第十九話 黒幕

文字数 3,739文字

 蛍宮に到着し、薄珂はぽかんと口を広げて呆然としていた。
 入国する門は顔が空と平行になるほどに見上げないといけない高さで、通行証を確認するための待合室だけでも慶都の家の三倍はあった。しかも天井から眩い光がこれでもかと放っていて、太陽と蝋燭で生活していた薄珂の目はちかちかとくらむ。
「な、なに、何でこんな眩しいの」
「人間の技術ですね。夜でもずっとこの明るさです」
「夜も!?」
 こんな時だが、薄珂は人間との共存を選ぶ獣人の気持ちがようやく分かった。
 待合室には旅行者や行商人、役人、武装した警備兵などがひしめき合っている。常に明るく照らされるうえこんなに人目があるのならこっそり誘拐なんて到底無理だろう。
 感動しほうっとため息を吐いていると、現実に引き戻すように金剛がとんっと肩を叩いてきた。
「薄珂は先に入って待ってろ。俺は外を回ってくる」
「え? 何で?」
「近くに根城があるかもしれん。白那の無事も心配だし軽く探ってくる。おい、薄珂を任せたぞ。先生はしっかり捕まえておけ」
「はい」
「危ないよ! まずは刑部へ行こう!」
「だが時間が惜しい。逃げられでもしたらどうする。それに自警団は入国許可がない。どのみち入れん」
「そ、それは」
「それに立珂は里の子。俺にとっても息子同然だ。息子のためなら多少の無茶くらいなんてことない」
「金剛……」
 薄珂の目にじわりと涙が浮かんだ。金剛の言う通り外も見るべきなのだろうけれど、今金剛がいなくなることはたまらなく不安だった。けれど立珂のためなら――その言葉を胸に刻み、薄珂は目を閉じ新呼吸をした。
(そうだ。できること全てをやらなきゃ)
 俯き考え込むと、ふと胸元で揺れる立珂の羽根飾りが目に入った。長さは手のひらの倍以上もあり、天井から降り注ぐ灯りよりも純白のそれはとても目を引くだろう。
(立珂は歩けないしあの羽じゃこっそり連れ歩くのは無理がある)
 薄珂はきょろきょろと周辺を見回した。多数の警備兵を無理矢理突破したならとっくに大騒ぎだろう。だがそんな気配は微塵もないし会話もろくに聴こえない。聞こえるのは審査を待つのに疲れた子供の不満げな声ばかりだ。
 一方で外からは少なからず賑やかな声が聴こえている。船はまだ無いようだったが、船が付くであろう辺りには荷物を積んだ小さな船が停まっている。それを囲むようにたくさんの馬車が停まっている。どうやら何かしらの売買をしているようで、天藍が教えてくれた本人証明の札が建てられている。
(明恭へ行く準備かな。船旅なら食料も水も必要だろうし。あ、そうか、それなら)
 薄珂はくるりと金剛を振り返った。金剛は自警団員とどう動くかを相談しているが、薄珂はそれに割って入る。
「金剛は自警団のみんなと船着き場で聞き込みをして。聞く内容は『大きな荷物を一つだけ持ってる白髪の男を見なかったか』だ」
「うん? 何だって?」
「立珂は荷物として隠すはずだ。けど天藍の外見は隠せないから絶対に誰かが見てる」
「だが奴は商人だ。その、なんだ。羽根だけ毟って正当に入国したかもしれんぞ」
「それはない。羽根は商標登録と本人確認が必要だから天藍じゃ売買できない。それに立珂は国籍も職も無いから一般に紛れて乗船もできないよ」
「う、うん?」
 学び始めて日は浅いが、有翼人に関することはいくつか知識が増えている。天藍に教えて貰った内容もそうだが、それを信じたのは第三者が執筆し世界的に販売されている書物である公吠伝に記されていたからだ。
(天藍の言ってた制度は嘘じゃない。あれは明恭から入って来た制度だ。羽根を正しく流通させることで犯罪を防いだ)
 公吠伝を読んで分かったのは明恭がどうやって有翼人の羽根を集めているかだ。世界各地から輸入をするが、それと引き換えに明恭から提供されるのは武力協力だった。逆を言えば契約を遵守しなければ明恭に攻め滅ぼされる可能性もあり、だからこそ有翼人の羽根に関する売買制度は世界共通として成立している。そして今有翼人が多く集まっている蛍宮は明恭との繋がりも強く、羽根売買には慎重になっているということだった。特に輸出入を行う船へ乗船するのは蛍宮国籍を持つ宮廷人か、宮廷人の紹介がある者に限られている。
 ならば一商人でしかない天藍が羽根で違法なことをするのは国を敵に回すということだ。いくら立珂の羽根が高価であろうとも人生を無駄にするとはとても思えない。
「金剛達は外を調べて。でも危なそうだったら無理は」
「待って下さい! 一度落ちついて考えましょう。審査待機所は誰でも入れますから」
