戻ってからです。とりあえず出口まで行きましょう」
「烙玲。錐漣。お前達は連中を見張っていなさい」
「「はい」」
「そんな! 危ないよ! 先に出してやった方が」
「大丈夫。俺も身体をでかくできる」
「えっ?」

 烙玲はぽいっと服を脱ぐとするりと姿を猫に変えた。けれど次第にその姿は大きくなり、豹によく似ていた。
 うわっと薄珂が思わず声を漏らすと、錐漣は面白そうに笑った。

「錐漣も大きくなれるの?」
「なれるけど、鼠に目玉齧らせた方が速い。口に詰め込めば窒息するし」
「え……」

 簡単だろ、と錐漣は自慢げに笑った。笑えるような内容ではないが、確かに一番確実に速攻で終わりそうだ。
 はあ、と護栄はため息を吐いて孔雀を睨む。

「この子を教育したの龍鳴殿でしょう」
「よく分かりましたね」
「あなた好きですからね、目潰し」
「非力な人間は一撃必殺に限ります。いやぁ、医者になってよかった」

 そんなことを眩しい笑顔で言わないでほしいものだ。
 しかしそれで金剛を倒せたのも事実で、馬鹿にはできないだけに複雑だ。

「長老様みたいに守りながら戦うのはまだできないけど、俺たちだけなら問題無い」
「けど、ほんとに?」
「大丈夫。里を外敵から守っていたのはこの子たちだよ」
「そ、そうなの?」
「ああ。でかいだけの公佗児なんて相手にならねえよ」
「……言ったな。じゃあ今度勝負しろよ」
「いいぜ。負けたら何かおごれよ」

 公佗児は特別じゃない――そう言ってくれたような気がした。
 希少種かもしれないが、長老や錐漣たちのような獣人のほうがよっぽど希少だ。だから身を護る術を身に着けているのかもしれない。
 そしてその場は二人に任せ、薄珂たちは出口へと向かった。
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