第十六話 薄珂の力

文字数 1,945文字

 数分の後に戻って来た慶真が連れていたのは妻であり慶都の母だった。
 彼女も鷹獣人で、慶都は生粋の鷹獣人なのだ。

「あら、お揃いで」
「おばさん」
「白那(びゃくな)。獣化のことを聞きたいんだけど」
「はいはい。でも私獣化うまくないわよ」
「ほら、これです」
「どれです?」
「獣化がうまくできないって感覚が僕には分からないんだよ」
「そっちの方が分からないわ。獣化なんて必要なければやらないもの」
「だよね。おばさんは生まれた時人間だった? 鷹?」
「人間よ。当り前じゃない」
「そうだよね。おじさんが特殊なんじゃないの?」
「え、ええ?」

 慶真はぎょっとして、助けを求めるように孔雀を見た。
 孔雀もやはり困ったような顔をしていて、ううん、と小さく唸った。

「なんというか、二人は正しく『獣化』ですね……」
「どういう意味?」
「『獣化』というのは『獣に化ける人間がいる』という誤認から生まれた人間の造語。実際は『人間に化ける獣』なので正しくは『人化』ですよね。でも聞く限り二人は『獣に化けることのできる人間』のようです」
「そんなこと言われてもねえ」
「でも『獣化が苦手』というのは公佗児特有ではないということです。一体何でそんな」
「はーい!」
「はい、立珂くん」

 薄珂の膝の上で立珂がぴしっと手を伸ばした。その顔は自信満々といったふうだ。

「生まれた場所のせいだと思う!」
「というと?」
「多分なんだけど、僕らの住んでた森っておばさんの国と近かったんだと思う」
「薄珂くん、そうなんですか?」
「さあ。おばさんが何処で生まれたか知らないし」
「知らないけど分かるよ! 前おばさんがお祭り用の服作ってくれたじゃない? 左右の前を重ね合わせるの」
「ああ、うん。浴衣だよな。この前響玄先生がくれた」
「そう! 浴衣もそうなんだけど、あれって『お着物』っていう東の民族衣装なんだって。父さんがお出かけする時の服がお着物に似てた!」
「……そういや似てるかも」
「あと天然石の意味も東の伝承なんだよね。父さん健康になる石を持ってたんだ。きっとあそこは東の国なんだよ」
「そうか。きっとそうだ。立珂凄いじゃないか!」
「美星さんがお洒落するなら色んな土地の文化を知っておかなきゃって教えてくれたのー」

 服や石についてなどさして深く考えていなかったが、言われてみるとそれはとてもしっくりくる説だった。
 薄珂は立珂を抱きしめ頬ずりをした。

「あ、立珂ちゃんきっと正解よ」
「んにゃ?」
「蛍宮の有翼人て羽が凄く短いでしょう? 私の国の有翼人はみんな立珂ちゃんみたいに大きな羽をしてたのよ」
「「「「え?」」」」
「蛍宮って特殊なのかと思ってたけど、もしかして私達が特殊なのかもね」

 立珂の羽を見ると人間も獣人も、有翼人でさえも驚く。
 それほど立珂の羽は大きくて真っ白なのだ。もし有翼人も獣人のように種族を分けられるとしたらきっと異なる種だっただろう。
 孔雀はへえ、とため息交じりに声をもらした。

「地域性ですか。これは詳しく調べる必要がありそうですよ」
「ならそういう種ということですよね。意識制御ができない種なのかもしれませんよ」
「かもしれませんね。調べてみますが、分かるまで部分獣化はやらないようにしてください」
「でも足は人間の方が便利なんだよね。その方が強い気がする」

 立珂を傷付けた力だが、制御できさえすれば他にはない強力な武器だ。
 薄珂は不満で口を尖らせたが、慶真はくすっと笑って薄珂の膨らんだ頬をつついた。

「何言ってるんです。薄珂くんには違う武器があるじゃないですか」
「武器? 俺は何も持ってないよ」
「ありますよ。あの護栄様に勝ったじゃないですか」
「あれは」
「そうだよ! 薄珂は凄いんだ! みんな逆らえない護栄様に勝ったんだ!」

 凄いでしょう、と立珂は満面の笑みでばたばたと手足を振り回した。
 あの商談のことは響玄も天藍も見事だと褒めてくれた。護栄が手放しで喜んでくれた姿は薄珂の自信にもなった。
 けれど、それと獣化は話が別だ。結局薄珂は獣化を諦めるしかなく、それは立珂を傷付けるものが残ったままということだ。
 薄珂はぎゅっと拳を握りしめたが、ぽんぽんと慶真が優しく撫でてくれる。

「自分に自信が持てなくても、立珂くんを幸せにしている事実には自信を持って下さい」
「そうだよ! 僕いっぱい幸せ!」

 立珂を傷付ける可能性がある以上、部分獣化はできない。
 けれど立珂は笑っている。薄珂の腕の中で今日も笑顔だ。
 薄珂はたまらず立珂を抱きしめた。

(そうだ。立珂を幸せにするための力は公佗児じゃなくていい。俺には俺の力がある)

 立珂の喜ぶことなら分かる。そのためには公佗児の力など必要が無いことも分かる。
 けれどそれは何故か苦しくもあり、薄珂はもう一度強く立珂を抱きしめた。
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