「こんなぼろぼろの大人数で押しかけるの? 不審者扱いされると思うよ。なら金剛達は外側を探した方が良い。孔雀先生は俺と刑部に行こう。被害者の身内である俺は正当に協力をしてもらえるはずだ」
「待て! そいつは裏切り者だ! お前と二人にはできん! 俺が連れて行く!」
「駄目だよ。こっちにも人質がいないと万が一金剛達が掴まった時に危険だ。それに俺が『助けて』って叫べば孔雀先生は掴まるんだ。制服の人がいない所には行かないようにするよ」
「は、はあ?」
「情報があっても無くても一刻したら戻って来て。その後はまた考える」
「……そうだな。分かった。そうしよう」
 その場の全員がぽかんと口を開き、視線で返事を求められた金剛だけがこくこくと頷いた。そして金剛は自警団全員を率いて船着き場が見える方へと向かって行った。一方であっけに取られていた孔雀は呆然と立ち尽くしている。
「よく考え付きますね。この土壇場で」
「本に書いてあっただけだよ。少数精鋭は信頼による統率が必須。自警団が信頼するのは俺じゃなくて金剛だ。なら立珂を優先する金剛の指示で動いてもらう方が良い」
「は……」
 孔雀はやはりぽかんとしていたが、薄珂にはもう一つ考えていることがあった。薄珂は金剛や自警団と行動を共にしたくないのだ。
(俺は獣化が必要になるだろうけど公佗児は悪評が高い。そんなの明かせば混乱するだけだ。それに守るものが無ければ俺は飛んで逃げられる)
 誰かを守りながら逃げ回るというのは難しい。肉食獣人のように自由な手足があるのならともかく、鳥獣人は飛べるだけだ。飛ぶための羽は攻撃力にならないし、爪も自由に動く範囲があまりにも狭い。ならばいっそ単独で行動をしたいのだ。
 そんな思惑は知らないだろうけれど、孔雀はほおと感嘆のため息を吐いた。
「本一冊でこれほどとは聡明ですね。それとも無謀なだけか」
「さあね。それより先生に聞きたい事があるんだ」
「私に? 何です」
「黒幕。あなたの黒幕は誰?」
「……何のことです?」
「いくつか妙な事があるんだよね。今の状況は『天藍と先生が協力して立珂を誘拐した』だよね。目的は立珂の羽根。でもこれがおかしい」
「そうですね。私は誘拐の協力なんてしませんから」
「それは今どうでもいいよ。そうじゃなくて、天藍は有翼人売買証明書を持ってたよね。つまり過去に売買したことがあるんだ。けど天藍は里に来てから一度も外へ出てないし枕も残ってた。つまり枕を作ったより前に『誰かが天藍に羽根を渡す』って運用が完成してて、なら里へ誘拐しに来る必要はなかったはずだ」
「それを私がやっていたと? 残念ながら私ではありません」
「それは俺もそう思う。だって先生が天藍の仲間なら誘拐の段取り悪すぎるもん」
「段取り?」
「誘拐なんて俺らが里に入る前にやるべきだ。怪我が治る前、金剛が寝てる間にでも連れ出せばよかった。つまり最初から天藍と協力してわけじゃないんだ。多分先生と天藍を繋ぐ人がいて、里にいる先生とは連絡が取りにくかった。だから段取りが悪いんだ」
「それが黒幕ですか?」
「そう。きっとあんたらは立珂が里にいては困る状況になったんだ。だから誘拐した。そうだろ!」
 薄珂は断言した。強く言葉をぶつけると、孔雀はぶるぶると拳を震わせ睨み付けてきた。
「そんなことするわけないでしょう! 君達は蛍宮へ行く気になっていた! 誘拐なんて危ない真似はしなくていいんですよ!」
 いつも穏やかな孔雀とは思えない激情に薄珂は驚いたが、ゆっくりと口角を上げ笑みを浮かべた。
「それを聞きたかった」
「は!?」
「先生と天藍は共通してることがある。それが『立珂を蛍宮へ移動する』という点だ。でも手段が違う。先生は有翼人専門医という言葉で自発的な移動を促したけど天藍は誘拐という強硬手段を選んだ。先生は誰かの指示で天藍を連れて来たけど、意見がぶつかったから誘拐はどたばたになったんだろうね」
「私が誘拐の手引きをしたと?」
「協力は求められたはずだよ。少なくとも最初から知り合いではあった。いや、誘拐を断られたから天藍が乗り込んで来たのかな」
「天藍さんは怪我で迷い込んだだけでしょう」
「多分そこから嘘なんだ。だって天藍て来たばっかりの時『人間が獣人の味方をするものか』って先生の手当を断ったんだ。人間になってる獣人と人間は見分け付かないのに何で先生は人間だって分かったの? 俺は最初分からなかったよ」
「……!」
 孔雀は眉をひそめて身構えている。まるで恐ろしい物でも見るかのような目で睨み付けてくるが、薄珂は力強く一歩踏み出した。
「黒幕は誰?」
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